第27話 外

 堀部さんは相変わらず、スタスタと進んでいってしまう。

 初めて入るエレベーターにだって、僕はキョロキョロとして終わるだけだった。


 そもそも、外の環境はどうなってるのだろうか。

 堀部さんが話してくれた楓さんの会話の中では特に違和感もなく聞いていた。だから普通の街並みなのかと想像している。でもそれは想像であって……。

 本当に外は外なのだろうか。日が昇って日が沈むような、今までの“当たり前”と同じなのだろうか。

 そんな疑問がこの建物から出る僕を不安ながらもワクワクさせていた。






 ──まぶしい。

 外に出ると暑くも寒くもなく、真っ青な世界が広がっていた。

 頭上には太陽のようなものがあり、それを地面が反射していた。地面はというと、氷のような、ガラスのようなものに、空を溶かしたような淡い水色が閉じ込められている。



「綺麗……」


「だろ?」



 堀部さんの言葉が返ってきて、僕は無意識に声に出していたことを知る。



「これ全部眠夢様の想像ゆめの中なんだ」


「眠夢様の!?」



 堀部さんの説明に僕は目を見開いた。



「眠夢様の力は膨大で、この世界を作り上げたのも眠夢様であると言われているんだ」



 世界を作り上げる……。眠夢様は生まれ持った才能で最高責任者だったわけか。そして眠夢様の膨大な力によってこの世界の統制ができているのか。

 何となく世界観を掴んで来た僕は、真新しい世界に目を奪われながら歩いていた。


 ん……? 

 もしかして僕は自分の死を受け入れ、転生したと理解しているのか……?






「ここだ」



 堀部さんの声にハッとする。考え事に気を取られていたうちに僕はゲームセンターに着いていた。

 自動ドアが僕らに反応する。


 うるさい。


 ──確かに静かだった。信号もなければ車もない。コツコツという足音と僅かな人の声しかしない外だった。


 外の違和感からすると、ゲーセンの中は馴染みがあって、うるさいのに何となく落ち着いた。



「紛れもなくゲーセン、ですね」


「だろ? ゲームしようぜ!」



 この世界の中途半端さに置いてかれている僕を堀部さんが連れ戻すように言った。

 そして片っ端から対戦ゲームをプレイしていったのだ。






 時間を忘れて全てのゲームをプレイし終わると、ハッとするように堀部さんが言った。



「すまない。飯のこと忘れてた……」


「あ、全然大丈夫ですよ」



 むしろおかげだ。考えごとをして重たくなった心のせいで、僕のお腹は全くといっていいほど空いていない。ゲームをしている方がアドレナリンのおかげで気持ちが晴れていた。



「ご飯どうする? 部屋に戻ってからにするか?」


「そうします」


「じゃあ先に注文しといた方がいいな」



 堀部さんのポケットから見慣れた電子機器が出てきた。

 スマホだ。



「てかお前もスマホが必要だよな。最新機種でいいか? 何色がいい? 買ってやる」



 そう言いながら堀部さんは僕にスマホの画面を傾けた。正直、展開が早すぎてついていけない。



「いや――」


「連絡できないのも面倒だろ」



 否定しようとする僕を言葉を堀部さんの言葉で押さえつけられた。

 そしてぶっきらぼうに「いいからもらっとけよ」と言われる。あ、でも顔は笑ってる。

 いやさっきから堀部さんはずっとニコニコだ。やっぱり生粋のゲーム好きである。



「じゃあ、ありがたく頂戴しますね、色は黒で。」


「おう」



 堀部さんは短い返事をして注文確定ボタンを押した。



「で、飯は何食べる? 食べたいもの注文しとくけど」


「デリバリー頼むんですね」


「デリバリー……?」



 堀部さんはわかりやすく頭の上にはてなを乗せている。



「え、っとウーバー……、いや出前! 出前の事です!」


「あ! 出前の事か! 若い奴は“デリバリー”っていうんだな。

 お前いくつだっけ?」



 ジェネレーションギャップに頷いている堀部さんは、珍しく僕に質問をしてきた。

 僕は嬉しくなりながら「17です」と答える。



「若いな……。楓の時も思ったけど、ここに来る奴大体俺より年下だからさ、大変だなって思うんだ。やりたいこともあっただろうにって……」


「……まあそう、ですね。僕はおばあちゃんに言えなかったことがあって、今もまだ心臓は痛みます。それにこの世界の不可解さにまだ追いつけないというか……。

 自分で言うのもなんですけど、僕は呑み込みがいい方だと思っていたので、ここまで困惑していることにびっくりしています」


「……なんていうか、間違っていたらすまないが、その、無理しなくていいと思うぞ」



 照れているのか、不安なのか堀部さんは口を片手で覆ってそう言った。僕は「はい」と小さく返事をする。



「何かあったら相談してくれればいい。だけどな」



 堀部さんの手がほどけて上がった口角が覗いて見える。その様子を見て僕は思わず口から音を漏らしていた。



「わかるなぁ……」


「なにがだ?」


「あ、何でもないです」



 僕は笑ってごまかそうとした。でも堀部さんはそれを許してくれず、僕の言葉をすくい上げることになる。

 そして心はキツく絞まることになるのだ──。



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