第97話 大災害6~ゴーレム~

 ウルファンスの能力によって、殆ど凍結されたグリード城。

 だが、壊れたわけじゃない。

 凍っただけだ。


 これが肉体であれば、どうしようもない。

 が、これは無機物に限りなく近い魔物だった。


 意思はなく、誰かの意志によって駆動する。

 まるで機械だ。

 その体に生命の息吹を感じることは全くなく。

 だがしかし、それはれっきとした魔物なのだという。


 雪原の中から巨大な手が出てくる。

 一本の腕、五本の指。

 ただし、鉄と岩で構成されている。


 その手のひらは、広げただけで住宅を一件まるまる覆い隠すだろう。

 巨大なのだから、力もある。

 力があれば、俺らの脅威だ。

 だが、ここまで大きい魔物を倒せるのか?

 疑ってしまう。


 護りゴーレムはもう片方の手も雪原から出すと、思いっきり両手を地面へ叩きつける。

 衝撃が伝わってくる

 

 両手を使って、ズルズルと自身の体を埋まっていた地面から抜いていく。

 頭部、及び胴体はあのグリード城だ。

 ああ、あれこそがゴーレムだったのか。


 城を封印していたウルファンスの氷を、バキバキと砕く。

 氷がまるで邪魔にもなっていない。


 足が出てきた。

 大きい足が。

 二本足で直立する。


 ゴーレムと上空にいる俺達の距離が近付く。

 全長何メートルだ?

 コイツが手を伸ばせば、俺達にも攻撃が届く気がする。


 山脈側にあった防護壁が、おおよそ魔物の胸の位置。

 四十メートルを超えている。


 普通、あんな質量の物体が直立出来る道理はない。

 自重で立てないはずだ。

 なのに、悠然とそこに立っていた。

 

 大魔石の位置は変わらず。

 あのでかい魔物の頭上……グリード上の頂上部分に設置されていた。


 俺の目標物。

 あれを取れれば……

 突如、ゴーレムは俺達に向かって腕を一振りする。


 「ぐっ……!!」


 腕の通過した軌道から、猛烈な風が襲ってくる。

 暴風だ。

 能力どうこうの話じゃない。

 どう見ても、個人で戦えるものではなかった。


 「大丈夫よ」


 肩をマリアさんにポンと叩かれる。

 安心させるかのように。


 「まあ、見てなさい」


 ウルファンスの方を見てみる。

 彼女は笑っていた。

 普通の笑みじゃない。

 殺人鬼の笑みだ。

 狂人。


 「「せいぜい巻き込まれないように、注意してなさいな」」


 ウルファンスの頭上に、青い霧が発生した。

 薄い霧。

 だが、時間の経過と共に濃くなっていく。


 水色が青へ、青が紺色へ。

 絵の具が濃くなっていくように。

 その霧が凝縮して彼女を包んだかと思うと、次の瞬間それは一気に膨張した。

 透明度の高い氷となって。


 キンキンと金属音のような、おおよそ氷が発するとは思えない音が聞こえてくる。

 まず、巨大な悪魔の顔が形成された。

 顔の部分から首が伸び、そこから上半身が生える。

 上半身から氷柱が重なるようにして両腕、下半身と成長を続けていく。

 そして、終わった。


 「凄い……」


 そう。

 巨大なゴーレムの目の前には、同等サイズの氷の分御霊クラルス イマーゴがいた。

 透明度が高いので、分厚くても向こう側が透けて見渡せる。

 それでも容易にその氷像を視認出来るのは、内部の光の屈折があるためだ。

 キラキラと輝き、その姿はダイアモンドを連想させる。


 「はは、まるで怪獣映画みたいですね」


 思わず軽く笑ってしまう。

 ……笑えない笑いだった。


 俺の冗談に、マリアさんが軽く笑う。

 ウルファンスにこんな切り札とは……。

 しかし、エネルギーの枯渇の心配はしなくていいのか?

 ウルファンスが能力を使いすぎているように見える。

 でも、彼女は余裕の表情だし……

 ダゴラスさんと同じく、エネルギーの保有量が膨大なのだろうか?


