第10話ㅤ過去(1)

「1回の眠りで1個しか夢が見れないから3等製造者の時は1000円しか稼げなかったんだ。金欠なのにゲーセン通ってたからすっげぇしんどかった」



 宙に寝そべりながら昔を思い浮かべる堀部さんの姿は、なんとなく寂しさが滲み出ている気がした。



「だから俺は回数重ねる為に睡眠薬飲んでたけど、お前は苦労しなさそうで良かったよ」



睡眠薬。その言葉を聞いて僕は思わず口の中の唾液を飲み込んだ。真空状態の口の中に空気を入れながら「他にも、何かあったんですか?」と僕は宙に言葉を放った。

 下がり眉で僕を見下ろして言う堀部さんの姿から、過去に何かあったんじゃないかって思ったら口が音にしていた。



「まぁ、な」


「……たい……」


「え?」


「……聞きたいです、堀部さんの話……!

 さっきのゲーム、僕が勝ったので聞かせてください!」



 歯切れの悪い返事から、きっと消化できてない過去があるのだろう。……昔おばあちゃんから聞いたことのある話が、ふと頭に浮かんだ。

 それは“話すことで自分の中で整理ができる”というもの。だからおばあちゃんは毎日夢の内容を聞いてくれるようになったんだっけ。

 まあ、僕は別に堀部さんの為に何かしたいとか、解決したいとかじゃなくて、ただここでの生活があまりにも不透明で……。

 つまり、僕はここの生活を知りたくて、関わるべくして出会った堀部さんを深く知りたくて、さらに堀部さんにとって少しでも整理がついて欲しくて、堀部さんの過去に首を突っ込んでしまったのだ。



「はぁ……、そういや約束してたな。

 でもいいのか? 聞いてもつまんねぇと思うけど」


「お願いします」



 僕の言葉の後、堀部さんが1度ゆっくり呼吸したのを見せた。



「あれは俺が睡眠薬の依存性になって倒れかけた時だ──」



 話し始めに僕は思わず息を飲んだ。






 ******






 当時は少しでもお金貯めるために睡眠薬を飲んで何度も寝て、それ以外の時間は稼いだ金をゲーセンで溶かして遊び呆けていた。今思い返すとアホみたいだと思うが、あの時はその生き方が唯一楽しめる生き方だと思っていたんだ。

 それに2等製造者になった途端、さらに手元にお金が増えた。1回の眠りで3倍稼げることに喜びを感じ、さらに睡眠薬の服用回数を増やしていた。

 3倍遊ぶことが出来るゲーセンは、もはや天国だと思っていたよ。だって負けることなんてなかったから。負けたら交代制のゲーム台で俺は1度も席を立つことなんてなかった。


 そんなある日、俺は初めて負けた。すごく落ち込んで、寝るために部屋に戻ろうとゲーセンを背にした時、俺はとある男に引き止められたんだ。



「こんにちは。珍しく今日は不調でしたね。もし良ければ一緒にランチでも行きませんか? 奢りますので」



 見覚えがあるような、やっぱりないような、そんな若い男だった。不気味だったし、意味がわからなかったよ。だから「どちら様でしょうか」と俺は彼に聞いた。すると



「すみません。代田しろたかえでと言います。決して怪しい者ではありません。あなたと毎日対戦してボコボコに負けてるゲーマーですよ」



 と彼は笑いながら名乗った。それも懐いた犬のように可愛らしい笑顔で。それがなんとなく憎めないやつな気がして、そういうやつこそ世界で1番幸せって顔するから気に食わなくて……。何が原因かと聞かれても分からないけど、その日は食事を断って部屋に戻ったんだ。


 あとから気づいたけど、この時の俺は自分の納得いく1日を睡眠薬で作って、でもそれに苦しめられていた。

 しかもそれを思い知るのが、楓にあった翌日だった。




 いつも通りゲーセンに行って、台に着いてコマンド入力していた時、俺は突如倒れた。まあ、原因は睡眠薬で体が壊れ始めてたって感じで。

 その時、眠夢様に連絡してくれたのがあの男、楓だった──。






 ******






 ピピッ。堀部さんの話の途中で電子音が鳴った。


「すまないが仕事の時間だ。お前もあと10分くらいで仕事、ノンレム睡眠になるだろう。今みたいに機械がピピッと音を鳴らしたら布団に入るといい。

 話の続きは、また後でする」



 そう言って堀部さんは僕の部屋から出ていった。

 でも僕はケロッと表情を切り替えた堀部さんを見逃さなかった。

 楓さんと何があったのだろう? 堀部さんはちゃんと元気なのだろうか……。






 ピピッ。電子音が手首に着けた機会から鳴ると僕はハッとした。レム睡眠の時計は「85」を指している。僕は堀部さんの言う通り、大人しく布団に潜り込んだ。

 5分間ひたすら堀部さんと楓さんを考え続けたにも関わらず、仰向けになっても考えていた。堀部さんに直接話を聞かなければ真実なんて分からないのに……。

 布団に包まれてポカポカしてきた体は意識が朦朧としてきて、自然とまぶたが落ちた。


 この日は僕が、生まれて初めて“どんな夢を見るだろう”以外のことを考えて眠った日だった。



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