第30話
店長とその友人との出会いは高校の頃で、店長は当時その人のことを尊敬していたと言う。店長がまだ将来の目標が定まっていなかった頃からその人には実家の酒造を継ぐと言う具体的な目標があったからだ。私たちがそうしたように、店長とその人も果樹園で固い桃を齧りながら自分たちの将来について語り合ったりもしたらしい。
高校卒業後、店長は地元を出たが友人は地元の大学の醸造科に行き兼ねてからの目標へ向けて進路を進めた。
やがて縁があって店長が店長となった頃、友人は見事実家の酒造を継いだそうだ。しかも新しい事業も始めた。地元の果物を使ったワイナリーの経営だ。その新しいワイナリーで作ったワインの一つがこの桃のワインだったそうだ。
「俺はそいつと一緒に何かしたくてな。それでこのワインを牛丼に使ってみたんだ」
それが中々に悪くない味で、結果一徹の牛丼のレシピに採用することになった。
「あれから何十年、俺もあいつも良く働いた。……ああ、すまないさっきから余計な話ばかりをしているな」
「それで、その御友人は?」
「ん、ああ、このボトルがあった場所は覚えているだろ」
「はい、あの工場ですよね。店長が使っている」
店長は頷き、そして続けた。
「元々あそこは友人のワイナリーだったんだ」
「え、じゃあ……」
「ああ、あのワイナリーは廃業した」
老朽化、消費低迷、経営難、病気や怪我、時代の流れもあるのだろう。続けていくのが難しい場合だってある。
「ワインの製造も終わることが決まり、それが一徹の今後をどうするかと言うタイミングとも重なった。正直に言えば代替品はあった。必ずしもこのワインでなくてはいけない合理的な理由はない。他のものを使ってもほとんど同じ味には出来る。だが、そうだな、俺にとって一徹の牛丼はこれでなくてはならなかった」
だから店長が店を閉める理由の一つになった。
「このワインはもう残っていないと思っていたんだが、片付けの際に見逃したのか、まさか今日見つかるとは」
それはあの付喪神の導きだ。どうして今日出て来たのかは分からない。ずっといたのか、それとも最近付喪神になったのか、もしかしたら紅緒の影響なんてこともあるのかもしれない。付喪神同士はなんちゃらなんて可能性もある。まあそこらへんは専門家(神主)ではないから正しくは分からないけれど。だけど今何となく分かったこともある。きっと付喪神は何か想いが淀み溜まったところに現れる。そうしてその想いを忘れるなとかき乱すように働きかける。それでどうなるのか、どうしたいのか、その意味までは分からないけれど。
「おおお、ピッタリだな」
居間の方から
因みにあの桃はずっといる。完全に店長たちになついてしまった。一応あとで店長たちには付喪委員会のことを教えておこうと思う。給付金貰えますよと。この人たちのことだからすでに知っていたりもするのかも知れないが。
店長はそこで気を取り直すようにしていった。
「それでだな、せっかく見つかった訳だし今日はこのワインを使うんだが、元々別のものを用意していてな、それがこれだ」
そして店長は収納バッグからもう一本ボトルを取り出した。ラベルの張っていないボトルだった。見る限り最初に出したものと中身の色が似ている。
「これは?」
「新作だ」
「新作?」
「友人のワイナリーの新作だ」
友人のワイナリーの新作……。
「御友人のワイナリーの新作!? え? ワイナリーは廃業したってさっき……」
確かにそう言っていた。だからワインの製造も終わったと。
「ん? ああ、あの古いワイナリーは、な。実は新しいワイナリーを作ったんだ」
「え」
「まあ、あいつのところも代替わりだなんだで時間はかかったが、いよいよ開業まで漕ぎつけたんだ。それで今度は俺も一枚噛んでてな、これは家の果樹園の桃を使って作った新しいワインだ」
「え、え、あれ? 御友人は……、ワイナリーって経営難とか……」
「経営難? いや、そんな話は聞いたことはないな」
「じゃあ御友人は……? 病気とか怪我とか……」
「いや、ピンピンしているが? ん、そうだ写真でも見るか?」
そう言って店長は携帯電話の画面で友人とのツーショット写真を見せてくれた。
ボディビルの大会にでも参加した時の写真なのだろうか。ゴリゴリのオジマッチョが眩しい笑顔を浮かべて上裸で二人並んでいる。
「ワア、スゴイキンニク」
結局、感傷的になりかけていた吉乃の気持ちはまたも筋肉によって押し潰されたのだった。
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