 「「来るわよ」」


 マリアさんのテレパシーで、ハッと我に返る。

 赤い光がまた視界に映ったのも理由の一つだ。

 光の元を辿ってみる。

 ゴーレムの右肩と左肩、そして頭上に一人ずつ強そうな悪魔がいた。


 右肩に乗っかっている悪魔。

 その悪魔はゴリゴリの筋肉質な女だった。

 肩に輪っかの形をした大きな剣?を持っている。

 赤色の刀身。

 どう見ても魔剣である。


 左肩に乗っている悪魔。

 銀騎士のような甲冑を全身に着込んでいる。

 ただし、甲冑の色は黒。

 背にはダゴラスさんの大剣に匹敵する程の大きな剣があった。

 それも刀身が赤い色に染まっている。


 魔物の頭上。

 大魔石のすぐ横に立っている一人の悪魔。

 見た目は男の老人だ。

 そいつは杖を持っている。

 木をそのまま削り出したような簡素なもの。

 先端には魔石と思わしき綺麗な石が固定されている。

 指輪物語に登場する魔法使いが持っていそうな感じだ。


 と、その老いた悪魔がいきなりノーモーションで周囲から莫大な炎の塊を発生させる。

 いや、炎の塊と言うよりかは……


 「溶岩か……」

 「固有能力者のマールよ。側近の中で最も強く、なおかつウルファンスと相性が悪い相手」


 マリアさんの説明が入る。

 あいつが一番強い。

 ってことは……


 複数の浮遊した溶岩が、風の能力によって唐突に真っ二つにされた。

 ダゴラスさんによるものだ。


 急加速して杖を持った悪魔へ迫り、剣を振る。

 だが、黒い甲冑を着た悪魔に剣を遮られる。

 剣同士の接触する鈍い音がして、その鉄塊のような剣は弾かれてしまった。

 ダゴラスさんは距離を取る。


 「力強えぇな」

 「当たり前だ! 私を誰だと思っている」

 「お前は知らねぇよ」


 そんなダゴラスさんと、黒甲冑を着込んだ性別不詳の悪魔によるやり取り。

 結果、目の前にはアマンダとマールが。

 二人の固有能力者。


 マールは岩と火の能力を使って熔岩を作る、遠距離環境破壊型の悪魔。

 アマンダは身体成長能力である恵よベオークの能力と、火の能力を同時に扱う近距離殲滅型の悪魔。

 どちらもかなり強いとのこと。

 ララでも二人がかりでこられると、勝てない確率の方が高くなる。

 だから、ここでダゴラスさんが出た。


 今出てきた三人は火の能力を扱える連中だ。

 氷は火に弱い。

 コイツらにウルファンスの邪魔をさせるわけにはいかない。

 その為のダゴラスさんだった。


 「うおおおおお!!!!」


 アマンダが吠える。

 すると、見る見るうちに大剣が大きくなり始めた。

 体ではなく、剣だ。

 元々ダゴラスさんの大剣と同等の大きさだったのに、それを遥かに超える形状へと成長?していく。


 大剣に付加されていた能力は、身体干渉系能力とは聞かされていたが……

 まさか、剣がそのまま身体同様に成長するとは思わなかった。

 アマンダの大剣は、十五メートル程で成長を止めた。

 大きすぎる。

 人の手には余る剣。

 それを片手で、黒甲冑を着たアマンダは悠々と持っていた。


 腕力強化をしなければ、こんな馬鹿げた大きさの大剣は持てまい。

 複数の能力を行使しているのだろう。

 やはり手練れだ。


 突如、ビルぐらいの大きさの大剣が燃えた。

 ゴウゴウと。

 あれは近付きがたい。

 もう既に、佇まいからして修羅のようだった。


 「お見事」


 それを目の前にしても軽口を叩ける辺り、ダゴラスさんは色々とやばい。

 どっかのデビルハンターのようである。

 彼は自身の背丈程もある魔剣を構える。

 いつもの体勢。

 攻撃を待ち構えるようなポーズ。

 攻撃を誘っているかのようだ。


 「ラースの英雄と戦える日が来るとはな、嬉しいやら恐ろしいやら」

 「英雄なんかじゃねぇよ。うだうだいいからさっさと来い」

 「……おっしゃる通りだ」


 言ってアマンダは、ゴーレムの肩から跳躍する。

 両者の剣がぶつかる。

 巨大すぎる大剣と大きな大剣。

 視覚的には、ダゴラスさんが押されるような構図。

 なのに、両者の力は拮抗していた。


 「始まりの火よケナズ・スピーリトゥス!」


 巨大な刀身に荒れ狂う火が付与される。

 あの老騎士じいさんと同じものを感じる。


 「こっちもいくかね」


 アマンダの背後で、複数の熔岩を作り出したマールが杖を振る。

 赤色の軌跡を描いて、溶岩が一気にダゴラスさんを襲う。

 仲間を道ずれに?


