第26話 生きる

「ありが、とう、ござ、いました」



 俺は手紙を渡してくれた眠夢様への感謝を声に出してみるものの、詰まった鼻のせいで上手く話せなかった。

 その様子に眠夢様は心配するように俺の背中を撫でる。



「大丈夫よ。少し落ち着きましょうか」



 眠夢様の柔らかな声は俺を深呼吸に促した。

 俺がハァーと息を吐くと、眠夢様が微笑む。



「堀部くん、このままでいいから聞いて?


 代田くんはね、ずっと堀部くんのことを気にかけていたわ。堀部くんとやりたいことがあるからと言って、夢送り師について聞いてきた時はびっくりしたの。まっすぐに人を想って行動することがあんなにも美しいとは思わなかったわ。

 そしてこれは代田くんだけの力じゃない。あなた、堀部くんが想いを行動力に変える対象だったのだから、あなたもとっても素敵なの。


 そんなあなたに代田くんからのプレゼントよ」



 眠夢様の手にはさっきとは違う封筒、事務封筒があった。渡されて中身を確認する。

 中には『名義変更証明書』と書かれた紙が入っていた。その紙に記された文字を俺はなぞる。

 ……は? 

 頭に衝撃が走った。楓の残したこの書類によって、店舗と店舗内の備品全てが俺のものになっているのだから。



「これ、どういうことですか……」


「そのまんまの意味よ。代田くんの所有物の名義が堀部くんになったの。この書類に記載されているものはこちらで処分しないから自由に使ってね。

 はい、これ」



 こちらに伸びている眠夢様の手に、僕は手のひらを上にしてそっと受け取った。

 手には鍵が見える。

 あれ? マスターから受け取った時、こんなに重かったっけ……。

 あぁ、そうか。いきなりの責任に俺は耐えきれてないのか。そう思いながら俺は鍵をじっと見つめた。

 閉店したゲーセンを再オープンするか、このまま閉めておくか。

 考えていると眠夢様がふふっと笑った。



「難しい顔してるわ。生きてるみたい」


「え!」



 戸惑いが声となって喉から出る。



「うふふ、そのまんまの意味よ。

 それじゃあ私はこれで失礼するわね」



 眠夢様の後ろ姿を見送って、俺はまた考え込んだ。

 楓、どうしろって言うんだよ。俺にどうして欲しい……?






 しばらく考えた後、とりあえずプログラミングしてみようと考えた。

 ゲーセンを続けるにしろ、続けないにしろ俺はゲームを続けるだろうから。




 こうして無期限の休業のまま、楓の居ない毎日を繰り返した。






 ******






「――そして、昨日俺はお前と出会ったんだ。

 って大丈夫か?」



 堀部さんの声に僕はハッとした。顎から雫が落ちている。泣いていたのか、僕は。



「大丈夫です。すみません……」


「謝らなくていい、水持ってくる」



 そう言って堀部さんは洗面所に向かった。遠くでジャーと水の音が聞こえる。






「ほらよ」



 戻ってきた堀部さんの手から僕はコップを受け取った。



「冷たい……」


「そりゃあ、水だからな」


「あの、僕達は生きてるんですか?」


「さあ、な。死んだんじゃねぇか?」


「でも感覚が確かにあって、実感が湧かないです」



 口にコップを運び、僕は喉を湿した。喉というか食道がひんやり冷えていく。



「でも大切な人を失っただろ?」



 堀部さんのその言葉に、ふと思い浮かぶおばあちゃんの姿。

 確かに失った。もう出会えなくなった。

 でもそれは堀部さんも同じじゃないか。

 気がついたら僕は堀部さんに向かって反論していた。



「堀部さんはこの世界で大切な人、楓さんを失ったじゃないですか」



 堀部さんは一瞬曇ったような顔を見せる。その顔を見て言わなければよかった、と僕は後悔した。



「……そうだな。

 なんなんだろうな、この世界は」


「なんなんでしょうね……」






 長い沈黙が流れた。その静かな時間は時計の針の音で埋められる。



「……とりあえず出かけるか」



 堀部さんが先に口を開いた。

 それに続いて僕は「はい」と返事をして、ドアに手をかける堀部さんの後に続いた。


 そして僕は今日、外の世界に目を見張ることになる──。



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