〈エミ視点〉








沙優ちゃんのマンションから

歩いて帰りながら23時だしいつもみたいに

暗い道を遠回りするのも怖いなと感じて

明るい大通りを歩く事にした





( この時間なら…会う事もないだろうし… )





きっと今ごろはシュウ先輩の部屋か

どこかのお店にいるだろうと思い

何となく沈んでいく気持ちを紛らわそうと

沙優ちゃんから借りたイヤホンをスマホにつけて

音楽を聴きながら歩いた…





( ・・・・確か… )





今流れている次の曲が

カオル先輩と見た映画の主題歌だった事を

思い出してポケットからスマホを取り出して

2回スキップボタンを押してからまた歩き出した…





カオル「・・・・守ってあげるよ?」





( ・・・・違う曲なのにな… )





耳から聞こえてくる音楽は

沙優ちゃんオススメの

KPOPアイドルの可愛い音楽なのに

頭の中には…

スキップをした筈の

あの曲の思い出ばかりが浮かんできた…





「・・・・・・」





アパートの直ぐ近くにあるコンビニへと寄り

奥にあるドリンクコーナーへと足を向けて

棚の少し上にある梅酒の缶チューハイを眺め

美味しく出来たかなと思いながら

手を伸ばして取ろうとすると

後ろから伸びてきた手が私の取ろうとした缶を

手に掴んで私の前に差し出してきた…





( ・・・・どうして… )





ヒョウ「俺らはね誕生日は

  日付を跨いだ瞬間にお祝いするんだよ」





私の20歳の誕生日をお祝いしてくれた時に

ヒョウ先輩がそう話していて…





今日は…10月12日で…

あと1時間もしないで13日の…

カオル先輩の誕生日になる…





私の前に差し出された

缶チューハイを握っている手が

誰の手なのかが分かり

どうしてと思いながら振り返ると

約1ヶ月ぶりに見るカオル先輩の顔があった…






カオル「・・・・」





「・・・・ぇっ…」






先輩の口が動いて何かを言っているのが分かり

慌てて耳についているイヤホンを外すと

「久しぶりだね」と言われた…






「ぁっ……お久し…ぶりです…」





カオル「・・・お久しぶりです…か…

   笑実ちゃんらしいね…笑」






最後の電話でのカオル先輩は怒っていたけど

今目の前にいる先輩は少しだけ笑っていて

前の…先輩みたいだなと思った…





カオル先輩は手にある缶チューハイを見て

また少しだけ小さく笑うとクルッと背を向けて

レジへと行きお会計をしだしたから

「あの…それ…」と後を追うと

買った酎ハイを手に「ついておいで」と言われ

言われた通りに先輩の後をついて行った





カオル先輩は人のいないバス停にある

ベンチへと腰を降ろすと

「おいで」と隣りをポンポンと叩いていて…





時刻表を見るとコッチからの最終は

もう行ってしまったようで

誰も待つ事のないベンチなら大丈夫かなと思い

「失礼します」と言って先輩の隣りに座ると

カオル先輩はクスクスと笑って

「変わらないね」と呟いた






( ・・・・秋の…虫の音だ… )






バス停の後ろに木が並んでいて

秋の夜に聞こえる虫の鳴き声が聞こえ

去年の今頃もバイト先から歩いて帰りながら

この音を聞いたなと思い…




黙って隣りに座っている先輩に

なぜここにいるのか疑問に思いながらも

先輩の隣りは…やっぱり落ち着く気がした…





( ・・・一緒に住んでたからかな… )


 




少し沈黙が続いた後に

「荷物…大変じゃなかった?」と問いかけられ





「・・・ちょっとだけ…

  色々持っていきすぎてましたから…」





カオル先輩は反対側のバス停を見つめたまま

「そう…」と呟いて…

その声は素っ気ない感じでもなく…

怒ってるわけでも…笑っているわけでもなかった…

先輩の感情が掴めず私も

誰もいない向かいのバス停を眺めた





「・・・・・・」





( ・・・何分経ったんだろう… )





先輩が黙ってからだいぶ時間は過ぎているはずで

向かいのバス停にはバスが一台止まり

サラリーマンが一人降りると

早足にコンビニの方へと曲がって行き

今から夕飯なのかなと

そんな事を思う位に

時間がゆっくりと流れていっていた…





カオル「・・・・あの日…」





カオル先輩が話し出し顔を向けると

先輩も私の方へと顔を向けて

真っ直ぐと私の目を見ながら問いかけてきた…






カオル「もしも…

  あの日に戻れるなら…戻りたい?」





「・・・・・・」





カオル「俺は…戻りたいよ」






先輩の言うあの日は…

きっと門限を守れなかった日の事だろう…





( あの日にもう一度…戻ったら… )