 巨大な大剣に溶岩が接触し、アマンダの炎が爆発を起こす。

 二重の大爆発。

 転移の光以上の閃光が俺達を襲う。


 「ぐうっ!」


 龍の背に乗って滞空している俺達にも衝撃が伝わってくる。

 それだけ規模の大きい爆発。

 アマンダは死んだか?

 しかし見ると、肩には誰も乗っかっていない。

 吹き飛ばされたのか。

 いや、違う。

 遠くへ飛んで、戦っていた。


 ララは残った悪魔のエラと交戦。

 ダゴラスさんは、アマンダとマールを交戦。

 爆発は戦闘開始の狼煙に過ぎなかった。


 「今よ!!」


 爆風が襲う中、マリアさんが大声で叫ぶ。

 そう、今だった。

 タイミング的には絶好と言える。


 龍の口には、あらかじめ仕掛けを施してある。

 その仕掛けを解いて、シフィーは命じる。

 龍の息吹……ありったけのドラゴンブレスを。

 同時に、ドリルのような形状をした二メートルほどの大きな氷塊を生成。


 ブレスで作られた青く可視化された風が、一直線にゴーレムへと伸びる。

 その風に乗って、氷がぐんぐん速度を上げて直進。

 そして、着弾した。


 ゴーレムに着弾した部分から、ガリガリとドリルのように削っていく。

 やがて、コンッとゴーレムの中から音が聞こえた。

 物が落ちる音。

 こんなに離れていても微かに聞こえたのは、強化した耳によるものだ。

 通常の人間の可聴範囲では一切聞こえまい。


 「届いたわ! 転移魔石を用意して!」


 マリアさんの言葉に反応して、俺はすぐにポケットから転移の魔石を用意する。

 エネルギーはもうすでに入れてある。

 すぐにいつでも飛べる。

 俺の転移先。

 ゴーレム、グリード城内部へ。


 魔王を殺す。

 手が空いている俺が行くしかいない。

 俺が殺すしかない。


 この戦闘で、敵が手を離せないうちに。

 援軍がこないうちに。

 俺がこの手でけりをつけなければいけない。

 やるしかないのだ。


 覚悟を決めろ。

 ここからは一人だ。


 戦う手段を得た。

 戦う方法も短期間だが学んできた。


 傍観者から抜け出て、俺も実行する。

 非道の行いを。


 何回も葛藤してきた。

 自分の為に相手を殺すこと。

 自分がいる為に争いが起きること。


 俺がいなければ、死なずに済んだ命がいくつあったことだろう。

 けど、俺は進み続ける。


 どこまでも自分勝手な人。

 エゴイストだ。


 けど、それを受け入れてなお、しなければいけないことがある気がする。

 使命感のようなもの。

 確信はない。

 けど、心の中にそういったものを感じる。


 自分を強化するたびに、新しい感情に目覚める。

 前世が関係しているのか、それは分からない。


 でも、そのかわり力はみなぎっている。

 悪魔を倒せる力。

 そして精神。

 それが背中に背負っている武器から流れてくる。


 なら、大丈夫。

 行こう。


 手に魔石を握る。

 力を込めて。

 すると、眩しい光が手の中からあふれてきた。


 光が集まってきているのだ。

 光の召喚。

 転移の正体。

 俺を運んで行ってもらおうじゃないか。


 俺の体が光へと置き換わっていく。

 その時。


 「行ってらっしゃい。しっかり自分を取り戻してきなさい」


 強烈な爆風の中で、優しい声が俺に届いた。


「……行ってきます」


 瞬間、俺は光に包まれた。

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