第14話 過去(5)

「「いただきます」」



 マスターが運んでくれた、湯気だったナポリタンを前に俺と楓は手を合わせた。



「……うまっ!」



 思わず声が漏れてしまった。味の濃度が高いのに無駄な塩味がなくて、Theトマト! みたいな、トマトのうまみが濃い、そんなナポリタンである。

 楓は俺の様子を見て「ですよね!」と嬉しそうに微笑んでいた。



「マスターの作るナポリタンはトマトジュースやピューレは使ってなくて、直接トマトから作ってるんですよ。でもそれだとパスタを絡めるソースとして水分が足りないから野菜から水分を出しているんです。

とっても健康的でしょう!」



 やけに詳しく説明する楓はクルクルッとフォークを動かしていた。一口は大きく、口周りに真っ赤なソースを付けている。その様子に思わず笑ってしまう。



「確かに美味しいが、そんなに口周りにつけなくていいと思うぞ」


「!? そんなに笑わないでくださいよ」



 慌てておしぼりで口を拭きながら、ムスッとした顔をする。コロコロと変わる表情が楓らしさだと感じる。そんな和気あいあいとした時間を過ごし、食後のコーヒーをたしなんでいた。



「さっきの話なんですけど、優紀さんはどんなゲームが好きなんですか? 格ゲーとかアクションゲームのイメージがありますけど」


「あー、俺はアクションゲームとシューティングゲームが得意だ。アーケードもPCも好きだが」


「幅広ですね、凄いです! とりあえずPCのシューティングゲームのプログラミングからしてみようと思います。出来たらまた連絡しますね」



 そう言って楓はコップに入ったコーヒーを流し込んだ。ゴクゴクとする度、喉仏を上下に動かして。

 俺は一足先に席を立った。



「お勘定お願いします」


「ちょっ、優紀さん!?」


「美味いメシ屋の紹介代だ。


 また来ようと思います」



 マスターの方を見てそう言うと「またお待ちしております」と軽く笑みをかけられた。



「ごちそうさまでした」



 お店にこう言葉を残して俺と楓は昼下がりの街を歩いていた。



「何だかお腹いっぱいで眠いですね〜。歩きながら寝ちゃったりして」



 冗談なのか本気なのか分からないことを言う楓は、ふわぁと大きなあくびをした。そのあくびが俺に移る。



「優紀さんはこれから何がするんですか? やっぱりゲーセンとかです?」


「いや。特に何も決めてないな」


「じゃあ僕の部屋来ませんか?」


「いいのか?」


「悪かったら言いませんよ」



 と笑いながら楓は俺より2歩3歩先をルンルンで歩いた。






 ******






「――当時、楓の部屋はお前の部屋の所にあったんだよ」



 堀部さんが僕を通して楓さんを見るかのように、優しい視線を集めてくる。



「じゃあ楓さんは──」


「退職したんだ。半年くらい前に」



 僕のデリカシーのない質問に堀部さんは間髪も入れずに答えた。申し訳なさで胸が軋む音がした。



「半年間、楓と同じ時間を俺は過ごしていた。この部屋と俺の部屋を行ったり来たりして……」



 静かに懐かしむ堀部さんは目を細めて、また落ち着いた声で話し始めた。まだまだ続く、堀部さんにとって思い出深い楓さんとの話を――。



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