第98話 大災害7~神聖種~

 〜ダゴラス視点〜


 「あ~あ、行っちゃったか」


 アイツ、大丈夫かな。

 一人にさせるのはやっぱり不安だな。

 これが終わったら、駆けつけようかな。

 でも、時間がかかりそうだ。


 目の前には、巨大化させた大剣を持ったアマンダと、溶岩使いのマールがいた。

 どっちもララに匹敵する実力者。

 マールに至っては七十二柱でもおかしくない実力だろう。

 マールの後輩であろうアマンダが俺をキッと睨めつける。


 「そんなに余裕か、英雄殿」

 「別にないよ。そう見えたのか?」

 「欠伸をして視線を逸らされれば、誰だってそう思うとは思わないか?」

 「思わない。余裕がなくてもあるように見せるのは戦闘の基本だろ。戦闘経験値があまりないことをひけらかしてるぞ、小娘」


 アマンダの睨みが強くなった気がする。

 おお、怖い怖い。

 対してマールは冷静沈着。

 経験の差だな。


 「ガンガン攻撃してゆけ、アマンダ。サポートしてやる」

 「ええ、もちろん」


 側近同士だからだな。

 連携し慣れている雰囲気だ。


 あの大爆発の後、俺はこの敵さん二人を出来るだけ氷の分御霊クラルス イマーゴから遠ざけた。

 護り手ゴーレムをこの場で抑えられる奴……つまり、ウルファンスを倒されたらこっちの負けだ。

 それは非常に困る。

 だから俺が引き付けた。

 そろそろ神聖種が出てくる頃合いだろうし、この二人組はますます俺にしか手が負えなくなる。


 エネルギーはまだまだ余裕。

 十全に対処出来る。


 「じゃ、行きますか」


 俺が動くよりも前に、アマンダが大剣を振り下ろした。

 ある程度離れていても、斬撃をお見舞いできる。

 攻撃範囲が広いからだ。

 遠距離でも白兵戦が通用するという矛盾性が、巨大な大剣によって解消されるという馬鹿げた現象。

 それに、動きも速い。

 威力も巨大化した分単純に上がっているだろう。


 「てぇ、普通は思うだろうなぁ!」


 巨大化した大剣に向かって、大剣を思いっきり振る。

 剣同士が接触した途端、衝撃波が生まれる。

 その隙を狙って、溶岩が頭上から落ちてくる。


 「始まりの守りよオセル・スピーリトゥス! 大いなる風よラド・マグナス!!」


 片手で結界を張って、溶岩を直接防ぐ。

 同時に風を大剣に纏わせる。

 リーチは十五メートル程。


 空気なので軽い軽い。

 あっちみたいにわざわざ筋力強化なんてこともしなくていい。

 切断力もこっちが上だ。

 アマンダへ接近しなくても、この剣の長さならこの場で十分に届く。


 アマンダの方向へリーチを伸ばした大剣を突く。

 突く突く突く。

 風の貫通力を恐れてか、アマンダは突きを横から弾く。

 だが、剣を巨大化させた影響で動きがとろい。

 弾く弾く。

 ほら、隙が出来た。


 「始まりの火よケン・スピーリトゥス!」


 火を形状変化させずに、そのまま片手で放射する。

 広大な劫火の海を。

 視界が津波のように紅蓮に染まる。


 「ぐっ!」


 アマンダの方が火のランクは下だろう。

 マグナス級か、それ以下か。


 「いったん引け」


 アマンダはマールの指示に従って後退する。

 そこからマールは、またもノーモーションで極めて広範囲の溶岩を発生させる。

 マグマオーシャン。

 波のように襲ってくる。

 俺の広範囲に放射した火炎は熔岩にことごとく飲み込まれていた。

 スピーリトゥス級と言えど、溶岩と火では相性が悪い。


 迫る溶岩を前に、脚の筋力強化を施す。

 素早く跳躍して、空中に結界を敷いて見下ろしていたマールに突っ込む。


 「おら!」


 連続で能力により生成した水の弾をマールへと発射する。

 が、それは突如空中に現れた黒壁によって遮られる。

 弾力性があるのか、僅かに衝撃に対してたわんでいるように見えた。


 「ゴムか」


 水にはゴムを。

 火には溶岩を。

 そういう対処法ね。

 なるほど。


 目の前で水を受け止めたゴムの壁を、リーチを伸ばした大剣で斬り付ける。

 ゴムは弾力性に富む故に、衝撃に強い。

 その分切断にはめっぽう弱い。

 これも相性問題だ。

 壁が真っ二つに斬り裂かれた。


 途中、視界の端からアマンダが接近してくるのが分かった。

 彼女の方を振り向く。

 ついで大剣と大剣が接触する。

 その時、巨大な大剣の炎がまたもメラメラと荒れ狂った。


