第18話 ゲーム体験会(1)
忙しなく楓と過ごす日々は瞬きをするように過ぎ去っていき、気がつけば体験会の前日になっていた。
これまで出来ることはやってきたが、実際に反応を見る、となると手が震えてくる。
だが、疲れが溜まっているからか、布団に入ると糸が解けるようにスっと眠りについてしまったのだ。
──────
目を擦りながら体を起こす。んー、と伸びをした後、俺はすぐさま楓の部屋に向かった。
本来、目覚めの悪い俺がどうしてこんなにも動けるのだろうか。心臓がこんなにも早く脈を打つのはどうしてだろうか。
急いだ気持ちは足を早めた。
「楓!」
「優紀さん! 早いですね」
「なんで早く呼ばないんだよ」
「レム睡眠にまだ入ってないかなって思って」
どうせ俺を気遣った行動なのだろうと思ったら案の定、楓が考えそうな事だった。でもそれがだんだんに痛みを帯びていく。
「そんな気にすんなよ。俺は2人でやりたいって思ってるんだから」
「えへへ、ありがとうございます。頼りにしてますよ」
なんでかは分からないけれど、その言葉で喉につっかえていたものが流されていくような気がした。まるで苦かった薬の後味を感じるような、そんな感覚が左胸に残る。
この時の苦味がなんだったか、知ることになるのは体験会の当日だった。
──────
喫茶店開店時刻は朝10時。あと10分で始まってしまう。
「はぁ……いよいよだな」
「優紀さんは緊張してるんですか?」
優紀さんはという言葉に楓が緊張していないことは感じられたが「しないのか? 楓は」と訊ねる。何となく話していないと落ち着かなかったからだ。
そんな問いににへらと微笑みながら楓はこう言った。
「優紀さんがいるから大丈夫な気がしてるんです」
昨日の“頼りにしてる”の言葉が蘇ると共に、背中を撫で下ろされるような暖かみに包まれた。
「2人ともコーヒーどうぞ」
匂いだけで美味しいコーヒーをマスターが淹れてくれた。
「「ありがとうございます」」
湯気がふんわり昇っていくコーヒーカップを手に取り、液面を唇で触れた。
熱い。
その温度の高さに口をつけたのを後悔しながらテーブルの上に戻す。
その様子に楓が声をかけてきた。
「優紀さんって猫舌ですよね」
「悪いかよ」
わざわざからかうために話しかけてくるのかと思いながらも、楓とたわいない話をするのは好きだった。
「そうじゃなくてコーヒー好きなのにすぐに飲めなくて可哀想だなって──」
「可哀想言うなよ」
ハハッと乾いた笑い声を送ると、俺に返すように微笑み「開店前に飲み終えれないじゃないですか」と楓が言った。
そしてまだ熱いコーヒーを無理やり飲みきった頃、マスターが“OPEN”の札を入り口に掛けに外へ向かった。
始まる。その緊張感に俺は思わずこぶしを握り締めていた――。
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