第17話 過去(8)
「夜は静かですね~。ゲーセン帰りは特に」
騒音を背中に、冷え始めた夜の空気をまとった楓が言った。
「そうだな」
「今日は何食べよう……。優紀さんは2食分食べ無いとだめですよ」
「なんでだよ。食えるか!」
「優紀さんのことだからお昼も食べてないんでしょう? 栄養不足で倒れたら困るんです」
だめですよ、と下がり眉の顔を見せる楓に、俺はこんなにも大切に思われていることを実感した。心の温度を上げ、俺の心の中を楓が侵食してくる。
「そうだな」
そっけない返事をしたのは、この時の気持ちを見ないふりするためだったのかもしれない。
喫茶店に入ると、豊かなコーヒーの香りに包まれる。
俺は楓とマスターの会話を聞きながら、喫茶店のスペースを見ていた。
「マスターこんばんは!」
「昨日ぶり。準備は順調かい?」
「そうですね。最善は尽くしたいなと思っているところです」
「そうかい。あんまり無理はするんじゃないよ」
「はい」
一通り会話が終了したところで俺は改めてマスターに話しかけた。
「マスター、場所提供ほんとうにありがとうございます」
「優紀さん、でしたよね。こんなところでよければ使ってください。楓があんなに楽しそうなの久しぶりに見たんです。きっと優紀さんのおかげだと思って……」
「そんなそんな! でもここまでして頂いたからには体験会も成功させたいと自分も強く思っています」
楓のこともよく知るマスターが言うのだから確かなことなのだろう、と自惚れそうになる自分を隠しながら伝える。
「優紀さんも体だけは気を付けてくださいね」
労わりの言葉を頂いて「ありがとうございます」の返事を置き去りに、俺は楓とあの窓側の席に着いた。
「今日は何食べますか? 僕はこのエビフライハンバーグ定食にします!」
「おぉ、いいな。
俺はビーフシチューと150gのヒレステーキにするよ」
「だめです! 300gにしてください!
マスター! エブフライハンバーグとビーフシチューと300gヒレステーキお願いします!!」
「おいおい」と困る俺に「しっかり食べてくださいね」と楓が微笑む。その笑顔につい許してしまう。
しばらくして目の前に並んだ料理を口に運びながら2週間後の予定を詰める。
「ゲーミングPCはどうやって運び入れるんだ?」
「当日じゃなくて前夜のレム睡眠時に運んでおこうかと思ってます」
「あぁ、なるほどな。その時、俺も呼んでくれ」
「え、いいですよ。しっかり休んでください」
断りをいれる楓に「俺には働きすぎって注意するのにずるいな」なんて意地悪を言うと「僕は若いからいいんです」と年齢自慢をしてくる。
楓は俺よりも一回りほど若いが、俺としては仕事を片方の負担にしたくなかった。
「2人でやることだから」
と言うと、楓はにっこりした笑顔でこう言った。
「じゃあお願いしますね」
普通の言葉なのに何だか心を打たれるような、頭でこだまするような、俺の中でそれがふわつきながら衝撃をもたらす言葉になったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます