第5話ㅤ継承

「手紙、ありがとうございました。お返しします」


「いいのよ、中村くんのものだから」



 そうですか、と返事をしながら僕は封筒を胸ポケットに片付ける。



「何が書いてあったかはわからないけれど、次に急いでもいいかしら?」



 眠夢様の言葉に僕はコクリと頷く。



「ありがとう。

 次はあなたが継承する番よ。少し移動しましょうか。着いてきて」






 そう言って僕は隣の部屋に案内された。まるで監視室のような一面モニターだらけの部屋に案内された。



「この部屋は現実世界の様子と繋がっているの。継承の時と夢を届ける時に使うのよ。製造者は継承の時しか入れないわ」


「そうなんですね」


「またここに入りたければ夢送ゆめおくを目指してみて。いつでも歓迎するわ」


「夢送り師?」


「ええ、私を含め黒い服を着てる従業員のことよ。製造者が作った夢を届ける宅配人のようなものね」


「そうなんですね」


「現実世界に大切な人が生きているからってその人を見守るために夢送り師を目指す人がいるわ。

 中村くんにはいるかしら?ㅤ大切で、見守りたい人」


「……います」



 真っ先に浮かんだのはおばあちゃんの顔だった。いつも、最後まで優しかったおばあちゃん。思い浮かべて僕は胸をじんわり、でも深く痛めた。



「そう、その人に会えるのも今日で最後ね……。継承先はその人?」


「いいえ……。その……、継承先をそちらで決めてもらえませんか?」


「あら、どうしてか聞いてもいいかしら」



 そう聞かれて僕は太ももの横にある布の余りをぎゅっと握った。そしてゆっくり手の力を抜いて手紙の内容を伝えた。






「そうだったのね……。ほんとに継承先をこちらで決めていいのかしら?」


「はい、お願いします」


「じゃあこの子はどう?」



 白い服に黒髪のショートカットの女の子を見せられる。



「誰でも、大丈夫です」


「そう、じゃあこの子にしておくわね」



 そう言って眠夢様はポチッとボタンを押した。



「出来たわ。さっきの部屋に戻りましょうか」



 痛みもなく、本当に継承されたか分からない。この知らない子が明日から夢を見るのかも分からない。

 ただ僕はこの子が幸せでありますように、と願いながら眠夢様の後ろについて行った。






「継承も終わったし、あとは雇用期間の話ね。中村くんは今日から3年間ここで製造者として働いてもらうわ」



 眠夢様の言葉に僕はこくりと頷く。



「そして働いた年数によって等級と服の色が変わるの。

 製造1年目は水色の服をまとう3等製造者。中村くんはこれね。

 次が製造2年目で青色の服を纏う2等製造者。

 そして製造3年目になると紺色の服を纏う1等製造者になれるわ。

 あなたをここに連れてきてくれた堀部くんは今年でこの仕事を辞めてしまうの、寂しいわ」


「そうなんですね」


「もし、夢遊界での生活が楽しくてまだ働いていたい、となったら夢送り師になるといいわ。少し大変だけれど夢送り師になると、なった日から5年間夢遊界に居られるから。

 また何かあったら私でもいいし、堀部くんでもいいから聞いてね」


「ありがとうございます」


「ここでの説明は以上よ。

 堀部くん、中村くんの部屋に案内してちょうだい。あと仕事内容の説明も頼むわね」


「かしこまりました」



 堀部さんは眠夢様に頭を下げて、こちらを向いた。

 行くぞ、と言ってスタスタとドアに向かっていく堀部さんを僕は追いかけた。



「失礼します」



 僕らはドアの前で一礼し、眠夢様に背を向け、その部屋から出た。

 廊下の空気の冷たさにやっと緊張が解けた。

 それはまるで、生きているみたいだったのだ──。



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