〈サユ視点〉









カオル先輩に笑実ちゃんのいる教室をメッセージで

送ったけれどちゃんと分かったかなと不安になり

立ち上がって笑実ちゃんが一人でいる教室に

歩いて行くと廊下に一年生の女の子達が立っていて

「ごめんね」と言って前にいくと…






カオル「笑実ちゃんは…変な子でね…

   好きな音楽はネズミーのマーチだし…」







聞こえてきたカオル先輩の言葉に

「えっ?」と呟いて

ゆっくりと教室に近づいて行くと

教室にはクラスのほとんどの子達がいて

学食に行ったはずの里奈ちゃん達の姿もあった…





カオル「公園で食べるのもドラ焼きだしね」





女「ドラ焼き?」





カオル「そう、普通公園を歩きながら食べるなら

   チュロスとかタピオカなんだけどね?笑」





( ・・・なんで… )





さっきの電話の雰囲気だったら

この教室に入って

笑実ちゃんに酷いことしていた

皆んながいたら絶対に

睨んで責めると思っていたのに…





カオル先輩の言葉に笑っている子達を見て

なんでと何度も繰り返して先輩を見た





コレじゃ…

皆んなと一緒になって

バカにしてるみたいだよ…






カオル「はぁ…休みの日もね…

   おでんを一日中煮込んでたりね?笑」






( ・・・やめて… )






アカリ「おでんですか?笑」





カオル「弱火でずっと煮込んでは…

   味を見ての繰り返しでね?笑」





笑実ちゃんの目に

涙が溜まっているのが見えて

「ゃめて…」と小さく呟いたけれど

自分が思っているよりも

ずっと、ずっと小さいその声は

カオル先輩にも皆んなにも届いてなくて…






カオル「ココアに生姜をすり下ろしたのを

   入れて飲んだり…本当に変わっててね」






女「うちの田舎のお婆ちゃんみたい…笑」






笑実ちゃんが顔を下に下げて

雫が下に落ちるのをみえて「あとね」と

まだ話そうとするカオル先輩に

「やめて下さいッ」と叫んでいた…





先輩も…皆んなも顔をコッチに向けてきて

カオル先輩は私をジッと見たまま

「あと…口がかたくてね…」と言った



 



カオル「去年も友達がハッスルで

   働いているのを隠そうとして

   俺から誤解されて怒れてたしね…」






女「はっ…ハッスル!?」






カオル「ツカサ達からバイトしてるのは

   自分だと勘違いされたまま

   揶揄われ続けていて…

   あんな危ない目にもあうし…」






リナ「・・・・・・」






さっきまでの話し方と雰囲気が変わり

里奈ちゃん達はハッスルの話が出て

気まずそうに目を泳がせている…






カオル「早く言えばよかったんだよ…

  働いてるのは私じゃなくて友達ですって…」






「・・・・・・」






カオル「庇った友達に…その価値あった?」


 




カオル先輩は少し上の席にいる笑実ちゃんを

見上げながらそう問いかけていて

笑実ちゃんは首を横に振りながら

「やめてください」と言っていて

クラスの子達は「えっ…誰?」と

小さく騒ぎ出している






カオル「・・・・スナックのバイトだって…

   何で笑実ちゃんが手伝う必要があるの?」






「カオル先輩…」






カオル「・・・・何で言わないの?」






「・・・・・・」






カオル「最初の発端はバイトを断ったのが原因で

   俺との事を知られて…

  クラス中からくだらない嫉妬を受けてますって」






女「・・・くだらない…」






カオル「交流会だの、出席シートだの…

   何でなにも言わないの」






カオル先輩は一歩づつ笑実ちゃんに近付いて行き

「ゴールデンウィークのカラオケだって」と

少し怒った口調で言いながら

里奈ちゃん達に顔を向けた…






カオル「シュウやヒカルに会う為に

   友達づらして呼び出されましたって…」


 




アカリ「・・・・・・」

  





カオル「何も言わないからエスカレートするんだよ」






皆んな…きっと…

いつものニコニコと笑った

優しいカオル先輩しか知らなかったから…

今のカオル先輩に何も言えずに

先輩が皆んなの顔を眺めても

俯いてばっかりだった…






カオル「変な所はハッキリ言うのに

   こう言う事になると口がかたくなるからね…」






「・・・・・・」






カオル「・・・・笑実ちゃんは…変だよ…

    変だし…本当に変わってるよ…」







先輩は笑実ちゃんの顔を上げてそう言うと

笑実ちゃんは口をギュッと結んで

声をあげて泣いたいのを我慢しているのが分かった…






カオル「・・・・人のベッドにあがる度に

   小さく「お邪魔します」って言ったり…

   変なジュースをいつも飲んでるし…」





「・・・ぉッ…いしい…もんッ」






カオル「・・・味はね…まぁ…美味しいけど

   普通は甘酒とかひやしあめは選ばないよ?笑」






カオル先輩が笑ってそう言うと

笑実ちゃんは「普通ってなんですか…」と言って

目からポロポロと涙をこぼしていた







カオル「ふふ…そうだね?笑

   俺は…笑実ちゃんの〝普通〟を

   好きになったからね…」






カオル先輩は笑実ちゃんの涙を拭きながら

ベビーベッドのオルゴール曲だった

あのマーチ曲を好きだと言う

笑実ちゃんが好きだと笑いながら言い…






カオル「何時間も煮込んだおでんをヒョウ達が

   30分もしないで食い尽くしたのを見て

   笑ってる笑実ちゃんも好きだし…

   何も話さないで住宅街を手を繋いで 

   歩いてるだけで楽しそうに鼻歌うたってたり…」






笑実ちゃんの好きな所を

一つ一つあげながら話す 

カオル先輩の表情は唯々…優しくて…

コレが本当の先輩の笑顔なんだろうなと思った…



   

