ザワつき…

〈エミ視点〉









トランクに洋服を詰めていると

すぐ側に置いてあるスマホから

大好きなマーチ曲が流れ出し

画面に目を向けるとカオル先輩からだった






カオル「荷造りは終わった?」





「もうちょっとです」







明日から地元に帰省をする為

学校が終わると自分のアパートへと帰り

帰省用の荷造りをしていた





( ・・・・・・ )





シュウ先輩の部屋にいるはずのカオル先輩は

外を歩いている様で

耳には車の走る音が聞こえてきていた






「迎えに来てくれているんですか?」





カオル「ホントに耳いいね…笑」






荷造りが終わったらシュウ先輩の部屋へと

カオル先輩を迎えに行く予定だったけれど

「トランク重いでしょ」と言って

寒い中を歩いている先輩の声は

吐息まじりに耳に届いていて

きっと片手をポケットに入れて

白い吐息を漏らしながら

歩いているんだろうなと思った…





「温かいココアとコーヒーはどっちがいいですか?」





カオル「コーヒーかな?

   教科書もコッチにの部屋に持っておいで」






年明けの講義は

前の様にカオル先輩の部屋から

通えと言っているのが分かり

「重いですよ?」と笑って問いかけると

「その為に迎えに行ってるんだよ」と言われ

嬉しくて頬が緩んでいき

「直ぐ行くよ」と電話を切って

早足で向かってくれているカオル先輩の為に

ケトルでお湯を沸かしていると

インターホンが鳴り

もう着いたのかと驚きながら

「どうぞ」と言ってロックの解除ボタンを押した





マグカップに珈琲の粉を煎れて

直ぐに飲めるようにと準備をしてから

玄関を開けて迎えに出ると…



 



「・・・・・・」





アキラ「・・・・・・」






扉から数歩先にいたのは

カオル先輩じゃなくアキラ先輩で…






サユ「って…言うわけで…

   昨日は…学校やすんじゃったの…」






昨日の朝…

アキラ先輩が会いに来て

夏の事を二人でちゃんと話をしたと聞いて

何となく…やっぱり…と感じていた…






サトル先輩はアキラ先輩に話すと言っていたし

アキラ先輩なら…

直ぐに会いに来る様な気がしたから…






「面倒くせぇ…」と口癖の様に言っているけど

本当は優しい先輩だから…






アキラ「・・・・迷惑かけたな…」





「・・・ぇっ…」





アキラ先輩が小さく口を動かすと

白い吐息が薄く漏れ…

私に目を向けたまま

「沙優の事」と言ってきた






アキラ「カオルと別れたのも

   そのせいだったんだろ…」






「・・・あれは…」






アキラ「・・・・・・」






前のツカサ先輩の時もそうだけど…

アキラ先輩はいつもの偉そうな雰囲気ではなく

真剣な目でジッと見てくる…





( ・・・・だけど…今日は… )





