第6話 学生4

俺としては信任選挙などミリほどの興味もないのだがしかし、退学がかかっているなら話は別だ。俺だって、たとえ転生していようとも、恥を知らない厚顔無恥な野郎に成り下がった訳ではないし、いつまでも受動的で消極的な純草食系男子でもない。だから、俺だってやるときはやるわけだ。そこで、これはベタだがビラ配りから始めようと思う。と思ったところで、俄然、協力者が、それもとても強力な協力者がついてくれることになった。それは桐原先輩である。桐原先輩はその理由づけとして、俺単体では信任を得られないのは自明の理であることと、こんな状況に追い込んだ非を認めていることを挙げた。まあ、とりあえずこれで頑張ってみようと思う。


初日。

矢張り、俺を恐れている人が多いらしく、俺の周りには誰一人として近づかなかった。


二日目も同じだ。


三日目も例にもれず。まあ、これが当然なんだから。ここで折れる俺ではない。



丁度一週間ほどたっただろうか。最近は、惰性で続けていたビラ配りにも精が出始めた。誰もが俺を恐れるというこの状況、それを打破するために俺は反骨心とでもいうのだろうか、そんなものを持っていた。或いは空元気というわけだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。成果は今のところ見えないがしかし、こんなものは前世で慣れっこである。ああ、あと、今日は珍しい客人が来た。風紀委員長のサンドラ・コーペンハイド先輩だ。先輩はいかにも興味なさげだったが、似た者同士の片割れ、シャーロットを深く知る俺には、俺を元気づけようという意志からこの場に赴いたことがありありと感じられて、たいそう嬉しかったね。しかし、その言葉は苛烈だった。このままでは一向に信頼を得られないだろうという言葉をいただいたからだ。まあそれは俺も薄々感じていた。だから、俺はそれに苦笑するしかなかったというわけだ。


そんなある日、事は動く。

いい方向にかって?いいや、悪い方向に。

俺がいつものようにビラ配りをしていた時、こんな声が遠巻きに聞こえた。

「化け物が調子に乗ってんじゃねぇよ!」

それを聞いた桐原先輩が、俺の頑張りに泥を塗りたくなかったのだろうか、そいつをすぐに懲らしめようと構えるわけだ。しかし俺はそれを右手で制した。やれやれ先輩、いちいちそんなことで怒っていたら俺と同じ化け物というレッテルを張られてしまいますよ。先輩は俺の意図を伺うように俺の顔を見たが、先輩の顔はすぐに苦虫を潰したかのような顔に変わり、そっぽを向いてしまった。そんなに俺の顔が嫌でしたかね。


学校のチャイムが鳴る。それと同時にクラスには弛緩した雰囲気が流れ込む。俺はカバンから弁当箱を取り出し、巾着を解く。そして、ふたを開けて中を見た。一人暮らしにふさわしい、質素な弁当だ。まずは白米から口に運ぶ。一粒一粒の粒間を舌でなぶった後、奥歯ですりつぶす。あふれ出る甘味が口全体に広がる。黒板をただ何ともなしに見ながら、俺はふと、こう呟いた。

「なあ、なんで俺ら人間ってのはこんなにも他人の評価に苦しむんだろうな」

それがシャーロットに言ったものなのか、独り言なのか、今ではわからない。ただ、反応がなければそれでいいと思っていた。しかし、シャーロットは聞き逃さなかった。

「……まあ、確かにあんたの気持ちも分かるわ。他人に評価されるだけなんて辟易としちゃうもの」

「そうだよな」

黒板にはそこかしこに細かな傷がある。いったいどれほど、人間は歴史を重ねてきたのだろうか。いったいどれほど、人間は他人の評価を気にしてきたのだろうか。

「でもね、だからと言って自分を棄てちゃだめよ。だって自分のことを一番わかってあげられて、思ってあげられるのは、自分だけだもの」

そんな言葉を聞いた時、俺は大学でちょろっとやったデカルトの、「我思う故に我あり」という言葉を思い出した。ああ、そうだった。俺は気づいていたではないか。人生とは、誰もかれもが波乱万丈で、苦しい思いをしていて、そしてそれを唯一知ってあげられるのが自分なんだと。それを言った大学の教授の顔がフラッシュバックされる。温和な顔の裏に、どこか荘厳さがあった。あの人も波瀾万丈な人生を送ったからあの言葉を言ったんだ。そして、それを俺達にもわかってほしかったんだ。