私はこうなると分かっていても

きっと…門限は守れなかった…

ううん…余計に守らなかっただろうなと思った…




もしも記憶があるまま過去にもどれるなら

沙優ちゃんの妊娠が絶対だと

分かっているだろうから…





カオル先輩がもしも怒らずに

「いいよ」とあの日言ってくれていれば

未来は違ったかもしれない…





でも…連日遅くまで沙優ちゃんの所にいたり

学校を休んでいると知れば

また怒ったかもしれないし…

前期試験の様に許してくれたかもしれない

違う未来で…一緒にいれたかもしれない…






( ・・・・でも… )





「・・・・戻れないです…」





だけど…どんなに「もしも…」と話しても

過去を変える事も、時間を戻す事も出来ないから…






「タイムマシーンなんてありませんから…笑」





カオル「・・・・・・」






そう…私はカオル先輩に嘘をついたし…

カオル先輩も…違う道を選んだから…





先輩と過ごした8ヶ月間は本当に幸せで…

先輩のくれた幸せな日々を知ってしまったからこそ

もう戻る事は出来ない…





あの日…流した涙は…

なかった事には出来ないから…






「・・・・でも…こうなるって知ってても…」






カオル「・・・・・・」






「また1月に戻るかって言われたら…戻ります」







あの苦しい春からの学校生活も…

今回の結末も…全てを知っていたとしても…

戻りたい8ヶ月だったから…






「それくらい…

 先輩からは幸せな時間をもらいました…」






カオル「・・・・・・」






「ありがとうございました…カオル先輩」







先輩の目を見てそう伝えると

カオル先輩も今の私の様に眉を下げて笑い

「俺も…幸せだったよ」と言ってくれて

先輩は自分の腕時計に目を落とした





カオル「後少しで誕生日だから最後のワガママいい?」





「・・・・はい…笑」





頬に流れる涙を手で拭き取りながら

必死に笑って答えた…

最後は笑って…楽しい記憶で終わりたいから…





カオル先輩はさっき買った

梅酒のチューハイを開けて

「一緒に乾杯してくれる?」と言ってきて






カオル「梅酒は俺の誕生日に飲もうか?」






先輩があの日の約束を

守ってくれようとしているのだと分かり

「ありがとうございます」と言って

差し出された梅酒に手を添えて

カオル先輩の誕生日丁度に

「おめでとうございます」と言えた…





( 去年は2ヶ月後だったから… )





カオル「ありがとう…笑実ちゃん…笑」






先輩と一本の梅酒のチューハイを二人で飲み

飲んでいる間特別な会話は何一つせずに

ただ、ただ…

星もあまり見えない空を見上げていた…





チューハイがなくなり

お互い立ち上がって先輩がアパートの前まで

送ろうとしてくれているのに気付き

「大丈夫です」と断った






「大丈夫です…もう…20歳になりましたし…

 守ってもらわなくても…ちゃんとできます…笑」






初めて出会った18歳の私は

本当に世間知らずで…

島から出てきて色んな事が分かってない私を

カオル先輩が助けてくれて…




19歳は…店長や…ツカサ先輩…

クラスの子達からも守ってくれて…

カオル先輩がいなかったら

きっとこんな風に過ごせていなかった…





カオル先輩は顔を下に下げて

息を吐くとゆっくりと顔を上げて

「そうだね…笑」と笑う目は私と一緒で

泣いているのが分かった…






カオル「・・・サヨナラだね…笑実ちゃん…」





「はい…サヨナラです…」







( 先輩が会いに来てくれて良かった… )






自分の初めての恋だから

あんな終わり方じゃなく

ちゃんと「サヨナラ」と言いたかったから…




そして…今日やっと…

お互い笑って言えたから…




もう明日からは裏道を通る事も

学校でコソコソとする必死もない…





私は確かにカオル先輩と付き合っていて

幸せな日々を過ごせていたんだから…

胸を張っていいんだから…





先輩に別れを告げてから

自分のアパートへと帰って行き

一度も振り返らず

ベランダから先輩を探す事もしなかった





ただ…久しぶりに…

ベッドにカオル先輩から貰った

香水をひと吹きしてから眠りについた






( 最後は…いい夢で終わりたいから… )









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