アキラ先輩から見られている〝目〟が…

何だか落ち着かなくて

逸らしたいのに…顔も目も…

逸らすことが出来ずに

固まった様に先輩を見上げていた…





アキラ「・・・・・・」






アキラ先輩は右手を後ろにやると

封筒を手に握り私に差し出してきて

その封筒にはコンビニの

ATMのロゴマークがついていて

中身が何なのかも直ぐに分かった





アキラ「金…お前が全部出したらしいな…」






「あのお金は…元々は…

 アキラ先輩が店長から取ってくれたお金ですから…」






アキラ「・・・でも、俺の金じゃない…

   アレはあの日お前が感じた恐怖への慰謝料だ」







そう言って差し出している手を

少し高めに上げて

「コレはお前の問題じゃない」

とジッと見つめてくるアキラ先輩に

何故かは分からないけど

胸の奥がザワザワとして

カオル先輩の顔が浮かんだ…





アキラ「・・・・笑実…」





アキラ先輩が私の名前を呼んで

近づいて来ようとしているのが分かり

思わず一歩後ろに足を下げた瞬間

「アキラ」とカオル先輩の声がして

パッと顔を向けると階段のすぐ側に

カオル先輩が立っていた





「カオル…先輩…」





アキラ「・・・・・・」






カオル先輩はコッチを見ているけど

私と目線が合うことはなく…

先輩はアキラ先輩を見ているんだろう…





カオル先輩とアキラ先輩は何も話さないまま

お互いの顔を見ていて…

少し気不味く…怖いと感じてしまう雰囲気に

自分の胸の音がドグン…ドグン…と聞こえている…






コツッと音を立てて

カオル先輩がゆっくりと歩いてきて

「笑実ちゃん」と呼ばれ

少しだけ肩を揺らしてカオル先輩を見上げると

「中に入ってて」と言われた…





カオル「アキラと話があるから」





「・・・・・・」






先輩は私の目を見てくれなくて…

怒っているのかと不安になり

カオル先輩の顔を見上げ続けていると

先輩がやっとコッチに顔を向けてくれ

「寒いから…ねっ?」と手を私の頭に乗せて

優しくそう言ってくれたから

少しホッとして「はい」と頷き

自分の部屋へと戻った






「・・・・・・」






暖房のきいている部屋へと入り

手で自分の二の腕をギュッと握りながら

さっき感じていた、落ち着かない感情に

またソワソワとしてきて

玄関の扉に目を向け「カオル先輩…」と小さく呟いた





( ・・・・名前… )





アキラ先輩から名前で呼ばれるのは初めてで

サトル先輩と時とは違って

胸の奥が嬉しいとも悲しいとも違う…

何て表現をしていいのか分からない

そんな感情が走った…





もう一度ケトルのボタンを押して

落ち着かない気持ちのまま

玄関の側に立っていると

ガチャッとドアノブが動き

カオル先輩の顔が見えた瞬間

駆け寄って先輩のコートの袖元を掴んだ…





カオル「荷造りはちゃんと終わったの?笑」





先輩は笑って服を掴んでいる

私の手を優しく握ると

その手を引いて部屋の中へと足を進ませた





カオル「途中に見えるけど?笑」





「・・・・直ぐ…終わります…」





ギュッとしてほしくて

繋いでいない方の手も

繋がれている先輩の手の上に重ねて

見上げながらそう言うと

カオル先輩は小さく笑って

「ヒョウ達も待ってるから急ごうか」と

開いたままのトランクに目を移して

床に腰を降ろしたから

キッチンへと行って

準備しておいたマグカップにお湯を注いで

座っている先輩に差し出した






カオル「荷造りしないでコーヒーの準備してたの?笑」





「・・・・・・」






カオル先輩は目を見て話してくれるし

優しく笑いかけてくれるけど…





( ・・・・もう…嫌です… )





横から先輩の首に腕を回して

自分から抱きつきながら

数日前までの

カオル先輩と離れていた自分を思い出した





寂しくて、悲しくて…

カオル先輩に逢いたくて…





前の様に優しく抱きしめられながら

「笑実ちゃん」と優しく名前を呼ばれたかった…





忘れなきゃ…

もう私のカオル先輩じゃないんだからって…





( 何度も自分に言い聞かせてた… )






カオル先輩は何も言わないまま

コーヒーを持っていない方の手で

背中を抱きしめてくれているけど

私の胸の奥のザワつき止まってくれなくて

更にギュッと抱きついて甘えた…





カオル「・・・・・・」





カオル先輩がいつから

あそこにいたのかも分からないし

アキラ先輩との会話を聞いていて

沙優ちゃんの事を知られたのかもしれない…




でも…カオル先輩は

さっきの事には全くふれてこないから

私も何も問いかけないまま

先輩の首に顔を埋めて

自分の中のモヤっとしている感情を

落ち着けたかった…





アキラ「・・・・笑実…」





アキラ先輩の顔が浮かんできて

顔を先輩に擦り寄せながら

「二人がいいです」と小さく呟いた…





カオル先輩とアキラ先輩が

あの5分程度で何の話をしたのかは

分からないけれど

ニコニコと笑って「また」なんて

手を振って別れていないのは分かっていた…







「・・・今日は…皆んなは嫌です…」






カオル「・・・・・・」






「カオル先輩と二人だけがいいです…」






きっとシュウ先輩達は

ご飯の準備をして

待ってくれているんだろうけど





それでも…今日は

カオル先輩と二人だけでいたかった…

ギュッと…強く抱きしめてほしかった…







カオル「・・・タクシー呼ぶから

   運べる荷物は全部持って帰ろうか」







先輩の言葉を聞いて

何度も首を縦に頷かせながら

抱きついている腕にギュッと力を入れた…









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