第20話 ゲーム体験会(3)
アンケートを見ると好評も酷評もあって、でも大半は“またプレイしたい”に丸がされていた。
「思ったより忙しいですね」
「そう、だな」
俺は楓の顔も見れず、詰まりながらも返事をする。
「まだまだ改善が必要なので頑張らなければなりせんね!」
「おう……。あのさ──」
「どうしました?」
「いや、何でもない……」
“俺なんか居なくてもいいんじゃねぇか?”なんて聞きそうになるも、聞かない方がいいと頭の中でサイレンが鳴った。もし“そうですね”とでも言われたら、俺は楓の腕を掴むことも出来ず、ただ呆然とするだろう。
「楓、ちょっと優紀さんのことお借りするよ。
優紀さん、ちょっと手伝って貰ってもいいですか?」
マスターがそう言って、俺に手招きをかける。
「どうしました?」
「倉庫にコーヒー豆取りに行くので着いてきてもらいたくて」
「分かりました」
こうしてマスターと一緒に外へ回って倉庫に向かう。
「実は私、明日で任期が終わるんです」
にん、き……? マスターの突然の言葉に俺は頭が真っ白になった。
そうか、この生活には任期があるんだよな……。
「どうして俺に……、楓には言ったんですか?」
「言おうか迷って、言わないことにしたんです。今、楓は優紀さんとやりたいことを見つけて頑張っているので。それの邪魔をしたくないと思いまして……。
だから優紀さんにこれを預けてもいいですか?」
マスターに渡されたのは手紙と鍵だった。
「これって──」
「この店の鍵です。もう使わないから譲ろうと思いまして。
2人でゲーセン開業すると聞いた時から考えていたんです。店内を改装する手間はあるだろうが、土地の確保等に苦労しなくて済むと思ったんです」
「そんな……! 受け取れませんよ」
鍵を返そうと伸ばした俺の手をマスターは握った。
「優紀さん。私の最後のお願いです。
楓と一緒に夢を叶えてください。その手伝いを私にさせてください」
俺はうるっとした目元にギュッと力を入れて「はい」と短い返事をした。
その返事にマスターが微笑んだ。
「楓と出会ってくれたのが優紀さんでよかったです。
落ち着いたらでいいので、戻ってきてください」
気づいたら涙が頬を伝っていた。我慢しきれてなかった。こんなにも俺たちのために行動してくれる人がいるのに、その人は明日から会えなくて……。
この世界でこんなに悲しい別れがあるなんて思ってもいなかった。
“明日もマスターに会いたい”
願いが叶う世界できっと唯一叶わない願いだ。
それがわかっていたから涙が止まらなかった。
そしてその日マスターは店を閉め、次の日に夢遊界を旅立った。
******
ピピッ。機械の音が鳴った。
でも堀部さんはすぐに立ち上がらなかった。
ズズッ。僕も堀部さんも鼻をすすりあげて、どちらが先に話し出すかお互いに待っていたと思う。
ピピッ。僕の機械も音を鳴らした。
涙で重くなったまぶたが自然と閉じて、僕と堀部さんはそのまま眠りに落ちてしまったのだ──。
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