第95話 大災害4~精鋭隊~

 グリード領の魔王、アモン・マモンを守った十人の悪魔達。

 そいつらは、精鋭隊と呼ばれる集団に属している悪魔だ。


 街の治安を維持し、世界の均衡を守る。

 ラース騎士団と違うのは、精鋭隊と名がつくだけあって、十人しか構成員が存在しないこと。

 人数は極少ないが、とても強力な力を持っている。

 七十二柱こそいないが、集団戦力で見れば、ウルファンスの抑止力として存在するには十分なものだった。


 「外道共を皆殺しにしろ!!!」


 魔王が叫ぶ。

 一気に表情を豹変させて。

 同時に、十人の悪魔達が行動を起こした。


 半数の五人はその場で大量の火の豪球を放つ。

 それは砲撃のように、直線状にいるウルファンスへ放たれている。

 残りの半数はダゴラスさんとララの方へ。


 「ちっさい火だこと」


 能力を唱えることもなく、ウルファンスは地面から巨大な氷壁を出現させる。

 氷洞穴で見た、あの氷壁だ。

 無数の火球が全てその壁に遮られ、大量の水蒸気を発生させる。

 それは霧のように広がって、彼女と敵をあっという間に包む。


 「氷の分御霊クラルス イマーゴ


 霧に紛れながら彼女は言う。

 すると、霧からパキパキと微かな音が聞こえた。

 あの技は見たことがある。

 氷の分身を作ってるんだ。

 恐らく、固有能力。

 何と何を混ぜたらあんな能力になるのかは分からないが……


 突如、霧の中で戦闘音が数か所から聞こえた。

 火花が散り、火が舞う。


 「半数私がなぶり殺しにしておくから、あんた達もやっちゃいなさいな!」

 「もちろん」


 ララが応える。

 すでに彼女も戦闘に入っていた。


 二人の敵が、ララから少し距離をあけて取り囲むようにまわっていた。

 一向に攻撃は仕掛けないが、隙も見せない。


 ララはその動きを眼だけで追っている。

 お互いが隙を伺っている。

 その時、ララが二人の内の一人に向かって斬りかかる。

 動きは二人以上に速い。

 敵の悪魔は跳躍し、上空へ逃れる。


 不用意な上昇。

 空中では動けない。

 風の能力がない限り。

 鳥ではないのだから。


 ララは風の能力を剣に宿す。

 能力の発動時間が今までで一番速い。

 剣を振る動作と同時に行われた、剣先のリーチの増大。

 それは軽く、五メートルは跳んだ悪魔を胴体から真っ二つに斬り裂いた。


 横からもう一人の悪魔が迫っていた。

 至近距離から、強化されたであろう拳をララに向かって突き出す。

 剣に対して徒手はいかにも分が悪い。

 リーチの差があるからだ。

 だが、至近距離から相手に密着してしまえば話は別だ。

 長物は密着した相手にうまく振れない。

 徒手空拳の強みでもある。

 必然、敵はララの懐へ……


 「甘い!」


 瞬時に悪魔の拳は手首から切断される。

 風の能力を剣を持たない手に纏わせ、手刀の形へ。

 切断力の強化。

 それは自身の手も対象内だった。


 拳の切断にパニックになることなく、相手は冷静に後ろへ距離を取る。

 強靭な精神力。

 が、すぐ真後ろには結界が施されていた。

 背中からドンッと勢いよくぶつかり、移動が止まった。

 その隙を見逃すわけもない。

 ララは自身の張った結界ごと悪魔の首を剣で切断した。

 闘志を宿らせた目は、頭部ごと雪へゴロゴロと転がっていく。

 血を吹き出しながら。


 ……ん強い。

 吸血鬼化。

 これがララの本気か。


 速度の上昇。

 更に鋭利化した火力。


 ララの場合、相手が攻撃を仕掛けた後でも先制攻撃が成立する。

 無茶苦茶な攻撃速度であるからだ。

 グリードの先鋭隊を圧倒している。


 「俺も負けてられないな」


 一方のダゴラスさんも戦っていた。

 目立たない巨大な大剣を持って。


 大剣自体は視界に入る。

 が、意識的には認識されない。

 気がそらされるのだ。


 認識には優先順位がある。

 何が認識する必要性のあるものなのか。

 認識する必要があるのか、ないのか。

 生物はそれを瞬間的に脳で判別している。

 それを狂わすような何か。

 ダゴラスさんの魔剣の特性だ。


 ダゴラスさんの周りには、ララの時と同じように悪魔が様子を窺うように周囲を回っている。

 強者が強者を警戒している図。

 