 「またか? 芸がないぞ」

 「燃えろ!」


 瞬間、刀身より大爆発が起こった。

 とっさにスピーリトゥス級の結界をキューブ状かつ俺の周りに展開する。

 丈夫な結界のおかげで、俺は無傷。

 だから周囲が爆発で滅茶苦茶なことになっていても、状況を冷静に観察できる。

 上からでかい岩の塊が落ちてきているのが分かった。


 俺はキューブ状の結界を変形させて、立体的な三角形へと形を整える。

 結界の一番上に圧力が加わるように、面積を出来るだけ小さく、丈夫に、鋭く。


 爆発の黒煙を蹴散らしながら、大岩が三角形の結界にぶち当たる。

 ガガガガと音を立てながら、岩が結界によりどんどん削れ、そして割れた。

 岩自体の硬度はそんなんでもないようだ。


 岩の内部から光が差す。

 赤い光が。

 続いて溶岩の滝が大量に落下していた。


 「容赦ないな」


 俺の結界で溶岩は長く耐えられない。

 なら……


 「始まりの水よラグ・スピーリトゥス!」


 能力の行使と共に、一気に大量の水が中空に出現。

 その水を使って、ドラゴンの頭部を五つ形成した。

 ドラゴンの口から、ブレスを噴射する。

 溶岩が高圧力の水に接触した途端、ジュワッと水蒸気が発生して、霧に包まれる。

 溶岩はただの大岩になり、失速。

 どんどん固まった溶岩をブレスで上へと押し返していく。


 「ほっ、流石に英雄か!」

 「そりゃどうも」

 「させるか!」


 三者の言葉が交差する。

 攻撃も同時に交差した。


 アマンダが跳躍し、巨大な大剣で冷えた溶岩を一刀両断する。

 魔剣だけあって、素の切れ味が高いな。


 切断した大岩から俺目掛けて高速で伸びてくる。

 マールによるものだろう。


 俺は魔剣のリーチを風で伸ばす。

 棘を大剣で一掃する。

 上への牽制も忘れない。

 片手でマトラス級の火球をいくつかぶっ放して、ちょっと気を逸らしたら……


 「大いなる風よラド・マグナス!」


 高圧縮した風を背後からジェット噴射し、跳躍。

 アマンダをしっかりと捕捉する。

 コンマ数秒の高速移動。

 火球を対処中のアマンダにはどうしようもない。


 首めがけて思いっきり無骨にフルスイングする。

 よし獲った。

 ……と思ったが、マールに邪魔された。


 拳ほどの石を飛ばして、アマンダの兜に当てたのだ。

 首はあらぬ位置へと移動して、俺の大剣を寸でのところで回避する形となった。


 「ちっ!」


 仕留めそこなった。

 サポートがうまい。


 それぞれが地面に着地する。

 上では、マールが睨みを利かせていた。


 「ほれ、アマンダ。今一回死んだぞ」

 「……申し訳ない」

 「いやぁ~、殺せると思ったんだけどな~」

 「わしがいなかったらとうに殺れただろうて。残念だな」

 「本当に残念残念」


 当のアマンダは少し息を切らしていた。

 兜は岩によって弾かれ、素顔がまるまる見える。

 生えてる角から推察するに、まだ若い。

 しかも女だ。

 よくここまで実力を上げたもんだ。


 「ラースの英雄。これほどなのか」

 「おいおい、まだ本気は出してないぞ」


 こんなので七十二柱は名乗れないだろ。


 「ん……?」


 突然上空に赤い光が満ちていく。

 召喚の光。

 よく見ると、召喚されたそれは九本の尾を持った白い狐だった。


 「聖狐ウゥルぺスか?」


 現れた途端、白い狐の尾からそれぞれ火が灯る。

 そしてどこか弦楽器に似た鳴き声と共に、その火は俺の目の前にいたアマンダとマールへと軽やかに着弾した。


 ダメージはない。

 むしろその逆。

 脅威度が増している。


 綺麗な透き通る火が、アマンダとマールを包む。

 初めて見るが、これが魁の火アプリオリなのか。

 なるほど、火が着弾した途端に体力が回復しているように見える。

 傷が徐々に閉じていた。


 神聖種の固有能力による攻撃力の強化、及び傷の回復、エネルギーのチャージ。

 白い狐野郎は補助系の神聖種だと聞いている。

 もし、雪崩で不意打ちをしなかったら、街の悪魔全員にこの能力がいきわたってたとこだ。

 マリアの判断はやっぱり正しい。

 俺なんかが口出ししないで正解だ。


 「で、魔王様の応援をその身に受けて、どんな感想だ?」

 「最高だ。今なら出来ないことも出来る気がする」


 あ、興奮作用もあるのか。

 確か結構な数の能力をミックスさせてるんだっけか?

