卒業式

〈エミ視点〉








女「可愛い!写真撮ろうよ!」





女「いつアッチに帰るの?」





ガヤガヤとした式場の中で

集まって来たクラスの子達の話し声が

あちこちで聞こえてきて

袴姿の写真を撮り合っていた





サユ「あたし達も撮ろうか?笑」





「うん」と頷いて二人で写真を撮り

家族や詩織ちゃん達に送っていると

「カオル先輩なんか言ってた?笑」と

隣でニヤニヤと笑う沙優ちゃんに

「まだ会って…ないの」と答えた





サユ「ふふふ…後でのお楽しみ?笑」





「うん…笑」





カオル先輩は卒業式とクラスでの

卒業証書授与が終わった後に

正門で待っててくれると約束をしていて…





カオル「笑実ちゃんの可愛い袴姿は

   正門での楽しみにとっておきたいからね」






( ・・・袴…大丈夫かな… )






先週カオル先輩のお母さんが

マンションを訪ねて来て

春から引っ越して来る

伊月君の荷物を少し持ってきて…





母「笑実ちゃん、コッチにいらっしゃい」





伊月君の荷物をしまうスペースを作る為に

カオル先輩の夏服などを持って帰ってもらおうと

クローゼットを整理していると

リビングにいるお母さんから呼ばれ

「はい」と小走りで駆け寄ると

「走らないで早歩きを身につけてね」と

言われ「すみません」とお母さんの前に正座すると






母「卒業式に袴を着るって言ってたでしょ?」





そう言って「もう何で俺が」と

玄関から文句を言いながら歩いて来る

伊月君に顔を向けているから

私も体を少しずらして伊月君が

現れるであろう出入り口を見ていると

手に長い何かを持って入って来た





母「コッチに持って来てちょうだい」





イツキ「・・・はいはい…どーぞ」





チラッと私を見て「フンッ」と

鼻を鳴らしながら私とお母さんの前に

クリーム色よりももっと落ち着いた

和風な雰囲気の紙が置かれて

何となく和服の包みなのかなと眺めていると





イツキ「仕事に教材に住む場所に着物まで…

   ホントにシンデレラみたいな人だよね」





少し膨らんだ頬に唇を突き出しながら

そう言う伊月君に「へっ…」と

顔を向けると寝室の方から

「伊月」とカオル先輩の声が聞こえてきて

そのまま首を声の方向にスライドさせると

「ちょっとコッチにおいで」と

人差し指をクイクイッとさせていて

見ただけでも機嫌は悪そうだった…






イツキ「・・・・はぁ…運んだの俺だよ…」





母「あなたは少し

  馨とクローゼットに閉じこもってなさい」






お母さんとカオル先輩二人にそう言われ

「もうッ」と言いながら寝室へと歩いて行き

バシッとカオル先輩に肩を組まれて

寝室の扉はバタンと閉まり

あの部屋の奥で伊月君が叱られているのが

少し想像できていた…



  


( ・・・いいのかな… )





伊月君は私の事で先輩やお母さんから

叱られる事が多く何となく可哀想に見える…





母「バカな子でごめんなさいね

   今日はコレを届けに来たのよ」





そう言いながら目の前にある

紙の端にある細い紐をほどきだし

ガサガサと紙を広げると

中には綺麗な紫色の振袖が入っていた





「・・・キレイ… 」





深い紫に金色の細かい刺繍の柄が描かれていて

見ただけでも凄く高い着物なんだと分かった






母「私が成人式に着た物で

  いつか娘の成人式に着せたくて

  袖をとめずにずっとしまっておいたんだけど」





カオル先輩は伊月君と2人兄弟で

成人式にこの綺麗な振袖を着る人物は

いなかったんだろうなと話を聞いていると

お母さんは「卒業式にどうかしら」と

着物を持ち上げて私の肩にあてながら

そう問いかけてきた





母「柄は時代遅れかもしれないけれど

  笑実ちゃんによく似合ってるから

  良かったら着てあげてくれない?」





「でっ…でも、こんな素敵な着物

   もし汚してしまったら…とても…」





とても弁償できる代物じゃないと思い

眉を下げて「勿体ないです」と言うと

お母さんは「ふふふ…」と

口に手を当てて笑い出し





母「もしも汚しちゃったら

  一生、岸野家で働いてもらおうかしら?笑」





「・・・・えっ…」





母「カオル…この部屋でちゃんと生活してるのね」






お母さんはキッチンに顔を向けて

カオル先輩が入学した当初…

一人暮らしを心配して何度か

マンションを訪れたけれど

料理をしていないキッチンや

部屋の様子を見て

ただ寝泊まりしているだけなんだと分かり

特別掃除をする必要もないと判断して

2年生の途中からは部屋を訪れなくなったらしい…






母「食器も使ってるのは

  飲み物を飲むグラスだけで

  買い揃えてあげた食器も茶器のセットも

  入学した日から動いていなかったのよ?笑」





「・・・・そう…なんですね」






確かにカオル先輩のキッチンに初めて立った日に

食器棚の中や調理器具の入った棚の中が

ずっと使われていない…独特な匂いがしていて

全部洗い直していた…






母「この前久しぶりに来てみたら

   冷蔵庫や食器棚の中が変わっていたし

   調味料も…沢山揃えられていたから

   ちゃんとこの部屋で食事をして

   〝生活〟をしているのねって…笑」





「・・・・・・」





母「だからこの着物は私から笑実ちゃんへの

  感謝の気持ちだから汚したらなんて

  心配はしないで袖を通してちょうだい」






そう言って笑うお母さんの笑顔は

今まででも1番優しくて

やっぱり…カオル先輩に似ていた…

















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