〈エミ視点〉









お酒と涙で少しポカポカとする体で

沙優ちゃんと手を繋いで外を歩いていると

「あの日に戻りたい…」

と沙優ちゃんが空を見上げなら呟いた…






サユ「・・・・・・」






沙優ちゃんの言う「あの日」がいつなのか

それは沙優ちゃんにしか分からないけれど…





( ・・・・戻りたい… )





そう答えていたら…

カオル先輩とはどうなっていたのかなと

電車に揺られながらずっと考えていた…




電車を降りてタクシーで帰ろうかなと

悩みながらトランクを引いていると






ヒョウ「どーしたのその髪」






ヒョウ先輩の声が聞こえて

「え?」と顔を向けると

ヒカル先輩と一緒にコッチに走って来る

ヒョウ先輩の姿が見え

奥の喫煙所にカオル先輩達がいるのも見えた…





ヒョウ「似合ってるよ!笑」





「サラサラじゃん!」と言いながら

私の髪を撫でてくるヒカル先輩が

「カオルもいるよ」と言って

後ろに顔を向けていて…




あの日ドラッグストアで会った

ジン先輩達の様に

まるで…まだ付き合っているみたいに…

当たり前の様に私にカオル先輩の事を

話してきて…胸の奥が苦しくなった…






サトル「それが今じゃ週一箱空くか空かないかだしな」





「・・・・ツッ…」





また泣きそうになるのが分かり

タクシーを見つけて逃げる様に

先輩達から離れて

タクシーの窓をノックした




カオル先輩から離れたくて…





荷物を持ち上げようとトランクに顔を向け

視界に見えた手に思わず声をあげてしまった…






「だっ…大丈夫……ですから…」





カオル「・・・・・・」





( ・・・・触らないで… )





他の子達を触った手で…

触って欲しくなんかなかった…




他の子を見つめた先輩の目を…

見たくなんてなかった…





カオル先輩の顔を一度も見ないで

タクシーへと乗り込み

車が動き出した瞬間も自分の膝の上にある

手だけをずっと見ていた…






サユ「行きたい所あるんだけど…いい?」






沙優ちゃんに顔を向けて「いいよ」と頷くと

沙優ちゃんは「カラオケなんだけど…」と

眉を下げながら言ってきたから

ゴールデンウィークの事を

気にしてくれているのかと思ったけど…






サユ「・・・最後に…行きたくて…」





「・・・・・・」






沙優ちゃんの行きたいカラオケ屋が

どこなのかが分かり

私も行きたいと思った…





( あの場所から…私の片想いは始まったから… )





電車に乗って約一年半ぶりに訪れたカラオケ屋は

満室で私達が入りたかったあの小さな個室は

1時間程で空くようだったから

沙優ちゃんと椅子に座って待つ事にして




フロアに置かれてある

スロットの機械に目を止めて

カラオケ屋から帰る時に

カオル先輩とシュウ先輩が

どちらが帰りのタクシー代を出すか決めると言って

ふざけて並んで座っていた姿を思い出した…





カオル「笑実ちゃんの分だけは出してあげるよ?笑」





先にスロットの台が光って

うるさい音楽が鳴り出したのは

カオル先輩の方で

「マジかよ」と悔しがるシュウ先輩に

カオル先輩はそう言いながら

私の手を握ってきた…





( ・・・・・・ )





沙優ちゃんの戻りたい日々は

私が今、思い出した頃のことなのかなと

思いながらお互い何も話さないまま

手だけを繋いでいた…





スタッフの人が

「準備できました」と呼びに来て

タバコの臭いが染み付いている

小さな部屋の中へと足を進め

カオル先輩から抱きしめてもらいながら

キスをしていたあのソファーを眺めた





( ・・・・破れてたっけ? )





膝のあたる部分が破けていて

中につめてある黄色い綿が見えている

そのソファーに座り手でそっと撫でながら

あの日、カオル先輩に恋をしているんだと自覚して

苦しい片想いになる事を覚悟した

18歳の自分の事を思い出して

「懐かしいなぁ…」と小さく笑った…





先輩に可愛いと言ってもらいたくて

浴衣を買った夏…

サプライズの電話がきた誕生日…





「・・・・大嫌い…なんて言った日もあったな…笑」





先輩へ寄せたあの想いに後悔はなかったし

辛いと覚悟していた片想いは…楽しかった…




カオル先輩から「好きだよ」と言ってもらえた

あの日に苦しかった日々は全部…幸せになったから…





バックの中のスマホから

小さく音楽が聞こえていて

手に取って見ると

電話の相手はカオル先輩だった…







カオル「もしも…

  あの日に戻れるなら…戻りたい?」






カオル「俺は…戻りたいよ」






( ・・・・でも…もう…ダメです… )







一年半前には覚悟できていた想いは…

20歳の私には出来なかった…




18歳から20歳になって

大人になったはずだったのに…

我慢が…出来なくなっていた…





( もう…〝私だけの〟カオル先輩じゃないから… )






音楽が止まったのを見て

電源ボタンを数秒押すと

画面にロゴが浮き上がって

真っ暗になったスマホをまたバックへとしまい

私の様にソファーを見つめている

沙優ちゃんに「何飲もうか?」と

笑って声をかけた































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