余談 2
森の中である。
「タ・ラ・コおにぎりぃー♪」
鼻歌交じりに歩いているのはピンク髪の少年、
そんな彼だったが、それまで全く問題なく歩いていたのに、まるで神に決められていたかのように何もない場所で急に蹴躓いた。
「っおわあああ!」
その拍子に彼の手を離れ宙に放り出される握り飯。
目の前には丁度池。いや泉。
「俺のタラコおにぎりがあああ!」
彼の叫びが虚しく響く中、予定調和よろしく握り飯は泉の中へ落ちて行った。
そして間髪入れず水中より現れるは泉の精、
もうお分かりであろう、そうこれは何回擦られたか分からない、おなじみのあのお話のパロディである。
狼狽した紅緒が吉乃を見ながら呟くように言う。
「こ、高原を駆ける乙女……?」
「いや泉の精だろ状況から考えて、似ていたとしても、水の中から出てきてんだぞこっちは」
「あ、ああ、なんか既視感あったから」
「まあいいわ、乙女って部分は間違ってないし、それよりあれよあれほら、あんた落としたでしょ何か」
「そうだ、タラコおにぎり! 俺、今躓いてタラコおにぎりを!」
すると吉乃が一つ咳払いをして口上を述べるように始めた。
「紅緒、お前が落としたのはこの金の牛丼か? それとも銀の牛丼か?」
両手に持った金銀に光る丼を見せる吉乃。
何の脈絡もなく出て来たそれに戸惑う紅緒。
「え、あ、いや、タラコおにぎり……」
「なるほどよろしい。正直者のお前にはこの金と銀の二つの牛丼をやろう。ではさらばだあ」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「何?」
「え、あれ、タラコおにぎりは?」
「ああ、ふむ、そうだな。うむ。なるほど」
何やら勝手に納得した吉乃がまた口上を述べる。
「ではもう一度問おう。お前が落としたのはこの金の牛丼か? それとも銀の牛丼か?」
「いや、タラコおにぎり」
「よろしい。正直者のお前にはこの金の牛丼と銀の牛丼、さらには普通の牛丼もやろう。ではさらばだあ」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってって」
「何よ」
「おかしな化学変化起きてる」
「え? 何がよ?」
「牛丼になってる。タラコおにぎりが」
「ギュウドンニナッテル?」
「なんで分かんねーんだよ」
「うるさいわね。とにかく結果に文句あんのね。はいはい分かりました、もう一回やればいいんでしょ。ちょっと欲張り過ぎよあんた」
「え、別に俺は欲張りとかそう言うんじゃ」
紅緒の反論などお構いなしに咳払いをして例の口上を述べる吉乃。
「お前が落としたのはこの金の牛丼か? それとも銀の牛丼か?」
「いやだからタラコおにぎりだって」
「よろしい。正直者のお前にはこの金の牛丼と銀の牛丼、そして普通の牛丼、さらには牛丼のレトルトパックもやろう。どうだ? 保存がきくぞお。ではさらばだあ」
「待て待て待て、保存がきくぞお、じゃないんだよ! やっぱおかしーだろ! 何で一個のタラコおにぎりが通算四杯の牛丼になるんだよ!」
「あ、ううん違うよ、このレトルトパック、三つがテープでまとめられてるやつだから、えーと、計六杯?」
「そんなにいらねーよ! てかそもそもタラコおにぎりが何で牛丼になってんだよ!」
「何でってそれは、正直者だから? 美味しいもの選んでもらえたらって」
「いやいや、最初っから一択、牛丼一択! どうせ嘘ついても一択! つーか金と銀の牛丼ってなんだよ!」
「え、見る? ほら、ほらこれ凄いでしょ、丼がさ金色なの。こっちは銀色ね。素材がって言うよりかは表面が加工されてるって感じなんだけど、そんなに重くなくて使い勝手が良くて、蓋も付いてて防水加工。ま、そこは泉の精なんてやってるとマストな機能って感じなんだけどさ。ちなみに中身は普通の牛丼」
「じゃあ普通の牛丼六杯じゃねーか! やっぱり選ぶ権利ねーじゃねーか! 教訓もくそもねーじゃんか!」
「お腹減ってると思って大盛だよ」
「しかも大盛! そんなにいらない!」
「えー、でもいいじゃない牛丼だって。美味しいよ。どうせお腹減ってたんでしょ?」
「うう……、そりゃあ、お腹は減ってるけどさ。あ、てかタラコおにぎりは? 俺のタラコおにぎり。もう牛丼貰うからタラコおにぎりも返してくれよ」
「え、でも」
「いいじゃんか、だってもともと俺のなんだし。嘘もついてないし」
「うーん、でもなあ」
「この際牛丼もちゃんと食べるよ」
「えー、そう言われてもなあ」
「駄目なのか?」
「駄目って言うかあ、だってほら、あれ」
波立つ水面を指差す吉乃。
鯉の群れがタラコおにぎりを食べ散らかしていた。
「俺のタラコおにぎりぃぃぃ!」
「ごめん」
紅緒は力なく項垂れた。
「なんで鯉がいるんだよ……、だとしても泉の精の力で守ってくれよ……」
「本当弱肉強食。ま、牛丼あげるから元気だしなよ」
「もう牛丼もいらん!」
と、そこに鼻歌交じりで新たな人物が現れた。
玉ねぎヘアーの小さな女の子、タマ子だった。何故か空の段ボール箱を抱えている。
「あ」
そう声を上げたのは三人。不意に現れたタマ子に視線を奪われていた紅緒と吉乃、それにタマ子本人。彼女もまた紅緒と同じく蹴躓いたのだった。
タラコおにぎり同様宙を舞い吸い込まれるように泉へ落ちていく段ボール箱。たちまち着水。からの浸水。素材の問題か、水が染みるのは早かった。
「あ、あ……」
具体的な言葉を紡げず沈み行く段ボール箱を見つめるタマ子。その眼には涙が溜まり始めている。
その気配から紅緒が本能的に危機を察した。
「お、おい何かやべーぞ」
「そ、そうね」
吉乃も察したようだ。
「何かねーのか? 金の段ボール箱とか銀の段ボール箱とか」
「そんな都合のいいもの……、いや待って、ある、この丼届けてもらった時のアマゾーンの箱が」
「あ、ああ、それについて問い詰めたいことはめっちゃあるけど、いいや、早く取って来てくれ」
「分かったちょっと待ってて。……ああ、そうだ」
「何だ?」
「ではさらばだあ」
口早にそう言って吉乃は泉の中に沈んでいった。
「何それ言わなきゃいけないルールなの?」
それから紅緒はタマ子に駆け寄った。
「今あいつがいいもん持ってきてくれるからな。だから泣くな、な」
涙を堪えコクリと頷くタマ子。
それから暫く、再び水の中から吉乃が現れた。手には畳まれた段ボール箱を持っている。
「あった、あったよ!」
しかしびしょ濡れだった。
「いや、防水加工しとけよ!」
そうしてタマ子の涙は煌めき零れ落ちたのだった。
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