第9話ㅤ初夜
「こんなに遅くなっちまったか、付き合わせてすまんな」
缶ビールを飲み干しながら堀部さんはそう言った。
「いえいえ! 楽しかったですよ、どれも凝ってて凄いです」
「あぁ、俺も楽しかったよ! いいな、人とゲームするのも」
「また誘ってください! いつでもお相手するので」
「そうか、それはありがたい」
堀部さんは出会った時とは大違いでよく笑う。それに生粋のゲーム好きだと分かって近づきやすくなった。
「また明日な。昼の11時頃に部屋に向かう」
「ありがとうございます」
「機械つけ忘れずにな。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
こうして僕は堀部さんの部屋を後にした。
部屋に戻ると、チラッと見た時にベッドしかないように見えたが、奥にもう一部屋あることに気がつく。
ドアを開けるとトイレとお風呂だった。
ユニットバスかよ。そう文句を思いながらもまるでホテルのような必要最低限の部屋に僕は心を許し、ベッドに寝そべった。
枕元に例の機械が置いてある。そして1枚の説明書と説明会の案内が書いてあった。
ずらーっと書いてある文字に対して一応全部目を通す。
会場……。どこだこれ。明日堀部さんに聞いてみるか。
瞬きを忘れて乾いた目を擦りながら、僕はまぶたを閉じた。
あ、そうか。これつけなきゃか。ふと思い出した機械を手で探して腕に付ける。
今日は夢を見るのかな。見たいけど……。
望みを抱いて僕は静かに眠りについた。
──────
え?
どこだここ……。あ、自分の部屋か。
慣れない白塗りの部屋とはじめて朝を迎えた。
と、この時は勘違いしていた。
──────
異変に気づいたのはこの時計を見た事。
本来12時があるはずのところに何故か「90」と書かれていた。
これがなんの数字を示しているのか、僕には全く分からない。
これじゃ、堀部さんとの約束の時間も分からないし、とりあえず堀部さんに会いに行こう。そう思ってベッドから立ち上がった時、僕はそこにあった壁に手を突いた。
え……。壁が動いた!?
音速よりも早く手を話しただろうか。少しだけ壁がズレた後が床についている。
どうしよ……、堀部さん来てくれないかな……。
「なんだお前、俺より高能力なのかよ」
「え?」
声の方を向くと、そこには堀部さんが浮いていた。え!? う、浮いてる!!?!!?
「口空いてるぞ。そんな驚くことかよ」
ハハッと乾いた笑いの後に堀部さんはこう続けた。
「で、何に困ったんだ?」
「壁が動いて──」
「そんなことか!?」
「そんなことって、大事件じゃないですか! 入居1日も経ってないんですよ!?」
「はぁ……分かってないんだな」
ため息をつく堀部さんに僕は「何がですか!」と食いつく。すると驚きの返答が帰ってきた。
「ここ、お前の夢の中だぞ?」
……夢の中? そんなわけない。こんなリアルな訳……。
「何言って──」
「レム睡眠だよ」
僕の言葉を遮って堀部さんはつらつらと説明しだした。
「このレム睡眠時間は本当に自由自在に動ける。しかも、この時間は願えばなんでもその通りになるんだ。こんな風に歩きたくない、空を飛びたいと願えば浮くことが出来るし、部屋を動かしたいと思えば簡単に模様替えができる。まるで魔法使いにでもなった気分で過ごせるんだ。
ちょっと1回お前も浮いてみろ。それが一番わかりやすいから」
「え! 無理です」
「いいから!」
堀部さんに言われた通りに浮いてみたいと願うだけ願った。堀部さんはベテランだから出来るだけだきっと。怖いからできないでくれ、という僕の思いに反して、ふわっと足元が床から離れた時、僕は「うわっ」と声を漏らした。
「どうだ? 楽しいか?」
「楽しいわけ……とにかく怖いです! これどうやって降りるんですか!」
「少しは自分で考えてみたらどうだ? そんなんじゃ苦労するぞ」
少し嫌味な言葉に僕は頭を動かす。そして出た言葉がこれだった。
「……願ったら絶対叶うんですよね?」
「そうだ」
じゃあこう願うしかない。“全ての床がふっかふかのベッドのようになりますように”そして“元のように引力に引っ張られますように”と。
「いた……くない」
信じ難いほどにふかふかで、怖くて閉じていた目を開けるまで、それが床だとは分からなかった。
「なんとなく掴めたか?」
堀部さんは面白そうにニヤニヤと笑っていた。「はい」と言っておかないとバカにされそうな気がしたため、言うだけ言ってみたものの、自分ではないみたいな感覚に恐怖を感じ、混乱している。
「まあ、なんか困ったことあればいつでも俺を呼べ。……というか、お前は俺より優能力者だから俺が来ることを願えば強制的に来ざるおえないからな。
お前、一回で何個の夢を見るんだ?」
「3個です」
「はぁ……羨ましい。俺はお前と違って1個しか見れねぇんだよ」
「1個、ですか?」
これまで考えもしなかった。見る夢の数が違うなんて。
堀部さんは「ああ、そうだよ」と言葉を投げて、そのまま壁に話しかけるかのように自分語りを始めたのだ。
そして僕は堀部さんの冷たい過去を知ってしまう――。
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