「ふっ」と俺は鼻で笑った。

「何よ」

「いや、なに。お前に説教される日が来るとは思わなかったからな」

シャーロットの怪訝そうな顔を横目に、俺はこう思った。ああ、あんなおてんば娘だった奴に説教されるとはな。本当に人生ってのは何が起こるかわからない。しかしそれは同時に何が起こってもおかしくないということだろう。それだったら俺のこの悪評も、まだまだ諦めたものじゃないかもしれないな。俺は定型文で埋め尽くされていた演説の台本、最後の、人々に訴える機会の台本を、書きかえることから始めた。


俺は今、入学式のあった体育館の裏にいる。壇上には桐原先輩が出ていて、何かを話している。俺は適度な緊張を感じながら、用意してきた台本に身震いしていた。これならいけるかもしれない?いいや、ちがう。信頼を得られるのは決定事項だ。確かにこれは、他の人が読んだら奇をてらった、つまらないものになるかもしれない。だが、俺は俺を信じている。俺ならこの台本を、この場の空気を、俺に対するありとあらゆる悪評を、この一回で快刀乱麻に解決できると信じている。桐原先輩の話は終わったようで、こちらに戻ってくる。俺の顔を見ると、満面の笑みを見せて一言、「いい顔になったね」と呟いた。いいえ先輩、変わったのはそれだけじゃありません。まあ先輩はそこで見ていてください。俺は微笑みにそう言った意味を込めると、足早に壇上へと上がった。さあ、伝説の始まりである。


「昔、ある人が言った。『我思う故に我有り』と。


それは確かにその通りかもしれないが、昨今の情勢では何の意味もなしていないように見える。他人からの評価がすべてだからだ。


だから俺のビラ配り中に聞こえてきた「化け物」なんて言葉は、俺のやわなハートを深く傷つけたね。俺だって今までは他人の評価を気にする一人だったのだから。


しかし、そんな昨今だからこそ声を大にして言いたい。「我思う故に我あり」と。「我」を「思う」ことができる、評価できるのは「我」のみだと。事実、俺は俺が生徒会役員になれることを信じて疑わない。それは、その自信は、確かに桐原先輩の援助があったからかもしれない。毎日励んでいたからかもしれない。支えてくれる友がいたからかもしれない。だが、少なくとも俺は、自分を信じているからだと思っている。


そんな自己中心的な俺から諸君らに質問したいことがある。


諸君らは「我」を「思う」ことができているか?


俺には友がいる。扉はノックせずに勢いよく開けて入り、この学校の入学試験では受ける前から入学する気満々で、小さいころなんか魔物の住む森に秘密基地を立てようとした、烈しい女さ。


そいつは俺が落ち込んでいる時にこう言った。自分が一番自分をわかってあげられるんだから、自分だけは自分を信じてあげなさいと。


そこで俺ははたと気づいたわけだ。


こいつが強いのはそういうためかと。


つまり、彼女は自分で自分を信じているから強いんだと。


再度諸君らに問おう。諸君らは自分を大切にしているだろうか。


俺は確かに、身体的な強さは化け物だ。


だが、それは一部の他人の、外面的な評価に過ぎない。


この中に一名でも俺の内面へと目を向けた人がいただろうか。自分の体験を信じようとした人がいただろうか。


残念ながらいない。


そこで、俺から諸君らに最後の言葉だ。


もう少し自分を信じなさい。


それでは諸君らのますますの懸賞を祈って、この演説を閉じさせていただく」


会場は、鳴りやまんばかりの拍手に包まれた。これは間違いなく俺が諦めなかった成果だろう。人生ってのはこんなことがあるから面白い。





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後書きです。

最近令和の虎をティックトックで見ています。

僕にも投資をお願いします。

Nothingは許しません。

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