第25話
二人はその中を歩き店長との待ち合わせ場所へと向かう。
駅中の店を見ながらここでも浮かれた様子の紅緒だったが、一方吉乃は口数が少なく、そんな紅緒に対してもぞんざいな態度であった。しかし紅緒はその原因を見抜いていたようで吉乃の顔を覗き込むようにして言った。
「吉乃さ、もしかして緊張してる?」
「は? べ、別に」
何となく強がってしまった。
「本当に?」
「本当よ本当。本当に緊張なんかしてないわ。本当よ」
本当が多い。
「本当は?」
そっと目を逸らし彼女は言った。
「……緊張してます」
仕方ないではないか。だって数年来の音信不通からの再会だ。年賀状とかそんなやり取りもない訳だし相手の状況が分からな過ぎる。しかも今回はこちらの都合のごり押しのようなものだ。むしろ良くこんなあっさりと素早く対応してくれたものだと思うくらいだ。
「何で一回嘘吐くのさ」
「うるさいわね」
とりあえず強がっておきたい。そんな気持ちもある。それも仕方がないと思うのだ。だってもし怒っていたらどうしよう、なんて思ってしまっているからだ。理由は無くても漠然と思ってしまうのだ。久しぶりの再会にそういう不安は付き物だと思うし、考えたってしょうがないとも思うけれど。連絡しなかったのはこちらのせいで自業自得だとも思うけれど。とにかく気丈に振舞っていないと挫けて足を止めてしまいそうなのだ。
「今更どうにもならんし、なるようになるよ」
「分かってるけどさ」
結局は紅緒の言う通りなのだけれど。
吉乃は軽く溜め息を吐いた。
改めて思う。こういう覚悟が揺らいでしまう所が私の悪い所だと。
それから少し歩いて構内を抜けて改札を出る。すると探すのよりも早く自分を呼ぶ声が聞こえた。
「吉乃ちゃん!」
懐かしいその声に鮮やかに記憶が蘇る。さらに、振り返り目にしたのは服装や髪型は少し変わっているけれどあの頃のあのままの姿。
「奥さん!」
自然に口を突いて出たのは慣れ親しんだ呼び名だった。その呼び名の通り彼女は店長の奥さんだ。アルバイトをしていた時分から吉乃は彼女のことを奥さんと、そう呼んでいた。そんな奥さんが約束通り迎えに来てくれたのだ。
互いに駆け寄り喜びの再会を果たす二人。
「吉乃ちゃん久しぶりねー!」
「お久しぶりです!」
本当に奥さんは吉乃の知っているあの頃のままの奥さんだった。もしかしたら少し痩せているかも知れない。いや、むしろ肌艶も良くて若々しくなっているかも知れない。でも吉乃を迎えてくれる笑顔や声は紛れもなくあの頃のまま、優しい奥さんのままだった。
そんな彼女を前に吉乃の緊張は自然と無くなっていた。案ずるより産むが易し、初めては緊張する牛丼屋でも入ってしまえばどうってこと無いってことだ。
「あらー、吉乃ちゃんったら随分綺麗になって」
「そんなことないですよ。奥さんこそ、あ……」
奥さんの後ろでゆっくりと近付いて来る人物にも吉乃は気が付いた。そうだ、もちろんあの人だ。
「お、お久しぶりです! てんちょ……て、て、店長!?」
店長だ。そう、店長、のはずなのだが、そこに居たのは吉乃の知っている店長ではなかった。確かに同一人物ではあるのだが、見慣れない私服姿でもあるということもあるのだが、それ以前に、シルエットが、体格が、吉乃の記憶の中の店長と全然違っていた。
「おう、すげーな」
吉乃の斜め後ろで紅緒が呟いた。
しかしそんな失礼な紅緒の態度を咎める余裕は吉乃には無かった。ショックのあまり声を失ってしまっていたからだ。
なにせ凄いのだ。紅緒の言う通り凄いのだ。一言で言えばマッチョ。形容詞を付ければゴリゴリのマッチョ。年代も添えれば老年期のゴリゴリのマッチョ。
筋張った筋肉はパンパンに膨らみ、季節を先取ったピチピチのティーシャツが今にもはち切れそうだ。首も太く肩幅も広い。太ももなんか丸太のようだ。
ちなみに吉乃の知っている店長は痩せ型でどちらかと言えば不健康な印象であった。だからこそ吉乃は受け入れがたい現実に驚いている。
今目の前に居る店長は以前の店長より、1.5倍、いや2倍以上に質量が増している。もしも背中にチャックがあって、そこから以前の痩せた店長が出て来たら、その方が納得出来てしまうかもしれない。
そんな店長が笑った。ニカッと快活に。眩しい。太陽とサンオイルが良く似合いそうだ。
あっ、知ってる。これマッチョの人の笑い方だ。
そんな印象を持ったのは紅緒ではなく吉乃だ。この短時間で吉乃の中の店長のイメージが次々に塗り替えられていく。
「久しぶりだね」
店長のその言い方も如何にも筋肉質な雰囲気を帯びていた。
「あ、え、はい。お、お久しぶりです」
本当は初めましてと言いたい。そんな気分だった。
「て、店長も、あの、何て言うか、非常に健康的で……」
「そーなのよ、この人ったらもう、こんなになっちゃって、ねー」
奥さんが笑いながら店長をバシバシと叩いた。
しかし店長は、筋肉達磨は、微動だにしない。笑顔も崩れない。
「あはは、はは……」
吉乃としてももう笑うしかない。
こうして感動の再会は吉乃のネガティブな想像を筋肉で捻り潰す結果となった。
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