第3話 学生1
「本日は——」
俺の声が拡声器らしき機械を通して、俺の目の前に座っている全校生徒たちに届けられる。まあ、もちろん、こいつらは全く知らないやつらで、いや、シャーロット・スカーレットという赤髪のロングを後ろでまとめた、そりゃあたいそう端正な顔をした公爵令嬢様は知っているのだが、いかんせんこの空間内においてはその存在感を発揮できていないようで見当たらないというのは、日夜シャーロットの存在感に閉口している身から言わせてもらうとなんとも度し難いのだが、そんな無駄な感慨などを喚起させている場合では、俺はどうやらないわけで、まあつまり俺は今新入生代表の挨拶をしているわけだが、まったく知らないやつらの耳目を集めるってのはこんなにも緊張するもんなんだなとつくづく思うね。シャーロットが見つけられないっていうのは物理的な問題のせいなのかもしれないが、つまり俺と新入生たちの距離はそんな原因が発生しうるほど離れているわけだが、ということはつまり俺の目の前にいる人たちってのは上級生ということで間違いないだろう。だから俺としては新入生たち、遠く離れた席から羨望のまなざしで見られるのは納得せざるを得ないのだが、いかんせん上級生からそんな目で見られるのは不承不承ってわけさ。おいおい、あんたらはもう上級生になったんじゃないんですかい。過去にあるべき姿だった俺の顔を穴が開くほど見たって過去へ戻ることはできませんよ。あんたらのまなざしは……そう、そこにいる黒い長髪の、純日本人と言った感じの女性を見習うべきでしょう。彼女なんてどうだろう、俺の話を、何がそんなに面白いのかは全く分からないが、微笑みながら聞いているではないですか。上級生ってのはそんな余裕があってしかるべきでしょう。ああ、ただその女性の隣の筋肉だるまを見習うのは駄目だね。いったい何が眠くてそんなにうつらうつらとしていられるんだ。こう言っちゃあなんだが、俺ってのは新進気鋭の学徒であるわけだからそれのあえかな姿に感化されて、普通だったらシャキッとするもんでしょう。まあ確かに、俺の話には機知やら
「これにて新入生代表の言葉を終わります。ジャック・マクベイ」
場内はある程度の拍手に包まれた。
「お疲れ様」
シャーロット・スカーレットは俺の隣でぼそっと呟いた。
ああ、本当に疲れたね。もし今の俺に手紙を出すのだとしたら 、ジャック・マクベイ様ではなくてお疲れ様が適当だと思うくらいに。
「そう、まったく意味が分からないけど」
シャーロットは肩をすくめる。
そう言えば俺が話している時の周りの様子はどうだった。やっぱり俺は
「いいえ、全然。まあもう少し遠くの方にはそんな人もいたけれど、私の周りはむしろあんたの定型文に辟易としていたわ」
そうか、そいつらは入学式の何たるかを心得ていないな。入学式ってのは予定調和が好ましいんだよ。
「そう。私としてももっとユーモアがあるものを聞きたかったけど」
おいおい、俺は芸人じゃないんだからそんなものを求められても——
「ちょっといいかしら」
そう言って俺たちの間に入り込んできたのは、長い黒髪で黒目の、純日本人と言った感じの女性、つまり俺の新入生代表の挨拶の時に俺を微笑みを湛えながら見つめていた上級生である。
なんでしょうか。
「君は新入生代表の挨拶をしていた子だよね」
そうですが。
「へぇ、驚きだな。公爵家とのつながりもあったなんて」
あの、失礼ですが、誰ですか。
「ん?私?私は
ええそうです。で、何の用ですか。
「いや、なに、用はないんだ。ただ君が少し気になっただけでね。まあこの学校に入った、しかも首席ということなら今後私とも大いに関わっていくことになると思う。だからその時はよろしくね。ジャック・マクベイ君」
ごめんなさいね。俺はイエスマンじゃないんで今から根回ししていようとも何もありませんよ。まあ、最も脅されたときは別ですが。まあその時は俺は気が動転しちまってシャーロットに頼っちまうかもしれない。そこらへんもよろしくお願いしますね。先輩。俺としても末永くお世話になりたいんで。
「アハ!君は全く、面白い子だね。ああ、よろしく頼むよ。ジャック・マクベイ君にシャーロット・スカーレットさん」
そう言って過ぎ去った桐原歩美は、目立つ艶やかな黒髪を揺らしながら人込みへ消えていった。
「……あんた、初日から変な奴に目を付けられたわね」
そうか?俺としては女子と知り合えていい気分だね。
「……ばかばかしい」
「おうおう、平民風情があの壇上に上がるなど、浮ついていて滑稽だったぞ」
そう言って俺たちの進路を塞ぐのはマイク・アンダーソン。俺たちは今クラスが張り出された掲示板へと向かっていたわけなのだが、そこをどうやらこの少年は目ざとく見つけて、邪魔してきたようだ。まあ俺としては一向にかまわないのだが、聞く限りこいつは侯爵家であるらしいし、大衆の面前で騒ぎ立てるなどという行為そのこと自体がそれとしての矜持を傷つけることにならないのかと思わなくはない。まあそんなことを平民風情が思ってみたところで、張本人はそんなことは重々承知であろうから、矢張り平民風情の
そうか、俺としては浮つかないように頑張ったつもりだったんだがな。
「ふん!矢張り血筋なんだろうな!お前のような卑しい奴が壇上を汚すなどという異常事態、きっと今頃学園長も顔を赤くしているだろう」
そうか。俺としては違うと思いたいね。なぜかって?そりゃあ入学式の直前に話した学園長が
「ふん!たかが
「マイク・アンダーソン、そろそろ口をつぐみなさい。それ以上の中傷は私への侮辱ともとるわ」
「……ちっ!調子に乗りやがって!」
「何?それとも私の家から受けた御恩でも忘れたの?」
「くっ!まあいい、今回はこの辺にしといてやろう」
そうして最後に俺に睨みを利かせると、足音を鳴らしながら人込みへと消えていった。
ところでシャーロット、お前の家の御恩ってなんだ?
