想い…

〈サユ視点〉










アキラ「話がある…」





アキラ先輩の言葉を聞いて

ヤッパリと思い手をギュッと握りしめてから

ゆっくりと顔を上げた…





イヴに笑実ちゃんと行った

焼き鳥屋の隣の席にサトル先輩がいたから…





話し声も何も聞こえていなくて

誰もいないと思っていた隣の席から

急に椅子の引く音が聞こえ

誰かいたんだと離れていく

足音の向こうに顔を向けたら

サトル先輩の背中が見えて…





どうしようと焦る心と一緒に

少しだけ胸が軽くなった自分もいた…





目の前で無理して笑っている

笑実ちゃんにアタシは…

また何もしてあげられなくて…





カオル先輩に話す事も出来ないままだったから

サトル先輩が私の代わりに

カオル先輩に話してくれるんじゃないかと

また…ズルイ事を考えていたから…





焼き鳥屋を出て

先輩達に見つからない場所に

行きたいと思ったアタシは

1番楽しかったあの思い出の場所に

笑実ちゃんを誘った…





きっと…シュウ先輩の耳にも入る様な気がして…

あの日に戻りたいと何度も思いながら…






サユ「・・・部屋に…」






もう二度とアキラ先輩を

部屋に上げないって決めていたけれど…




誰かに聞かれても

見られたくもないと思って

そう言ってからすぐ後ろに見えている

自分のマンションへと顔を向けると

「車でいい…」と言われ

私の横を通り過ぎてマンションの駐車場へと

向かうアキラ先輩の背中を見て

先輩も色々と気づいたのかなと思った…





( ・・・アキラ先輩は…笑実ちゃんを… )






笑実ちゃんはカオル先輩が好きだったし

カオル先輩も笑実ちゃんを好きだったから…




アキラ先輩の想いは

アタシの様にきっと届く事はないし

アキラ先輩も…皆んなも

辛くなる様な気がしたから

アタシも気づかなかったフリをした…





アキラ先輩は運転席に座ると

「後ろに座れ」と小さく言い

助手席側のドアを開けようとしていた手を

後部座席側へと持っていき

冷えたシートに腰を降ろした





アキラ「・・・アイツみたいに騒がれるからな」





登校時間の今

アキラ先輩と車にいる姿を見られれば

笑実ちゃんほどではないにしろ

騒がれる事が分かり

助手席に座るなと言った事は

ちゃんと理解していたけど

まさか先輩が口に出して

説明してくれるとは思ってなくて…

少し…驚いた…





サユ「・・・・ですね…」





アキラ「・・・・適当に走る」






アキラ先輩はそう言って

車のエンジンをかけると

駐車場から出て道路を走り出し

お互い何も話さないまま

15分ほど経った位に

「なんで話さなかった…」と

社内に小さく響いた…






アキラ「・・・・妊娠…してたんだろ」





サユ「・・・・サトル先輩…ですよね?」





アキラ「・・・・気づいてたのか」







アキラ先輩から

焼き鳥屋を出たサトル先輩が

飲み会に怒って現れた話を聞き

私の事は伏せたまま

カオル先輩の背中を押したと聞いて

正直以外だった…





( ・・・あの感じの悪い先輩が? )






ツカサ先輩とサトル先輩はハッキリ言って

印象は最悪だったし

笑実ちゃんの事もあって嫌いだった…





てっきりペラペラと話すのかと思っていたから

「そう…なんですか…」と

変な感じだなと思いながら相槌をうつと

「いい奴なんだよ…」と

アキラ先輩も小さく呟いた…





シュウ先輩には知られていないんだと分かり

ホッとしている悪い自分に

少しだけ嫌気を感じながら

運転席でハンドルを握るアキラ先輩に

「誰にも言わないでください」とお願いした…






サユ「・・・出来れば…誰にも…

  アキラ先輩にも知られたくなかったです」





アキラ「・・・・金はどうした?」






手術費用の事を聞いているんだと分かり

笑実ちゃんが店長から振り込まれた

あのお金を使って払ってくれた事を説明すると

「そうか…」と小さく聞こえた…






サユ「お金は…

  働き出してからちゃんと返します…」






アキラ「・・・・いくらだった?」






サユ「・・・・・・」






アキラ「・・・金は俺が返す…」






サユ「大丈夫ですッ…自分でなんとかしますから」






アキラ「もうそれしか…お前にも…

   降ろした子供にもしてやれる事はねぇから…」







アキラ先輩の言葉を聞いて

自分の手がお腹に当てられている事に気づいた…






( ・・・・もう…いないのに… )






アキラ「・・・一人で怖かっただろう…」






「悪かった」と謝るアキラ先輩に

顔を横に振って何か言いたいのに

言葉は涙で出てこなかった…





アキラ先輩は…

ちゃんと避妊をしててくれていて

一度もそういう事はしなかった…





「本当に俺の子か?」

と言われるかもしれないとさえ思っていたから

私が勝手になくしてしまった命に対して

「子供」と言ってくれて嬉しさを感じた…





そして同時に…

このお腹の中にいたのは

間違いなく私の…私達の子供だったんだと

今更ながらに実感して苦しくなった…





〝お前にしてやれる事はない…〟





それは初めから分かっていた…

私がアキラ先輩にシュウ先輩を重ねていた様に

私に笑実ちゃんを重ねていた先輩…




お互いをちゃんと見ていない私達に

これからの先なんてあるはずはない…




きっとあの時に父親である

アキラ先輩にちゃんと話していても

このお腹の中にいた子供には会えなかったはずだ…





( ・・・・それでも… )





ちゃんと伝えるべきだったと

自分の目から流れる涙を拭き取りながら思った…






アキラ「・・・・悪かった…」






何度も謝る先輩の言葉は

きっと、私と…もうここにはいない

あの子に言っているんだろう…





私達の〝想い〟は

お互いに違う相手に向けられていて…




こんな二人の元にきてしまった

あの子に「ごめんね…」と初めて謝った…






「・・・アキラ先輩の事好きなら…いいと思う…

  でも、そうじゃないなら…ダメだよ…」







あの言葉の意味を

もっと早くに自分で理解していればと思った…







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