 「力の炎よケン・マトラス!」


 ダゴラスさんが能力を唱え、大剣を持っていない方の手が燃える。

 火の球じゃない。

 拳がそのまま火に包まれていた。


 「どっからでもかかってこいよ」


 その言葉に反応したか、悪魔の内の一人が剣を持って接近する。

 足は速い。

 あらかじめ脚力を強化しているんだろう。

 その接近をサポートするかのように、残りの二人も懐から何かを取り出し、ダゴラスさんに投げつけた。


 あれは……ダガーだ。

 刺すこと、投げることに適したナイフ。

 刃の面積が小さいから、急所を狙わないと効果的ではない。

 だが、その分携帯可能数は多い。

 予想通り、続けて何本もダガーが二人から投げつけられる。


 「ふっ」


 初撃で投げつけられたダガーの柄を燃えた手で直接つかみ取る。

 抜群の反応速度だ。

 つかみ取った刹那、悪魔がダゴラスさんの胴体めがけて剣を振るう。


 大剣を盾のように構えて、それを防ぐ。

 大剣を意識出来ないが為に、攻撃が防がれたことに対して悪魔は驚く。

 剣を持った悪魔を大剣で押し出すと、片手に持ったダガーをそのまま投げつける。

 しかし、悪魔は冷静にそのダガーを剣で弾く。

 流石に手練れである。


 周りから迫るダガーを大剣で防ぎつつ、ダゴラスさんは剣を持った悪魔に接近。

 燃えた拳を相手の顔面に向かって突き出す。

 ただ、殴るためのパンチ。

 しかし、威圧感があり、明らかにそれは殺傷力を持っていて……


 「守りよオセル!」


 悪魔の誰かが能力を唱えた。

 結界が拳の目の前で、盾状に展開される。


 「んなもんで防げると思ってるのか?」


 拳は結界を突き抜け、悪魔の顔面に叩き込まれた。

 顔の表皮が焼かれ、体ごと数十メートル吹っ飛ばされる。

 首があらぬ方向に曲がっていた。

 恐らく、即死だ。


 ダゴラスさんは弾かれて落ちていたダガーを拾う。

 そのままダガーを敵に投げつけた。


 周りの連中が投擲したダガーの速度よりも、数段速い。

 一人が攻撃を見極め、かわす。

 回避した先には、鉄塊のような大剣が横に回転しながら直前まで迫っていた。

 ダゴラスさんが、ダガーを投げた直後に大剣を続けて投げたのだ。

 気が付いたのは、その巨大な刃が勢いよく胸に突き刺さった後のこと。


 真っ直ぐ敵に走り、ダゴラスさんは大剣を抜き取る。

 血と肉で生々しく魔剣は光るが、それでも存在感はまるでない。

 魔剣を肩へトントンと乗せて、余裕の笑みを浮かべる。


 「お前は、強いな?」

 「……」


 敵は何も答えない。

 戦闘中の会話は死を招く。

 それでも話す奴は、馬鹿な奴か……強者か。


 最後に残った一人は、バラバラと手元のダガーを捨てる。

 背中に背負ていた大きな武器……アックスを両手に持った。


 「大いなる腕よソーン・マグナス!!」


 敵が唱えて、腕が一回りも二回りも膨張する。

 筋力強化。

 熟練者になると、ここまで筋肉が増大するらしい。


 「そのアックス、土壁厳凱だろ」

 「……」

 「豪壌の腕、ベハール。有名な奴がでてきたなぁ!」

 「だからどうした!!」


 いきなり叫んで、胴体程もあるアックスを雪の積もった地面に叩きつける。

 その衝撃で、雪が吹き飛び、下にあった地面が縦に大きくめくりあがって、地割れを起こす。

 一軒家が飲み込まれる程の規模だ。

 攻撃としては単調な類のものだ。

 地形変化の異常性からみるに、あれも魔具の一種なのだろう。


 「おらぁ!!」


 気合と共に、縦横無人にアックスを地面へ叩きつける。

 腕力が半端ではない。

 豪快に振り回し、叩きつけ、地面をめくりあがらせ、周囲を広大に破壊していく。