「ああ、あいつの家は私の家の助力があったから侯爵家になれたの。そのせいかあいつの家のご当主は今も私のお父さんに頭が上がらないわ」
なるほど。
まあ当然というかなんというか、俺は曲がりなりにもトップなわけだし、クラスは一番上のSクラスだった。その隣には学年の1位から5位までの得点と名前が記されており、シャーロットは俺に次いで高かった。まあつまり2位ということだ。であるから当然、クラスはSクラスである。おっと、すまない。きょとんとさせてしまったな。では、この学校のクラスの制度について説明しよう。この学校には成績の高い順にS、A~Gクラスまである。人数はそれぞれ11人、30人、30人、39人、40人、50人、60人、80人となっている。まあ当然のごとく、Sクラスが一番上で、あとはアルファベット順になっているわけだが。
「改めてだけれど、これからよろしく、じゃっくん」
公爵令嬢によろしくされるなんて恐れ多いね。
「嘘つくんじゃないわよ。あんたは私が公爵令嬢だと知ってからも尊敬のひとかけらもくれないじゃない」
なんだ。不満か?なら——
「不満じゃないわよ。むしろ……」
何かを言いかけて口をつぐんだシャーロットは、少し恥じらう。照れたように俯く彼女の頬は薄く赤くなっており、傍から見れば純真無垢な少女の持ち前である子供らしさと、繕いのプライドを併せ持った思春期という時期にふさわしい、乙女の顔になっていた。ああ、あの泥だらけだった少女がここまで来たか。俺としては嬉しい限りだ。そこではたと気づく。そうだ、こいつはもう思春期なんだ。多分こいつはこれからこの学園でいろいろな経験をし、もしかしたら好きな人ができて、勉学にも励んで、とにかくいろいろな経験をするんだ。そしてしまいにはいっちょ前の大人になるんだろう。光陰矢の如しとはまさに警句であろう。ああ、俺はその成長がこいつの人生の一部を知るものとしてすこぶる愛おしい。そうだ、お前が誰かと結婚した暁には大砲のような大きさの祝砲を上げよう。そして空に打ち上げてこう宣言してやるんだ。「ありきたりな幸せここにあり!」とな。まあ確かに力や魔法は同年代のそれと比べたら圧倒的だが、それでも一人の乙女だろう。だからお前にも十分ありきたりな幸せってのが似合うはずだ。安心しろ。この俺が保証してやる。そしてそのありきたりな幸せは、打ち上げた祝砲を通して世界中の人々に伝播して、もしかしたらこの世界がほんの少しでも幸せになるかもしれない。或いは——
「なににやついてんのよ」
シャーロットはキッとにらむ。
ああ、にやついていたか。いや、何でもない。
「はぁ……まあ鈍感なくせして想像力は猛々しいあんただから、また何かつまらない妄想でもしていたんでしょうけど。まあ、ただひとつ言わせてもらうわ。あんたは傍観者じゃなくって登場人物よ。少なくとも私の物語ではね」
ほう、力不足にならないように頑張らせてもらおう。
「はぁ、あんたってやっぱり鈍感よね」
ほう、ここが俺たちの暮らす寮か。
「魔紋認証なんて画期的よね」
俺としてはこの広さに驚いているのだが。
「あー、そうだったわね。妙にませた雰囲気で忘れていたけど、あんたって一応平民なのよね」
ああ、マイケル・マクベイとスミス・ジャクソンのな。
「……はぁ、あんたって本当に、親の七光りを遺憾なく使っていくわよね。灯台と比べたって遜色ないわ」
ここで寮の説明をしよう。俺たちが使う寮はS-1だ。左側がクラスを、右側が学年を表している。寮はSクラスからBクラスまであり、それ以外のクラスに落ちてしまった生徒は、残念ながら周辺で部屋を借りることになる。
「じゃあ、私は隣の部屋だから」
シャーロットはそう言って俺の部屋から出ていく。この部屋には3つの部屋と物置があるのだが、その一つでさえ二人がいても広いと感じるほどだったので、とても広いんだろう。三年生になったらもっと大きくなるとのことなので驚きだ。ともかく、明日から、いや、今日から俺たちの学園生活は始まった。
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