クリスマス

〈エミ視点〉









終電はなくなってしまったし

ある程度カラオケを楽しんだ後は

二人で「懐かしいね」と笑いながら話していた





沙優ちゃんは春からコッチで

不動産会社の事務員として働くことになっていて

私も…地元の町役場で

臨時職員として働く予定だから

こうして一緒にいられるのも後少しだった…






サユ「・・・・笑実ちゃんの実家に行ってみたいな?笑」





「試験終わった後、泊まりにおいでよ」






週が明けて2日間学校に行ったら

冬休みに入り1月の数週間の講義を終えたら

試験を受けて卒業だから…




あと少しの学生生活を笑って過ごしたくて

お互いの実家に行ったり

少し遠出をして

二人だけの卒業旅行に行こうなんて…

色々な話をしていた…





始発の動く時間が近づき

カラオケ屋さんを出て

まだ朝日の登っていない

暗い朝の空を見てお互い肩を寄せ合って

小さく身震いをした





「・・・タクシーで帰ろうか?笑」





サユ「だねッ!笑」





お互いの口元には

一つ息を吐くたびに白い吐息が見えていて

体が縮こまるような寒さに

電車で帰る事をやめて

近くに停まっていたタクシーへと乗り込んだ





沙優ちゃんを降ろしたタクシーは

私のアパートへと向かって走っていて

途中にあるコンビニからサトル先輩達が出て来た姿を

動くタクシーの窓から眺め

飲み会の帰りかなと思いながら

バックの中へと手をいれて

電源が落ちたままのスマホを握った





( ・・・・明日…電源を入れよう… )





今日は12月25日で…

クリスマスにカオル先輩と

美味しいお肉を食べに行こうと

約束をしていた日だから…




クリスマスの終わった26日になってから

スマホの電源を入れようと思い

スマホから手をソッと離した





タクシーから降りて

アパートの前の自動販売機に

甘酒が入っているのを見て

「ぁっ…」と呟いて

バックから財布を取り出して

甘酒のボタンを押そうと

伸ばした手を止めた…





( ・・・・普通の子は…買わないよね… )





少し横に沙優ちゃんがよく飲む

コーンスープやココアがあり手を動かして

どっちにしようかなと悩みながら

沙優ちゃんとカオル先輩の言葉を思い出した…





( ・・・・でも…変わりたいもん… )





ボタンを押すとピッと音が鳴り

ガコンと下落ちてきた缶を手に取り

「普通か…」と呟いてから

トボトボと足を動かして

4階までの階段を登りきり

自分の部屋のある右側の通路に曲がると…






「・・・・ぇっ…」






冷たい風がビューっと音を立てて

通路にある小さなライトが光る中

私の部屋の前に誰かが座っていて




ダウンのフードを頭に被っているから

顔は見えないけれど…

座っているのはカオル先輩だと直ぐに分かった





( ・・・・なんで… )





ゆっくりと近づいていくけれど

カオル先輩はジッと動かないままで

フードを被った顔は下を向いていて…




寝ているのかなと思いながら

ゆっくりとしゃがんで

「カオル先輩?」と声をかけてみても

全く動かないから「先輩?」と

もう一度声をかけて肩を軽く揺らし

先輩のダウンの冷たさに驚いた




( ・・・・えっ? )





膝にダラっと乗っている手を触ってみると

冷たくていつからここにいたんだろうと

慌ててさっき買った缶を先輩の手に握らせて

「カオル先輩?」と両方を揺らしながら

声をかけるとフワッと自分の鼻に

あのいい香りのするヘアワックスの匂いがした





「・・・・・・」





自分の膝が床についていて

背中にはギュッと圧のかかる

感触があるから…

今の私はカオル先輩に

抱きしめられているんだと分かった






「・・・・はな…し 」





離してくださいと言おうと思ったけれど

その言葉は最後まで口にする事は出来なかった…




私の右耳に届く小さな吐息が

震えていて…泣いているのが分かったから…





「・・・・・・」





カオル「・・・・・・」






カオル先輩はあの日のバス停の時の様に

しばらく何も話す事はなく

ただ…先輩が泣いている事だけが分かり

自分の胸に何かがチクリと音を立てながら

小さく光っている気がした





「ハァッ…」と泣いている先輩に目を閉じると

「カッコ悪いよ…」と小さな声が耳に届いた…






カオル「笑実ちゃんと出会ってから…

   どんどん…情けなくて…カッコ悪くなる…」






「・・・・・・」






カオル「女の子に怒鳴った事なんて一度もなかったよ…」






先輩の言葉に「ぇっ?」と少しだけ驚いた…

カオル先輩は優しいけれど

私は付き合う前から2回ほど

先輩の怒ったあの顔を見ていたから

気性の激しい人なのかなとずっと思っていたから







カオル「笑実ちゃんは…

   全然ペットじゃなかったからね…」





「・・・・・・」





カオル「懐いて…俺の後を

   追いかけているかと思ったら

   全然ついて来てないし…」





「・・・・・・」





カオル「やっと…捕まえて家に連れて帰っても

   直ぐに脱走するし…帰ってこないし…」






先輩が夏頃に

私を猫だと言っていた事を思いだした…

ヒョウ先輩達が言うペットの犬とは少し違い

カオル先輩は大変だと言っていたけど…




 

