第4話 学生2

入学式を終えた俺たちは晴れて学生であるわけで、そして学生の本分というのは文字にもあるとおり学ぶことであるわけで、まあここは確かに自由が売りの学園ではあるものの、しっかり授業というのはあるってことで、俺たちは今から出席する授業を選ぶわけだ。蓋し今の時期から何かを選択するっていうのは、もちろん平民の俺になんか、もし転生などをしていなければ荷が重いってもんだし、貴族の子供にとってもそれは同じだろう。そんな重労働を今の時期からやらせる、まあこれはあまり他人に迷惑をかけないっていう点でもう少し気楽なのかもしれないが、それでも今の時期の子供にとったら重労働であるわけで、そんなことを課すなんて鬼畜の所業だね。ああ、これは幼少期から腕立て伏せを何万回もやってきたこの俺でさえ驚く所業だ。まあそんなことは言ったって、俺はこの世界についてまだ詳しくないわけだし、だからここは同じわだちを踏まないよう素直に上の人の指示に従うべきだろう。

授業の説明に入ろう。この学校のカリキュラムは実技二科(長剣術、槍術、片手剣術、双剣術、ナイフ術から選択)、体術、昼食、魔法(S~Bクラスは応用魔法、C~Eクラスは魔法学、Fクラス以下は基礎魔法)、座学一科(哲学、文学、社会学、数論、物理から選択)と、時系列順になっている。俺としては実技に長剣術と片手剣術、座学に哲学を取ろうと思っている。これは体験授業を受けた結果だ。ちなみにシャーロットは実技に双剣術とナイフ術、座学に社会学を取るらしい。これを聞いた時、俺はシャーロットが社会学を取るのは矢張り公爵家のしがらみかと思ったのだが、そうではなかったらしい。となると、興味本位でとったという訳だが、俺は全く、需要曲線と供給曲線、キャピタリズムやらポピュリズムに興味がそそられなかったので、あんなものを勉強して何が面白いのか、甚だ疑問だね。前世でもずっと思っていたことなんだが、いったい経済を学んだ人たちは何で総じてお金持ちじゃないんだと思うね。だから俺は経済とかの小難しい、いや、役に立っていないのだから粉飾されたというべきか、学問が大嫌いなんだ。まあ、シャーロットが言うには社会学、その中でも経済ってのは人の心理などを金の動きから推測する、総合型の学問らしいから、多分俺のこの毛嫌いってのはその総合的な理解を成しえる脳が足りないってことから来ているのかもしれない。




「で、あんたは科目、決まったの?」

ああもちろん。——

俺は決まった科目を話す。

「はぁ、あんたが哲学ねぇ。よく似合っているわ。特にその偏屈なところとか」

そういうシャーロットこそ、社会学なんてたいそうな学問、さすがは公爵家って感じだ。

「だから何度も言っているでしょう。私はそんな重圧に押されたわけじゃないって——」

瞬間、俺はシャーロットを胸に抱きよせた。

「ふぇ?何?え?もしかして?……まあいいわよ。ここなら人も——」

おい貴様。今何をした。

俺は木の裏を睨む。

「え?どうしたの?もしかして……人が来ちゃった?ううん、でも気にしないわ。早く続きを——」

シャーロットをそっと放した俺は、木陰にいる敵に一瞬で接敵した。そして首をわしづかみにすると、そのままそいつを後ろの校舎にたたきつけた。


ドーン!と大きな衝撃波が起きる。


それでも満足しなかった俺は、校舎を貫通し天空へ飛びあがると、その敵を下に、広間へ落下した。


バコーン!


地は大きくうねり、タイルは砕け散る。


目の前を遮蔽する程の土煙が上がり、俺の面前は砂塵に塗られた。


しかし、こいつの首だけは放しはしない。


こいつだけは許しはしない。


土煙が晴れてくる。


こいつは、目の前にいるマイク・アンダーソンという少年は、あろうことかシャーロットに向けて火球を放ちやがった。




これでは足りない。何かもっと罰を。死を。俺の中にうねる怒りが彼の死を望む。幸い、今なら人も見ていない。今ならばれないのではないか。そう思った俺は自然に、彼の首を掴む力を強めていた。出血多量で息も絶え絶えの彼は、最後の抵抗とばかりに苦しそうに体をくねらせる。しかしそんなこと気にはしない。こいつは何をした。こいつはいったい何をした。それを問いかけ続ける俺の脳は、まざまざとさっきの光景を見せつける。不意を突くように、完全に重傷を負わせることを狙いとしたさっきの火球。俺が気づいていなければ、彼女は、シャーロットは或いは——。最悪の事態は起きえなかった。しかし、それだけである。その事実により憤怒した俺は、絞める手を強める。マイク・アンダーソンは「ぐっ」っと苦しそうに呻く。そうだ苦しめ。そしてお前の罪を反省しろ。お前はいったい何をした。お前は一体、シャーロットに何をした。お前は——


