もう一人の…

〈コウ視点〉







レンタカーを返してから

二手に別れてタクシーで帰宅すると

カオルのマンションで一緒に降りようとする

シュウに「寄るのか?」と問いかけると

「早く土産渡してやりたいじゃん」と

ニヤニヤと笑いながらトランクを降ろしだし

「バカだな」と呆れながらも

俺も一緒にタクシーを降りた





カオル「ホントに上がって帰る気?笑」





シュウ「土産渡したら直ぐに帰るから安心しろ」







エレベーターに乗ると

少し迷惑そうな目を向けて

笑いながらシュウに問いかけるカオルに

1週間ぶりに会う笑実ちゃんと

夜通し楽しみたいんだろうと思い

「どいつもこいつも…」と呟くと

「コウも見たいから来たんだろ?」と

シュウから肩を叩かれ「まぁな」と笑った






コウ「ヒョウ達がいないのに先に渡していいのか?」





シュウ「後でたっぷりと話してやるからいいだろ」






カオルはシュウを見ながら

「あんまり泣かせないでやってよ」と

笑っていてシュウが揶揄うのを

「やめろ」と言ういつもはないらしい…






カオルが鍵をあけてドアを開くと

部屋の奥からパタパタと

駆け寄ってくる足音が聞こえてきて

リビングの扉の奥から

「お帰りなさい」と満面の笑顔の

笑実ちゃんが出てきた






( ・・・・従順なチワワだな…笑 )






シュウ「すげーダッシュだな?笑」





「ぁっ…こんばんは…」






俺やシュウが一緒に立っている事に気付き

笑実ちゃんはおそらく

カオルに抱き着こうとしていた手を

パッと後ろへと回し

ボソボソと挨拶をしだしたが…





シュウ「カオルに飛び付こうとしてたな?  

   俺らの事は気にしなくていいから

   さっさっ!遠慮なくどうぞ?笑」





「・・・ちっ…違いますもん…」






少し頬を膨らませ

行き場のない手を

後ろでモジモジとしているが

靴箱横にある姿鏡に全部映っていて

それを見ながらまたシュウが

ゲラゲラと笑いだした






カオル「真っ直ぐ帰るのが嫌な

   寂しい奴らだから許してやって?笑」






そう言って「ただいま」と

笑実ちゃんの頭を撫でると

笑実ちゃんのムクれ顔も段々と

照れた表情になっていき

「お帰りなさい」と頬を薄っすらと

赤く染めて「珈琲煎れますね」と

リビングへと走って行き

付き合い出して一年近いのに相変わらず

新婚さんみたいな雰囲気の笑実ちゃんに

コッチの頬も緩んでいく…





リビングへと入りテーブル前に腰を降ろすと

カオルが戸棚にある本に目を止めて

手を伸ばして数冊を手に取ると

キッチンにいる笑実ちゃんが

「あの…実は…」と

昼間にカオルのお母さんと弟の伊月が

来ていたと話し出した






「夕方過ぎには帰るって伝えたんですけど

  来週また来るからって…」





カオル「来週も?」






カオルには何の連絡もなかった様で

驚いた様子でスマホを取り出して

奥の寝室へと入って行ったから

来週来ると言っている母親に

電話をするんだろうと思い

笑実ちゃんに顔を向けて

「大丈夫だったか?」と問いかけると

「緊張しました」と笑っていて

険悪な嫁姑問題にはならなさそうだなと

少し安心した…





シュウ「伊月も大丈夫だったか?笑」





「伊月君は…まぁ…可愛いです…笑」





シュウ「伊月が可愛い!?

   うちの弟と同じ位に生意気だぞ?笑」






笑実ちゃんいわく…

ツカサやサトル…ジン達に比べたら可愛いらしい…





( 最初は本当に酷かったからな… )





一年の時にはカオルの誕生日の集まりに

来るなと言われたり…

道端で腕を掴まれてサトルから

ニンニクがどうのと理不尽な内容で

怒られていたしな…





コウ「アイツらにはだいぶ泣かされただろ?」





そう言うと笑実ちゃんは

「んー…」と考えた後に

「はい」と苦笑いを浮かべていて

改めてしょうがない奴らだなと呆れた…





( きっと俺たちが知らない事もあるはずだ… )






コウ「・・・・・・」






シュウ「そういや、最近…

   サトルもアキラも連絡してこねぇけど

   アイツら何してんだ?」






シュウは俺に問いかけて

顔をコッチに向けてきたが

その奥で顔を俯かせて

マグカップを口元に運ぶ笑実ちゃんの姿を見て

何となく何かあったかなと思った…





一月に学校でサトルに会った時に

久しぶりだなと声をかけると

「おぉ!」と振り返って

しばらく立ち話をしていたが






サトル「カオル達は順調なんだろ?」



 



コウ「あぁ…お前のおかげだろうな…

   笑実ちゃんも地元に帰らずに

   カオルの親の所で働くし

   そのうち結婚の招待状が届くかもな?笑」






笑実ちゃんが地元に帰らない事が

予想以上に嬉しかった俺は

サトルに笑実ちゃんがカオルを

あるアニメの野獣に似ていると

話していた事までペラペラと話していて

それを聞きながら「ふっ…なるほどな…」と

小さく笑ったサトルは

「アイツも野獣だったのかもな…」と

小さく呟き「へ?」と聞き返すと

「何でもねぇ、またな」と

手を上げて離れて行った…





サトルの言う〝野獣〟は

笑実ちゃんに手を出したツカサと思っていたが…





クリスマス以来合コンの誘いもなく…

遊んでる噂も全く耳にしていない

アキラが頭をよぎった…





何だかんだ言いつつ

笑実ちゃんには甘い部分があったし

なによりも…よく…笑っていたからだ…






( カオルも全く話題にしないしな… )






「最後に10人で飲むか」と

何も気付いていないであろうシュウは

スマホを取り出してアイツらの誰かに

LINEを送っている様子だったが



きっと…その飲み会は無い気がして

何も言わずにコーヒーを飲んでいると

ガチャッと隣りの部屋から

カオルが戻って来て

「伊月に虐められなかった?」と

笑実ちゃんの隣りに腰を降ろして

笑いながら笑実ちゃんに問いかけていた






「伊月君のは…

 可愛いから虐めじゃないです…笑」





カオル「度を越したら直ぐに言っておいで

    俺が泣かせてあげるから?笑」







カオルは笑実ちゃんの髪を耳にかけながら

「分かった?」と笑いかけていて

幸せそうに「はい」と頷く笑実ちゃんを見ると…





この野獣には笑実ちゃんじゃなきゃ

ダメだろうからなと手元に目線を落とし

マグカップの中で揺れる茶色いコーヒーに

アキラの姿を思い映し…

少しだけ切ない気分になった…






( ずっと感じていた違和感はそれか… )




 


本を取り上げて

わざとファミレスに連れて入ったり…





人数がはけた飲み会の席に

笑実ちゃんとカオルを呼んで

花火を見せてやったり…





カオルと別れた笑実ちゃんに関わるなと

ヒョウに言ってもイマイチ

賛成していなかったしな…






アキラ「おい!唐揚げもっと揚げろ」





「もう無理です!手に鶏の感触がします!」





アキラ「鶏の感触ってなんだ?笑」







何処か余裕そうに離れた場所から

周りを眺めて笑っている

大人なイメージだったアキラも…







コウ「・・・・孤独な野獣だったのかもな…」







誰の耳にも聞こえないほどの

小さな俺の呟きは

「土産だ!嬉しいか?」と

楽しそうに笑実ちゃんを揶揄うシュウの声に

かき消されていった…







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