カオル先輩から「おいで」と言われれば…

いつも拒む事が出来なくて

直ぐに先輩の側に行きたくなるから…

単純で…扱いやすくて…

自分でも…チョロいペットだとずっと思っていた






カオル「笑実ちゃんを探し回る度に

   勘弁してよって何度もイラついたよ…」






「・・・・・・」






カオル「何で…ジッと出来ないんだよって…」






膝に当たるセメントの冷たさを感じながら

春に…この部屋で眠ってしまった私を

怒った顔で迎えに来た先輩を思いだした…






( ・・・あの時… )






カオル「そのくせ俺が連絡なく遅く帰っても

   ケロっとしてて全然探してないし…」






「・・・・友達と…

 先輩達と楽しんでるのかと思ってましたから…」






カオル先輩は私と付き合い出してから

シュウ先輩の家に行く回数は

きっと少なくなってしまっただろうし…

私がいたら出来ない男の人同士の話も

あるのかと思っていたから

カオル先輩が遅く帰って来ても

気にした事はなかった…







( ・・・・あの時の…私は… )






カオル「門限つけても…破るし…

   待ってても…本当に帰って来ないし…」






ギュッと背中にある先輩の腕の力が強まり

声がまた震え出したのが分かった…





「・・・待ってて…くれたんですか…」





帰って来なくていいと言われたあの日

先輩が待っていたなんて知らなかった…






カオル「待ってたよ…カッコ悪いくらいに…」





「・・・・でも……帰ってくるなって…」






カオル先輩が小さく笑ったのが聞こえ

ムッとしながら…あの日の事を言った…






「帰って来なくていいって言われました…

  皆んなの…先輩達の前で…」






あの電話の時…

先輩の声以外に周りの…

ファミレスの店内の音も大きく響いていて

またスピーカーにしているんだと気づいていた…





カオル「笑実ちゃんは耳が良かったね…」





「・・・・・・」







カオル先輩の声を耳元に感じながら

あの日…カオル先輩が息を上げて

私を探しに来た日に…

私が感じた気持ちを思い出した…






( 私は…先輩の笑顔をずっと…側で… )






「・・・・違う…」






私の小さな呟きに

先輩が少しだけ肩を揺らした…





( もっと前だ… )





あの付き合い出した日に

約束した事を思い出し

鼻の奥が一気に熱くなり

瞼の裏に涙が溜まっているのを感じた…





「・・・・私も…守ります…」





あの日…私は…

大好きなカオル先輩の笑顔を守りたいと…

そう思ったんだ…






カオル「・・・・戻ってきて…」





「・・・・・・」





カオル「俺の側に…戻って来てよ…笑実ちゃん…」






ギュッと抱きしめている腕が

声の様に小さく震えていて

いつもの…カオル先輩じゃなかった…






カオル「俺が…彼氏になって、守ってあげるから

  笑実ちゃんはずっと側にいたらいいよ…」

 





カオル先輩はいつもニッコリと笑っていて…

意地悪で…どこか必ず余裕のある感じで…






カオル「お願いだから…戻ってきて…」






私を店長から助けてくれた後に

シュウ先輩のベッドの上でも

「許して」と言われたけれど…




こんな風に抱きしめている腕や

声は震えてはいなかった…





( ・・・・あの映画の野獣は… )





あの映画の野獣は…

人への〝愛〟を知らなかったから

魔法をかけられていたんだっけ…と思いながら

さっき先輩が言った私への苛立ちや

門限の事を思い出して口の端が

ゆっくりと上がっていった…





帰ってくるなと言って…

本当に帰って来ない私を

部屋でずっと待っている先輩の姿が

あの映画の野獣と何となく重なったから…





「・・・困った野獣さんですね…」





そう言って先輩の背中に自分の腕を回すと

先輩は「生意気だね」と鼻声混じりに言い

更に強く抱きしめて「好きだよ」と

何度も私の耳元に囁いてくれ…





私は先輩のくれる甘い言葉を聞きながら

すっかり冷えてしまった甘酒を

レンジで温めてから二人で飲もうかなと思った…







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