「やめなさい!」


刹那、誰かが俺とマイク・アンダーソンとの間に入ったかとおもうと、俺はいつの間にか校舎に打ち付けられていた。


「何をしている!」


叫ぶような女性の声で、俺ははっとする。俺は何をしていた。烈しい怒りのあまり、我を失ってしまっていた。先ほどよりかは幾分か冷めた頭で目の前を見ると、そこには純日本人といった感じの女性がいた。ああ、確か名前は桐原歩美。俺に根回しをしてきた人だ。

「君は……何をしていた?」

先ほどより幾分和らいだ口調でそう問う彼女は微笑んでいた。まるで子供の粗相を優しくとがめるような、そんな慈悲が感じられる。

「俺は……」

そう切り出した途中で気づいた。俺は先ほどまで、人を殺そうとしていたのだと。そしてそれをこの人に見られたのだということを。荒い口呼吸によりのどが渇き、振り絞った声は恐怖で震えている。それでも俺は言わなければならなかった。俺の罪を。俺の汚い部分を。

「俺は……人殺しを……」

「そんなことは訊いていない。それは君がどう思うかの問題だ。私は君が、なぜあんなに怒っていたのかを、訊いているんだよ」

「そ、それは、シャーロットが——あいつがシャーロットに向けて火球を放ったからで——」

「なるほど。それは由々しき事態だ」

桐原歩美は納得したかのようにうなずく。落ち着いた頭でもう一度マイク・アンダーソンの方を見てみると、そこには救護班らしき人たちが集まっていた。辺りの地面は血で塗られている。鉄臭さが鼻についた。

「ごめんなさい。頭に血が上ってつい……」

「ああ、それはいいさ。むしろ今回の一件でここの学園の首席とはどんなものか、改めて皆に確認させることができたのだしな」

「と言うと?」

「いや、何分ここには優秀な人物が多く集まるため、入れただけで自惚れるやつらも少なくはないんだ。そんな奴らにはよい刺激となっただろうな」




「その手をどかしなさい!」

そう言って俺と桐原先輩の間に割り込んできたのは——シャーロットだった。シャーロットの登場は桐原先輩にとっては不意打ちだったらしく、たまらずバックステップを取る。シャーロットは桐原先輩を睥睨する。

「何があったか言いなさい」

「ああ、心配するな、シャーロット。これは俺が悪いんだ」

「あんたが悪い?」

「ああ、————」

俺は事情を説明する。

「はぁ、じゃああの時あんたが抱きしめてくれたのも、男女的な意味じゃなかったのね」

と言うと?

「いや、何でもないわ。それよりも、桐原先輩、疑ってしまって申し訳ありませんでした」

「いや、私は別に気にはしないさ。それよりも——」

桐原先輩は意地の悪い笑みを浮かべると、こう続けた。

「いやぁ、ジャック君の近くにいると胸が高鳴るのを覚えたよ。これはあれかね。恋というものかね」

いやいや、桐原先輩のような優れた人徳をお持ちの方が、こんな偏屈な一高校生に恋をするはずなどないでしょう。それはきっとあれです。パーソナルスペースを侵害されたことに対する不安ですよ。もしくは殺人鬼に対する恐怖か。

「むぅ、つまらないな。普通の人だったらそこで顔を赤らめる程度のことはしてくれるというのに」

いやいや、先輩は何でそんな簡単に男心を弄べるんですかね。俺としては先輩が悪魔のように見えてきましたよ。

「はは!悪魔か!それもまた一興だな!」

「あんまりじゃっくんをからかわないでくださいよ。桐原先輩?」

「ん?じゃっくん?」

俺のあだ名です。ええ、本当に全くひどいあだ名です。

「ほー、じゃっくんか……」

あの、先輩。にやつきが抑えられていませんよ。

「じゃあ私もじゃっくんと呼ばせてもらおうかな。いいだろう?シャーロット・スカーレット」

「ダメに決まって——」

「ん?ダメ?なんでだい?はっ!もしかしてシャーロットはじゃっくんのことが好きで、そのあだ名を呼ぶことで自分の特権的地位に優越感を抱いていたのかい?なら仕方がない。私はさすがにシャーロット・スカーレットと同じくらいじゃっくんと過ごしていないし、ここは潔く引くとしよう」

「……いいわよ」

「ん?すまんな。聞こえなかった」

どうやらいいらしいで——

「いいわよ!」

そう大声で告げたシャーロットは踵を返して、ぷりぷりと寮の方へ帰っていく。

あー、今日は一日中あいつを宥めるのに使うでしょうね。

「はは!それはご苦労なこった!これからもよろしく頼むよ。じゃっくん」

シャーロットの肩がビクッと震えたかと思うと、地を踏む勢いがより強くなった。

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