第12話 過去(3)

「親友が、生前の親友が、自殺……したんです。それも、睡眠薬を使った自殺、でした……」



 涙を流しながらつっかえる楓を見て、俺は思わず手を引っ張り、俺の布団の上に座らせた。そしてゆっくりでいい、と伝えた。

 楓は肩の力を抜くようにゆっくり息を吐いて頬の涙を拭っている。



「しかも僕のせい、だったんです。自殺した彼を追い込んでいたのは僕が彼のことを気遣えなかったからなんです……。

 僕と彼は同じ会社に務めるゲームプログラマーでした。ゲームの腕は彼には1度も敵いませんでしたが。だからこそ僕は営業成績で彼と競っていました。同い年で営業成績が違うことで、彼は上司から嫌味を言われ続けていたそうです。それも僕の全く知らないところで。気づいたら仕事に行くのも嫌になっていたようで、彼は睡眠薬を飲んでマイナスに達する寒い冬の中、もう目覚めることの無い眠りについたんです……」



 涙を拭う意味が無いほど顔をびちゃびちゃにする楓は、それでもなお、走るように話し続けた。



「小学校からの親友でした。いつも僕を助けてくれるとっても良いやつでした。よく笑うやつでした。

 でもそれを僕が自らの手で壊しました。だから僕は彼と同じ方法で死んでここに来たんです」



 楓の表情が慈しみに溢れた顔から絶望したように変わる。



「僕が死んでも彼への償いは完了していません。これが彼を追いかけて死んで、わかったことでした。

 だからこそやめて欲しいんです。もう僕の前で誰にも死んで欲しくないんですよ……」



 訴えるように、でも力なく俺にお願いする楓の体は震えていた。その手をそっと握って俺はこう言った。



「お前が罪悪感に心を痛める必要なんてない。きっとお前の気持ちはその人に届いてる。だって親友なんだろ? 大丈夫だ。

 それに助けてもらった俺はお前の為にも真っ当に頑張るよ」



 泣かせたくて言ったわけじゃなかったのに、楓はまた目から大粒の涙を落として、床に小さいとは言えない水たまりを作っていた。



「ありがとう、ございます……」



 ぐしゃぐしゃの顔でくしゃっと笑った楓に「そろそろ脱水症状になるぞ。顔洗ってこいよ」と優しくもない言葉を投げかけた。






 洗面所に行って帰ってきた楓はこう話しかけてきた。



「お借りしました。ありがとうございます。

 そういえば堀部さんって下の名前なんて言うんですか?」



 あれ? 俺名乗ったっけ?

 素朴な疑問をそのまま声に出す。



「俺名乗ったか?」


「あ、いえ。眠夢様が“堀部くん”と呼んでいたので。それで下の名前も気になったんです」


「そういう事か。俺は堀部 優紀まさきだ。好きに呼ぶといい」


「じゃあ“優紀さん”と呼びますね! 僕のことは“楓”と呼んでください」


「あぁ」



 顔洗ってスッキリしたのか、明るい顔を見せる楓はまるで朝一の太陽の様だった。

 俺は楓の熱を冷ますように、太陽の乾きを抑えるように2つのコップにコポコポと水を注いだ。



「はい、水。水分大事だから飲めよ」


「ありがとうございます」



 ゴクゴクっと喉を鳴らして飲んだ楓はホッコリとした顔を見せる。



「優紀さん、今日こそランチしに行きましょう。お話聞いてくれたお礼がしたいです!」


「いや、俺の方が迷惑かけてるだろ……」


「いいんですよ。僕の顔が効く店があるのでここは任せてください! それにもっと話したいだけなので!」



 楓は俺の腕を引っ張ってこっちこっち! と歩き始めた。






 ******






 ピピッ。堀部さんの機械が僕らに現在時刻を知らせる。

 時計の針は“78”だ。



「もうこんな時間か。すっかり話し込んでしまったな。この後の話はまた後でする。

 俺もお前も、夢を見なくてもノンレム睡眠とレム睡眠は90分で繰り返されるから、また部屋に戻るよ。仕事終わったらまた来る」


「分かりました」



 やれやれ、と思っているかのように首の後ろを掻くような仕草で堀部さんは部屋を出ていった。



 堀部さんの居なくなった部屋で僕は大きく息をした。そしてそのままベッドに身を任せる。一気に浴びせられた辛い過去に僕は気分が沈んでいた。

 ピピッ。

 僕の機械も音を鳴らし、体も沈むように意識が深い眠りに落ちていった──。



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