第21話 朝(1)
目が覚めた。でも目がいつも通り開かない。これ
顔を洗おうと起き上がると、僕の隣に寝ている堀部さんがいた。時刻は8時50分。レム睡眠の時計ではなく、いつもと同じ時計が針を指していた。
僕は堀部さんを起こさないように、少しでも広く寝れるように、ゆっくり布団から抜け出して洗面台に向かったのだ。
水道から出たての冷たい水を顔にかけて、数枚だけ用意されたタオルを手に取って顔を沈めた。
今日も生きてるみたいだ。
確かに死んで、おばあちゃんに会えなくなった。でもいつも通りの感覚があって、普通の生活ができて……。
そうか。だから、昨日の堀部さんの話で涙がこぼれたのかもしれない。周りの人と関わって、死んでしまうことを知ったから、人と出会ったら関わりたくなってしまう僕には向いてないと思ったんだ。
僕はもう一度死ぬ事に恐怖を感じ、拭いきれない後悔、関わってくれた人へお礼を言いそびれてしまう、あの感覚に背筋が凍ったのだろう。
僕にはあと2年と364日ある。
けれど堀部さんは……? 僕は1年以内ということしか知らない。
堀部さんは話してくれたマスターのように教えてくれないかもしれない。
そういえば、おばあちゃんだって僕が死ぬことを知っていても、僕には何も言ってくれなかったじゃないか……。
本当のことを言ったら傷つけてしまう人が、傷つけないために嘘をつくなら、知って傷つく側が行動しなければならない。
じゃあ、僕は堀部さんに何をすればいい?
そう思いながら僕はまだ寝ている堀部さんに近づいた。眠っている顔は何となく苦しんでる気がして、僕は堀部さんに背を向けてベッドの下に座り込んだ。
ねぇ、堀部さん。この1年以内、毎日言いたいことを言えば、僕は後悔しなくて済みますか? 堀部さんが任期を終える時、僕は後悔しないためにはどうしたらいいですか? 堀部さんはどうしたら僕に任期を教えてくれますか?
「おい。おいってば」
無造作にゆさゆさと体を動かされる。
「ん、んー」
「大丈夫か?」
目を開けると、焦る様な姿の堀部さんがいた。
どうやら僕は眠ってしまったらしい。解決方法が思いつかない謎に疲れたからだろう。
「おはようございます。大丈夫です」
「大丈夫じゃねぇよ。なんで床で……俺が昨日のまま寝ちゃったからだよな、すまない……」
昨日とは人が変わったように喋る堀部さんに僕はあははと笑うと、堀部さんは戸惑った顔で「ほんとにすまない」と謝るからもっとおかしくなってしばらく笑いが絶えなかった。
「堀部さんって意外と話すんですね」
息が整って最初にこんなことを言ったからか堀部さんは「悪いかよ」と拗ねたように言った。
「だって昨日はもっと硬い話し方だったから、きっと厳格な性格の人なんだろうなって思ったんです」
「緊張してたんだ。年齢差も凄いから話し方も分からなくて──」
「ふふ、おちゃめなんですね」
「……あまり大人をバカにするなよ」
少し怒るような、でも冗談混じりで、まるで昨日の話が嘘のように平和な朝を迎えた――。
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