   

クラスの皆んなも何も言わずに

黙って聞いていて…

きっと皆んなにもカオル先輩がどうやって

笑実ちゃんに惹かれていったのかが

よく伝わったはずだ…


 




カオル「あと…笑実ちゃんの〝普通〟のコレ…」






そう言って机にまだ出されたままの

ルーズリーフのファイルを手に取って

パラパラとめくりながら小さく笑うと






カオル「次の講義はいくつ休んだ事になってるの?」





「・・サンッ…回です…」








ヒクヒクと息を乱しながら

そう答える笑実ちゃんに

「本当は?」とまた問いかけると

笑実ちゃんは目をギュッと閉じて

「休んでなぃッ」と頬に涙を流している…






カオル「笑実ちゃんは変な子でね…

   ノートを取りながらその講義中の天気は書くし

   教授の似顔絵?だったり

   その講義で話した雑談だったりを何でか

   ノートの端に書き込むんだよ?笑」






ファイルを少し高くあげて

私たちに向かってそう言うと

「コレを持って教授達の所に行っておいで」と

笑実ちゃんの手に握らせた…





女「・・・ぇ… 」






それを持って教授達の所に説明に行けば

そうなる様に細工をしていた人物を探すだろうと

皆んな分かり少しざわついた…





笑実ちゃんが「いいです…」と

首を横に振っていると

カオル先輩は笑実ちゃんの両頬に

自分の両手を添えた…






カオル「ここの授業料年間いくらか分かってる?」






「・・・・・・」






カオル「アパートの家賃は?

   それを全部出しているのは

   笑実ちゃんじゃなくて

   笑実ちゃんのご両親だよ…

   欠席回数は評価判定にも左右するんだから  

   ちゃんと頑張ってる姿見せなきゃダメだよ?」






「・・・ツッ…んッ……」






カオル「ニワトリが苦手な笑実ちゃんの為に

   クリスマスには毎年

   七面鳥じゃなくてステーキを焼いてくれる

   優しいお母さんが悲しむよ?笑」

   





( ・・・・なんでか…分かった… )






カオル先輩が笑実ちゃんに惹かれていくのは

なんとなく分かっていたけど…





カオル「そんなにしたいなら13日も来ればいいよ

  ヒョウやツカサやアキラもいるし

   皆んな笑実ちゃんの相手してくれるよ」






あんな酷いことを言われて…

少し乱暴に腕や顎を掴んだり…

シュウ先輩達とは全く違って怖い一面のある

カオル先輩を苦手だと感じていたし

笑実ちゃんは顔が好きなのかなって…

勝手にそんな事を思っていた…





カオル先輩が笑実ちゃんの内面に惹かれて行った様に

笑実ちゃんも…きっとそうなんだ…





カオル先輩と飲んだり…

身体の関係を持った子達はきっと沢山いるけど

あの優しい笑顔や本気で怒った顔を

全部知っているのは笑実ちゃんだけだから…






( 私は…知らない… )






シュウ先輩の顔も…

アキラ先輩の本当の顔も知らない…





笑実ちゃんは…

〝ちゃんと〟…カオル先輩に恋をして

好きになったんだと…

初めて分かった…





( ・・・あれが本当のカオル先輩… )





カオル先輩は笑実ちゃんのバックから

タオル素材の小さなハンカチを取り出して

頬につたう涙を拭いてあげながら

「子供じゃないんだから一人で行けるね?」

と腰を少し曲げて問いかけると

笑実ちゃんは首を縦に振っていた





カオル「何も悪い事してないんでしょ?」





「・・・・して…ませんッ…」





カオル「だったら胸張って出席した分を証明しておいで

   そして…今日はそのまま帰ったらいい」





「・・・・でッ…ます…」






首を横に振りながらそう言う笑実ちゃんに

カオル先輩は困った様に笑うと…






カオル「その顔で出たら教授も…

  クラスの皆んなも講義に集中できないよ?笑

  今日はゆっくり休んで来週から

  また頑張る笑実ちゃんに戻ったらいい」






「・・・・はぃ…」







カオル先輩の言葉にまたギュッと目を閉じて

そう返事をするとバックを肩にかけ

先輩から差し出されたファイルを

胸に抱きしめて教室から出て行った…





カオル先輩は自分のバックから

財布を取り出すと

近くに立っていた女の子に近づいて行き…






カオル「午後の講義のノートをコピーしてあげて」






そう言ってお金を渡すと

時計に目を向けて教室から出て行き

離れていく先輩の背中に

「ありがとうございます…」と

小さく呟いてから笑実ちゃんにも

ゴメンねと目を閉じながら思った…













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