 ともかく、神聖種の相手は龍に乗ったマリアとシフィーだ。

 俺はこいつらに集中しなきゃな。


 「んじゃ、二回戦突入ってことで」


 こっちのセリフを待たずに、溶岩の波が襲ってくる。


 「殺ろうぜ」


 俺はそう言った。




 ---




 〜シフィー視点〜


 守り手ゴーレムと巨大な氷の分御霊クラルス イマーゴが両の手を振って、殴りあっていた。

 氷が砕け、岩が砕ける。

 だがその度に再生し、殴り合いを再開。

 これじゃあキリがない。

 けど、それでいい。


 私の隣にいるマリアさんは、黙って戦局を見守っている。

 あの人間を送り出してからずっと。

 そして、マリアさんの視線の先。

 ゴーレムの胸部。

 そこから一つの火が飛び出してきた。


 火の玉。

 あの火は知っている。

 多分、お母さまが邪険にしていた生き物によるもの。

 そして火が変化した。


 九本の尾。

 オオカミに似た鋭い目つき。

 純白の毛皮。

 こんな生物二つといない。

 魔王の神聖種だ。


 「シフィー。準備はいい?」

 「もちろん」


 久々の戦いだからか、緊張してきた。

 落ち着かなくちゃ。

 他の方々と違って、このポジションは命がけってわけじゃない。

 だからこそ、みなさん以上に頑張らなくちゃね。


 白色に光る狐が、コォンと遠吠えをする。

 九本の尾から火が放たれた。

 仲間の補助に特化した効果。


 「「シフィーお姉ちゃん! 私達のお城のあった所に、いっぱい悪魔が集まってる!」」


 ソフィーからの連絡。

 人間をゴーレム内部に送った後、スフィー、ソフィー、スーランは山頂の私達の住まう城へと即席の転移で送った。

 あの子達の役割は、山脈の監視。

 援軍の状況確認。

 そっか。

 もうなのね。

 あまり時間がないみたい。


 「「分かったわ。ありがとう」」


 マリアさんが返答する。

 この報告を聞いて、実際に対処するのはマリアさんの役割。

 私は彼女を守りながら、狐の相手。


 マリアさんの能力は強力だけど、本人は無防備に近い状態になる欠点がある。

 能力の運用次第では命を取られかねない。

 一番被弾が少ないポジションだって、この状況じゃあ何が起こるか予想もつかない。

 だからますます警戒しなくちゃいけない。


 神聖種の固有能力は聖鳥フェニックス程味方を回復するわけじゃない。

 じわじわと気力、体力、エネルギーを自動で回復する、自然干渉系と身体干渉系が混ざった能力。

 大群がいて初めて大きな効果を発揮する火なのだ。

 その際身体機能なども上げてくれる、優れもの。


 こんなのを魔王の側近に装備させちゃったら、大変だろうな~、きついだろうな~とか他人事のように私は思ってた。

 けど、言葉の通り他人事で済ませる私でもない。


 私の働き次第で、ララさんとダゴラスさんの負担が減る。

 その為の貢献が出来る。

