第19話

 置かれた玉ねぎを見つめ目を丸くしている四人にそれを置いた玉ねぎがか細い声で、だけどはっきりと告げる。


「食べて」


 ん? は? え? へ?


 それぞれの表情に疑問符付きの一文字が浮かび、たった今おかしなことを言った本人に視線が移る。

 それを感じたのかタマ子が再び口を開いた。


「この玉ねぎ、食べて、ください」


 言い直されたところで納得は出来ない。なにせ全然状況に則していない。もちろんそれは言った本人以外全員が感じていた。


 最初に尋ねたのは銀次ぎんじだった。


「タマ子、いきなり何言ってんだ」


 もっともな意見に誰からも反論はない、むしろ皆してその代表質問に対しての彼女の返事を待つかたちになった。

 そんな中でタマ子がおどおどとした様子で答える。


「私、やっぱり、上手く喋れないから、玉ねぎ師匠が、食べてもらってって、皆に……」


「タマ子……」


 太一たいちが心配そうに声をかけるも彼女は小さく首を振ってまた話し始めた。


「食べてもらえれば、思い出してもらえるかも、しれないからって、だから、吉乃よしのさんに……、協力してもらって……」


「……へ? 私に?」


 思わぬ角度から突然振られた話をいまいち理解出来ないでいると紅緒べにおがしゃしゃり出てきた。付喪神どうし相通ずるものでもあるのかもしれない。


「あー、つまり、玉ねぎを食って欲しいから、吉乃に食わせる協力をしろと?」


 タマ子が頷く。


(私が玉ねぎを食わせる協力?)


 吉乃は想像した。

 嫌がる太一と銀次をヘッドロックしてタマ子と紅緒の三人で彼らの口に生の玉ねぎをねじ込んでいる様を。


「吉乃、今なんか変な想像してんだろ」


 紅緒がおかしな表情を浮かべている彼女に言う。


「あ、いや……」


「そこは牛丼だろ、牛魔王なんだからさ」


「あ、ああ、なるほど……」


 散々調理してきたはずなのにその発想が出てこなかった自分に拍子抜けをして、なんだか力も抜けた。


「え、でも、本当に、作る?」


 この状況で?

 言外にそんな意味が籠った質問をしてしまった。


「はい」


 それでも真っ直ぐ頷くタマ子。

 彼女の迷いのない返事を聞いて四人は再び沈黙した。


 これは一体どうしたものか。


 そんな風にまたも膠着状態になるところだった、が、しかし今度の沈黙は長くは続かなかった。すぐに銀次が席を立ったのだ。


「はあ、止めだ止めだ、馬鹿馬鹿しい」


 彼はそう言って言葉の通りそれ以上考えることなどしようとせずに、そのまま振り向き部屋を出ていこうとする。


「どこ行くんだ?」


 太一の問いかけに足を止め、軽く鼻で笑って答える銀次。


「どこって、別に。ただここに居てもしょうがねえから出てくだけだよ。タマ子も戻って来たしな。それに俺が出てった方がその姉ちゃんたちも楽なんじゃねーの」


 確かにそうなのだが。


「話はまだ終わってないだろ」


 その通りで、実際まだ何も解決していない。


「話す? これ以上何を? 結果は変わらねえだろ? また揉めるだけだ。俺は俺で勝手にやるよ。もう兄貴も俺のことなんかほっといて好きにやればいい」


 さっきまでとは違い銀次は落ち着いていた。今彼を動かしているのは怒りやイラつきと言うよりは、あきらめや疲れと言った印象だった。確かにまだ何も解決はしていないが、これ以上この場にいても無駄だと見限ったのだろう。


 一方そんな弟に対して一瞬何かを言おうとしたが口を閉じてしまった太一。こちらも少し疲れが見えた。それに元々あまり喋り上手ではないからか、ここでかけるべき言葉が見つけられなかったようだ。


 いよいよ今度こそ本当に解散のタイミングになった。


 良くも悪くも人間三人はそう感じていた。さっきまであった場の緊張感が弛緩していたからだ。


(はあ、終わり、か……、タマ子ちゃんには悪いけど、結局何にも……、ん、んん?)


 再び背を向けた銀次、吉乃がその後頭部に妙な既視感を覚えた時。


「やべ」


 紅緒が不穏な一言を発した。


 何気なく反射的に、しかしまた一様に、皆同じ方向を見る。すなわち紅緒の視線の先を。


「ま、待って……、ぅぐ……、みんな……、ぁ……」


 泣きそうになっている。玉ねぎの付喪神が。


 瞬間、吉乃の目があの痛みを思い出す。強烈に染みるあの痛みを。


「いっ……!」


 思い出した痛みがそれを回避しようと慌てて頭と体を動かす。


「タマ子ちゃん待っ……!」


 けれどそんな吉乃を追い越してもっと早く動いた存在が二人。


「ああ! タマ子! ほら、大丈夫だぞ!」


 と太一。


「タマ子! ごめん! そういうつもりじゃ……!」


 それとほとんど同時に銀次。


 ポカンと見つめる吉乃と紅緒の前で両サイドから慰められるタマ子。

 兄と弟であり過保護なお兄ちゃんでもある二人。駆け寄った彼らは、目の痛みよりなによりただ可愛い妹の涙に弱かった。






 慣れない台所でもやることは一緒、材料を切って調味料と合わせて鍋で煮込む。いつもの料理過程を経ることで頭の中は整理され、グツグツ音をたてる鍋を見ていたら気持ちも落ち着いた。少しだけお腹も鳴ったりして。ああ、ここは私のフィールドだ。


 結局、牛丼を作ることになった吉乃。現在ここ飯田はんだ家の台所には調理担当として吉乃、それと留守番担当として飯田兄弟の弟、銀次が残っていた。兄、太一とタマ子、そして紅緒は足りない材料(紅生姜)を買いに行くという名目で、お互いのクールダウンも兼ねてと言うか本当はそれがメインだが、連れ立って外に出ていた。

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