第23話
ただあそこはタマ子ちゃんがいればそうそう悪い方向に転がりそうもないので心配はしていない。いい意味でなるようになるのだろう。
帰りの電車、気怠くも感じる午後の明るい景色を眺めつつ、引き続き
玉ねぎの付喪神であるタマ子ちゃんはあの二人の代わりに大切な記憶を覚えていた。それは、つまり、物が人の記憶を蓄えて保存していたということ? 例えば外付けのハードディスクか二台目の冷凍庫みたいに? そして今回はそれを必要な時に取り出したって言うこと? 自分の大切な家族が崩壊しないように。て言うか、もしかしてそれが付喪神の役割って言うこと? じゃあ付喪神ってそう言う存在って言うこと?
答えなんかでないことを頭の鍋でコトコト考えていると肩にコトリと感触を感じた。
見るとピンクの髪がすぐ顔の近くに来ている。いつの間にか
紅生姜、ね……、こいつにも付喪神になった理由があるのかな。だとしたら、もしかしてそれは私に関係していることなのかな。例えば、あの頃……、あの頃の、捨てられないで残したままの、先輩への気持ちとか……。
静かに揺れる電車のリズムに幼い自分が感傷的になりかけた時、紅緒が呟いた。
「も、もう食えないよ……」
あまりにベタな寝言に吉乃は微笑んでしまった。
夢の中で何かおいしいものでも食べているのだろうか。
「いや……、マジで……、これ以上は、もう……」
どうやら牛丼を食わされているようだ。苦悶の表情を浮かべている。
流石に申し訳なく思って苦笑する。
でもたぶんもうちょっとだから。
吉乃は手元の携帯に視線を落とした。そこには登録したばかりの電話番号が表示されている。それは店長の連絡先だった。
思った通り飯田商店と牛丼一徹との付き合いは深く、店を閉めた後も年に数回、季節の挨拶状のやり取りなど、付き合いが続いているそうだ。
事情を聴いた飯田兄弟はまだ混乱冷めやらぬと言った状況だったにも関わらず快く連絡先を教えてくれた。不躾な申し出に吉乃が申し訳なさそうにすると、これは礼だと、感謝をしたいのはこっちだと、そう兄弟は言った。
まだ、連絡はしていない。一人になって落ち着いた状況で電話をしたかった。いよいよレシピが分かるかもしれない、そんな期待感もあったが、単純に長らく連絡を取っていない相手と話をすると言う緊張感が強かった。しかも相手は店長だ。
思わず手に入った連絡先、予期せず出会った過去との繋がり、吉乃は携帯を持つ手が少し汗ばんでいるのを感じていた。この先一体どうなるのだろうか。
ふう。なるようになるか。いや、今自分は自分で選んで行動しているんだ。やりたいようにやろう。……こんな感じ、久しぶりだ。
微かに高鳴る胸の鼓動を感じながら、吉乃は再び視線を上げ車窓の景色に目をやった。
気が付けば町は田園風景に変わり遠景には山並みがゆっくりと流れている。普段乗る電車よりも早く進むその景色は特急列車のそれだ。そして吉乃の手には今、携帯電話の代わりに乗車チケットが握られている。
隣の席では紅緒が少々呆れ顔で自分の分のチケットを眺めていた。
「しかし猪突猛進と言うか、何て言うか、あれだな、猪、じゃないな、吉乃だし、牛だ。赤い布に突っ込んで行く牛みたいだな」
「何よそれ」
紅緒とは違い何でもないような顔で座席に座っている吉乃。
そんな彼女に紅緒が苦言を呈するように言う。
「あとあれだ、なんだその格好は」
「なんだって、何よ」
普段通りのティーシャツ姿の紅緒に対して、吉乃は白色を基調とした清楚で可憐な花柄のワンピースを着ていた。
「高原を駆ける乙女か」
「何か変? 遠出をする時は白いワンピースでしょ?」
吉乃は特に何とも思っていないようだ。
しかし紅緒としては普段の適当でラフな格好の吉乃のイメージしかないため違和感が強い。
「まあ、別にいいけど、とりあえず帽子は取ろうぜ」
「あら失礼、おほほ」
吉乃は白い鍔広のレディースハットを取った。
なんだかんだ吉乃は緊張していた。ここに至るまで勢いに任せてやって来たのだが、今こうして電車内で落ち着いていて改めて緊張を感じて来たのだ。その原因はこれから向かう目的地にあった。
あの後、吉乃はタイミングを見て店長に連絡を取った。
店長との話は意外にもスムーズに進み、翌日の今日、早速店長の家を訪ねることになったのだった。
そして今、二人は店長に会うため特急列車に乗っている。
ちなみに吉乃は店を辞めてから店長に会っていない。だからなのだが、電話で話したものの、店長との間の空いた時間が緊張感となって吉乃の胸を叩いていた。
「しっかし吉乃、意外と行動力あるのな。いや、意外でもないか」
紅緒が言った。
「褒めてるのそれ? それとも皮肉?」
「一応褒めてる」
「ふーん、じゃ、ありがとう」
「それより俺まで連れて来て良かったのかよ? 電車代だって結構するんだろ?」
「まあでも家に一人で置いていく方が心配と言うか」
「何でだよ留守番くらい出来るって」
「いや、餓死してたら嫌だし」
それを聞いて紅緒は一瞬言葉に詰まった。
問題は、牛丼の食べ過ぎによる溺死か、それとも牛丼すら食べられない上での餓死か。
「……なるほど」
溺死の方が若干ましだと言う結論に達したようだった。
その時ちょうど、車内販売が回って来た。商品が満載になっているワゴンを押してアテンダントが歩いて来ている。
「あ、ねえ、何か食べようか」
「いいね! 駅弁食べたい駅弁!」
吉乃は手を挙げて車内販売を呼び止めた。
アテンダントに駅弁のメニュー表を貰う。
各地の名物弁当や、車内限定弁当など様々な弁当が載っているそれをサッと一瞥して即決する吉乃。
「牛めし弁当を」
「まじかよ」
「二つ」
「まじかよ!」
吉乃の躊躇いも容赦もない選択に紅緒は震えあがった。
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