 ただし、うちブルちゃんを使ってだけども。


 「じゃあ行くわよ!」


 マリアさんみたいに能力で操れればいいんだけど、私にはそれは出来ない。

 けど、指示をしてあげればちゃんと理解してくれる。

 これは長年ブルちゃんを飼っていた家族の苦労の賜物。


 「全力でブレス!」


 命令に合わせて、ブルちゃんが口を開く。

 最大出力のアイスブレス。

 単純な攻撃だけど、出だしのスピードは速いし、攻撃範囲も広い。

 おまけに強い!

 私としては、開幕でケリをつけたかった。

 あまり長引かせたくないから。


 可視化された冷気が、広範囲に渡って展開される。

 けど、ブレスの核は一直線にナインテイルの方へ。


 よく見ると、相手の方も攻撃の準備は出来ていたみたいで、火炎放射の能力を行使。

 お互いの攻撃が真正面から衝突して、輪っか状の波紋を生む。

 こっちは全力の攻撃でやってるのに、押し通せない。

 押されてもいない。

 両者の力が拮抗していた。


 「えっ……!?」


 ブレス同士がぶつかって、その中心に大きな力のわだかまりが出来る。

 それは一気に膨れ上がって。

 目の前で、猛烈な爆発が起こった。


 「きゃっ!?」


 悲鳴。

 平衡感覚が分からなくなって、目の前も真っ赤になる。

 本気で危ないと感じて、とっさに私が持っている魔具を使って結界を張る。

 私とマリアさんを密閉。

 無我夢中だ。


 「いった……」


 少し腕に火傷を負った。

 ヒリヒリして痛い。

 真っ赤に腫れている。

 でも、治癒能力を使えば何とかなる。

 今はそんなことよりも……


 私は結界ごしから目の前を見る。

 まだ連続爆発が続いていた。

 衝撃が凄まじい。

 

 そんな中で、ブルちゃんは私の命令に従って、まだブレスを吐いてくれていた。

 相手も火炎放射は継続中。

 よって、爆発はまだまだ勢いを増している。


 結界がピキピキ悲鳴を上げている。

 慌てて補強に入る。

 両手を結界に直接当てて、エネルギーを注ぎ込む。


 「うっ!!」


 外の環境が苛烈なせいで、能力の行使にどんどんエネルギーが吸い取られていく。

 これは、長くは持たない。

 ガリガリと私のエネルギーがなくなっていく。


 「まだ、終わらないの!?」


 ブレス攻撃と爆発はまだ終わっていない。

 ここで結界を解いたら、マリアさんごと私は死んでしまう。

 でも、でも……


 「もう無……理っ!!」


 元々私は戦闘向きじゃない。

 お母さまみたいに、勇猛に戦えないのだ。

 もし、私に力があったら。

 本当にそう思う。


 でも、無理。

 力が足りないからブルちゃんに乗ってるのに。

 ごめん、お母さま。

 私、あっという間にやられちゃった。


 その後私の全身は、連鎖する無慈悲の爆風に包まれた。

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