呼び名

〈エミ視点〉









カオル先輩がシュウ先輩達と

卒業旅行に行っていて

私も沙優ちゃんと実家に帰省していて

楽しく過ごしてマンションへ帰って来ると

玄関に知らない靴が2足あり

「えっ…」と固まっていると

リビングから数週間前に会った

カオル先輩のお母さんが出て来て

「こんにちは」とパッと頭を下げた





母「こんにちは…カオルは一緒じゃないの?」





「カオル先輩は友人と卒業旅行に行っていて

  今日の夕方過ぎには帰って来るかと…」






カオル先輩のお母さんは

私の手元にあるトランクに目を向けていたから

実家に帰省していた事を説明すると

「だからね…」と浴室側の扉に

チラッと目線を向けていて…





( ・・・ぁっ…シーツカバー… )





カオル先輩も私も1週間ほど留守にするから

出て行く日の朝にベッドカバーを全部取り外して

帰って来たら直ぐに洗濯しようと

脱衣室に置いていた事を思い出した





「すっ…すみません…お邪魔します」





片付け出来ない子だと思われたかなと

不安に感じながら靴を脱いで

脱衣室に置いたままのシーツ用品を

ネットに入れていき洗濯機を回しだした






イツキ「ベッドは絶対に買い替えてよね」






気まずさを感じていると

奥の方からドスドスと歩いて来る

足音が聞こえてきて

伊月君の声に肩がビクッとはねた…






母「伊月…足音やめなさい

   下の階の方に迷惑でしょ」






イツキ「兄ちゃんが散々

   使いまくったベッドなんて嫌だからね?」







どういう意味なのかも理解し…

脱衣室からそっと顔を出して

「こんにちは」と伊月君に挨拶をすると

私を見て「いたの…」と小さくゴニョゴニョと

言葉を濁す伊月君にまた気まずさを感じて

顔を俯けると「コート早く脱ぎなさい」と

カオル先輩のお母さんから言われ

「ハイッ」とトランクを持って

寝室へと行きコートを脱いで

ファブリーズをかけてから

ハンガーにかけてベランダへと出した





「あの…お茶と珈琲はどちらが…」





部屋は暖房が効いていて

1〜2時間前からこの部屋にいたんだと

分かったけれどキッチンはそのままで

何も飲み物を煎れていないんだと気付いた






母「あぁ…じゃあ熱いお茶を貰おうかしら」






「はい」と返事をして伊月君に顔を向けると

「ジュースはないの?」と言われ

「えっ」と冷蔵庫の中にジュースはなく…





( ・・・・あっ! )





生姜シロップを作って置いた事を思い出し

カオル先輩がよく飲む無糖の炭酸水で割って

ジンジャエール風の飲み物なら作れると伝えると

伊月君は少し考えた後に「じゃあ、ソレ」と

言ってきたからお湯を沸かしている間に

伊月君のジュースを作りだした






母「生姜シロップ…」






キッチンに入って来た

カオル先輩のお母さんは生姜シロップの瓶を

手に取り眺めていたから

「冷え性なので…」と控えめに答えて

氷と炭酸水を注いでいくと

「キッチンは貴方のお城ね」と

微かに笑っている声が聞こえ

パッと顔を向けると

「伊月、自分で取りにいらっしゃい」と

ソファーに座っている伊月君に声をかけていた





お湯が沸騰して急須にお茶っ葉を煎れて

お茶の準備をしているとカオル先輩のお母さんが

隣りに立ったままずっと見ていて

「ダメよ…先に茶器を温めなきゃ」と

手を出してきてお茶を注いだ湯飲みを

持ち上げて急須に戻すと

トンッと優しくトレーの上に戻して

お茶の煎れ方を教えてくれ…






( ・・・・カオル先輩みたいだな… )






