〈エミ視点〉









首の下にある腕が

少し浮き上がり自分の視界に近づいてくると

その腕がギュッと肩を抱き寄せるのと同時に

自分の腰の上にある腕に力が入り

後ろに引き寄せられる様に抱きしめられ…




耳に柔らかい感触を感じると

チュッと聞こえるリップ音の後に

吐息混じりの優しい声が聞こえた…





カオル「おはよう笑実ちゃん…」





「・・・ツッ!?・・」





目を開けて視界に入ってきたのは

いつも通りの少し低めの天井で

自分の左耳に手を当てながら

ゆっくりと身体を起こした…


 



( ・・・・夢… )





夢の中でギュッと抱きしめられていた

自分の腰周りに目を落とし

シーツと毛布しか見えない

当たり前の景色に「バカだな…」と

小さく呟いてから枕元にあるエアコンの

リモコンへと手を伸ばし





ピッと暖房を起動させてから

もう一度毛布の中へと身体をもぐりこませた…





目を閉じれば

またあの夢の続きに戻れるかもしれないと思い

瞼を閉じようとしたけれど…





( ・・・・夢は覚めたんだよ? )





心の中の自分がそう言っている気がして

閉じかけた瞼を開けてスマホを手に取った






〈 眠い、寒い、行きたくない!! 〉






沙優ちゃんからのLINEを見て

「ふふ…」と笑ってから頑張ってと返信をして

来週にある自分の面接の事を考えた…





「来週には結んで大丈夫なんだよね?」





パーマから1週間は結んだりしちゃだめだと

お兄さんから言われた事を思い出し

ガバッとベッドから降りて

洗面台にあるクシを手に取って

真っ直ぐになった自分の髪を綺麗に整えて

髪の毛を少し持ち上げてサラサラと落ちていく

自分の髪に「ふふ…」と笑を溢してから

早めに学校へと行く準備を始めた





予定よりも早く起きたから

いつもより早くアパートを出て

コンビニで暖かい飲み物でも

買って行こうと思い

大学の途中にあるコンビニへと寄ると

ツカサ先輩とサトル先輩がいて

先輩達も私に気づいて「ぁ…」と

小さく呟いているようで





ペコリとお辞儀だけして通り過ぎようとすれば

「コラ待て!」とサトル先輩に呼び止められた





「・・・おはようございます…」





ちゃんと挨拶をしろと言われるのかと思い

ボソボソとそう言うと

サトル先輩は眉をピクリと上げて

「相変わらず可愛くねーガキだな」と

久しぶりに会っても

変わらない口の悪さに

何となくホッとしている自分がいた…




コウ先輩達とは…

前に比べると…少し距離ができてしまい

当たり障りない会話しかしなくなっていて

やっぱり…寂しさを感じていたから





ツカサ「ストパーかけたんだな?」





「はい…就活があるので…」





ツカサ先輩は年明け以来

サトル先輩の様な意地悪な事は言わなくなったし

コウ先輩の様に色々と気にかけてくれていて

少しだけ話しやすくなった気がする





ホットドリンクの

お汁粉に手を伸ばそうと思ったけれど

サトル先輩にまたネチネチと言われる気がして

あまり飲みたい気分ではなかったけれど

当たり障りのないココアを手に取って

レジへと持っていった





学校は隣りどうしだし

向かう方向も同じで何となく

並んで歩いていると

サトル先輩が…

「朝からココアじゃ目が覚めねーだろうが」

と文句を言っていて…





どうせ言われるなら

お汁粉にしておけば良かったなと

後悔をしながらココアを飲んでいると

冷たい空気が舞い上がり

強い風に思わず目を閉じ

風が落ち着いてから目を開けると

左目に何か入った様で

立ち止まって手で目頭をこすっていると

髪の毛を誰かが整えてくれているのが分かった





( ・・・・懐かしいな… )





靴箱の中で見かけていた冬用の

黒い靴が視界に見えて

髪を優しく整えてくれているのは

カオル先輩だろうと思い顔を上げると





カオル「おはよう、笑実ちゃん」





と夢の中で聞いたあの言葉を

口にしているカオル先輩がいて…




夢の中の甘い雰囲気とは違って

微妙な気まずさが混ざったお互いの距離に

やっぱりあれは夢で

現実はコッチなんだと理解した…





「おはようございます…」





カオル先輩は小さく笑ってから

「雰囲気変わったね」と

髪に手を伸ばしてきて

昔の様に髪を耳にかけながら

「似合ってるよ」と言う

先輩の顔を見上げていると

私の視線に気付いた先輩も…

ジッと私を見下ろしている…





今朝の…あの夢のせいなのか

甘えたくなる自分を振り払って

一歩後ろに下がりながら

先輩が耳にかけてくれた髪を元に戻し

「一週間は耳にかけちゃダメなんです」

と言って手に握っているココアに目を向けた






( ・・やっぱりお汁粉にすればよかった… )






夢も…ココアも…

何もかもが…

カオル先輩との思い出ばかりで

苦しくてたまらないから…






















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