第19話 ゲーム体験会(2)

 カランカラン。

 ドアの開く音を聞いて、マスターが戻って来たのだと俺は勝手に思っていた。

 そう、楓が声を出す前は。



「いらっしゃいませ」



 ドアの方に慌てて体を向けると、マスターが押さえたドアからお客様が見える。



「ゲームの体験会があるって聞いたんやけど」



 微かに聞こえた声は聞き間違えではなく、マスターが俺たちを手招きしてくる。



「おはようございます。本日はお越しくださり誠にありがとうございます。

 ゲームはこちらになります」



 楓がその体験者に話しかけ、PCの所まで案内する。



「ゲームセンターで対戦したことありますよね? ゲームの好きな方にプレイしていただけるなんて光栄です」



 椅子に座った体験者にそう話しかける楓の言葉に出会った時のことがフラッシュバックする。

 ――あの時、俺と楓はゲーセンで出会っただけの仲だった。左胸がチクリと痛む。たまたま声をかけただけで、もしかしたら俺じゃなくても良かったんじゃないかと。そこそこ手練れなゲーム好きをただ探していたのかもしれないと――。

 ゲーム説明をしている楓の横で、俺は全身に痛みを帯びた。そんな俺に体験者が話しかけてきた。



「一緒にやらんか? 格ゲー台占拠してる人やろ?」


「いや、俺は──」



 今は店員側であって気が引け、否定しようとする。それに今プレイしても俺は集中できないと思った。

 そう、紛れもなく楓へのモヤモヤのせいで。

 なのに楓はいつもと変わらず「お客様の要望ですよ。席ついてください」なんて言うから、俺の心臓はいつもの半分以上小さくなっている気がした。


 痛む左胸を忘れるために頭をブンブン振って俺は椅子に座った。こうなったらこのシューティングゲームの対象物を全部楓だと思ってやろう。

 そう思って始めたゲームのスコアは過去最高記録だった。



「ありがとうございました」



 スッキリとしない心のまま、体験者の方にお辞儀をする。



「ほんまにこれ作ったんか? すっげぇなぁ」



 どうやら体験者は俺が作ったと勘違いして背中をバンバン叩いてくる。



「作ったのは俺じゃなくてこっち、楓です」



 楓の方を向くと、じんわりと喉の奥が苦くなる。



「いやぁ、ほんま凄いわ」


「ありがとうございます」


「楽しかったし、新感覚って感じや。なんていうか技術だけで勝てるものやないっていうのがおもろいな」


「ほんとですか! もしお時間ありましたらこちらのカードに感想等記入していただけますと助かります」



 楓が差し出すバインダーを「はいよ!」と言いながら体験者は受け取った。



「マスターさんや。せっかくだからブラック頼むわ」



 そう言って店内席に移動する体験者にマスターが「かしこまりました」と言葉を返す。


 1人目の体験者を終えてほっとすると、その反面で心にモヤがかかっていく。

 そんな俺にいつもと変わりなく接してくる楓と少し距離を置こうと思うも、体験会中は不可能であった。


 1人目の体験者がバインダーを渡して帰る時、「これからゲーセン行くから声掛けてくる! どえらいおもしろいゲームの体験が出来る! ってな〜」と言い残していった。






 そのおかげか太陽の日が高く登る頃、喫茶店内は体験者達に溢れ、俺たちはゲーム説明に追われていた。

 同時に店内のコーヒーの香りはより強くなっていた。



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