2年前のクリスマスに

スナックでお酒の作り方を教えてくれた

カオル先輩を思い出し…

少しだけ頬が緩みそうになった





お茶をトレーに乗せてテーブルに持って行くと

カオル先輩のお母さんは伊月君に

「床に座りなさい」とソファーから降りる様に言い

「俺お客様だよ…」とまたボソボソと文句を

言いながらジンジャエールを手に

床へと腰を降ろして前期試験の時に

ソファーに座ったカオル先輩が

私と沙優ちゃんを床に座らせて

お説教をしていた事も思い出し

先輩のお母さんを見ていると

カオル先輩がどんな風に育てられたのか

何となく伝わってきた…





伊月君は春から

カオル先輩と同じ大学に進学するようで

新しい部屋は契約せずに

カオル先輩が出たこの部屋にそのまま

引っ越して来るらしい…







母「部屋の状態もいいし

   ソファーやテーブルもそのまま使いなさい」






イツキ「全部お古とか嫌なんだけど…」






母「シーツやカーテンは買い替えてあげるけど

   その他は替えたいなら自分で払いなさい」






イツキ「兄ちゃんばっかり狡いよ…

   いっつも好きに選んで新品ばっかじゃん…」







伊月君のぶつぶつと続く文句を

全く気にしていない様子の先輩のお母さんは

「それで春からの事なんだけど」と

私に顔を向けて話し出した






母「10月にある後期試験から受験してもらうから

   教材を一通り持ってきたのよ」






保育士試験の事だと分かり

「ありがとうございます」と

ソファー横にある紙袋を受け取ると

今年の年号の教材に誰かの中古じゃないのかなと

不思議に思い中を覗いていると

「兄ちゃんには甘いんだよ…」と

隣りで口を尖らせている伊月君が

「わざわざ買ったんだよ」と呟いた





「えっ!?買ったんですか?」






母「うちのスタッフの見直しようも兼ねてね

   春休みだし時間ある時にでも

   読んでいるといいと思うから」






イツキ「遊ばずに勉強しろって事ね…」






伊月君はボソリと呟くと「伊月」と

先輩のお母さんから怒られていて…


 



( なんか…可愛いサトル先輩達みたいだな…笑 )





皮肉や嫌味を口にするけど

自分のお母さんや…カオル先輩から

叱られるとシュンッとすると伊月君は

私よりも年下の男で可愛く見える…





前回保育園に見学に行って

先輩の実家にも顔を出した時に

伊月君が私を見て「兄ちゃんどうしたの!?」と…

私を上から下、下から上と何度も首を上下して

眉を寄せているとカオル先輩が

「伊月…お前よりもお姉さんだよ」と

低い声でそう言い…

伊月君は肩を揺らして後退りながら

「すみません」と謝ってきた…





( お兄ちゃんの顔…初めて見た… )





いつもシュウ先輩達と一緒にいる

カオル先輩を見ているから

〝お兄さん〟なカオル先輩の顔を見れて

少し嬉しく思っていた





伊月君達はカオル先輩が帰って来る前には

荷物を持って帰ろうとし出し

先輩に連絡をしようかとスマホを取り出すと

先輩のお母さんから「いいわよ」と言われ





母「また…来週顔を出すから

   今日は顔を見なくてもいいわ」





「はい…伝えておきます…あの…」





母「・・・・・・」






教材のお礼を伝えたく「あの…」と

呼び止めてしまったけれど

先輩のお母さんは私がそう声をかける度に

少し…いい表情をしなくて…





「お母さん」と呼ぶわけにはいかないし

「おばさん」なんてもっと呼べず

なんて呼んでいいのか分からなくて…





「あの…園長先生…

  沢山の教材ありがとうございました

  春から宜しくお願いします」






そう頭を下げてお礼を伝えると

「休日に園長は肩がこるから」と聞こえて

「すっ…すみません」とまた頭を下げて謝ると…






イツキ「普通にお袋でいいんじゃないの?」





「おっ…お袋…さん?」





イツキ「お袋さんって演歌じゃん!笑」






ゲラゲラと笑っている

伊月君の耳を軽く引っ張りながら

「伊月」と叱るお母さんの口元は少し上がっていて

「普通にお母さんでいいから」と言われた…







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る