 ダゴラスさんは握ったダガーを敵に投げつけるが、振り回していたアックスに当たり砕けてしまう。

 鉄が砕ける、ってのは中々見れるものではない。

 触れただけで致命傷になりかねない。


 「ふむ」


 尚もダゴラスさんは平静を保ち、地割れをかわし続ける。

 地面はもう雪原から雪の舞う岩石地帯へと変貌を遂げていた。

 ウルファンスに比べると小規模とは言え、アックス一つでここまで地形を変貌させるとは……

 確かにコイツは強い。

 あらかた周囲の地形を破壊すると、ベハールと呼ばれた悪魔は武器の刀身を強く地面に突き立てて、言い放つ。


 「生えろぉ!!!」


 突如、割れた地面から鋭利な岩の柱が出現した。

 それは何本も直線に伸びて、ダゴラスさんまで迫ってくる。

 地面がめくれている領域全てだ。


 「大いなる風よラド・マグナス


 ララと同じ要領で、ダゴラスさんは大剣に風をまとわせる。

 腰の辺りで、水平に静かに構える。

 大剣の周囲からは、キンキンと風の唸る音が遠くからでも響いてくる。

 そして、柱が目の前まで生えてきたその瞬間。


 「ふっ!!!」


 横なぎに、大剣を振った。

 実に軽やかに。


 空気中の不純物ごと圧縮し、可視化出来るまでにした強化した風を大剣から一気に拡散させる。

 それは上空から見ると、半透明の三日月のようだ。

 鋭い斬撃は、岩の柱をズバズバ根元から斬り倒していく。

 地形が無茶苦茶だ。

 柱を斬られた影響で、ベハールにも岩の倒壊が迫る。


 「ふんっ!!」


 アックスをうちわのように大きく振る。

 ただの風圧で、柱は別の方向へと吹き飛んでいく。

 風の能力を使ったわけでもあるまいに……

 それは能力に匹敵する程の風圧だった。

 そして土煙と雪が舞い上がる。

 ……視界が塞がる。


 ベハールの上空から、マグナス級と思われる規模の炎弾が十数発落ちていた。

 ダゴラスさんが上に向かって撃った炎だ。

 当の本人は粉塵の影響で視界が悪く、どこにいるか分からない。


 ベハールは倒壊した土の柱の下から、新しく数本の土の柱を生やす。

 それは落下している炎弾まで届き、接触する。

 接触したそばから大爆発が起きた。

 爆風が空を飛んでいる俺達にまで届く。


 「むっ!!!」


 ベハールが素早く土煙の流れに反応する。

 煙はすぐに空気の流れに影響を受ける。

 従って、相手の接近も判断出来る。


 後方へ振り向き、アックスで斬り付ける。

 だが、それはダガーだった。

 回転しながらこっちに飛んできたのだ。

 それを難なく叩き落す。

 今度は数か所同時に空気の流れに変化が起きる。

 これは……


 「ちぃ!!」


 全て、投擲されたダガ―だった。

 ベハールはダガーを叩き落していく。

 大きな武器を扱っている癖に、動きが機敏だ。

 筋力強化に加え、武器自体も相当扱い慣れている。

 殆ど無駄がない。


 「ぐっ……!?」


 生々しい音が聞こえた。

 肉の切れる音。

 ベハールの腹部に、ダゴラスさんの大剣が深々と突き刺さっていた。


 投げられた、存在感のない大剣。

 無数のダガーの中に混じっていたのが、俺視点ではよく分かった。

 

 「ううっ……」


 苦しそうに膝を付く。

 流石に、あの大剣の存在は感知出来なかったか。


 土煙が霧散する。

 決着はついたようだった。


 「ぐあっ……」


 呻きながらベハールは手に何かを握る。

 瞬間、ベハールは赤い光に包まれる。


 「転移か!」


 そう判断して、ベハールへ矢のようなスピードで接近する。

 だが、着いた時には眩い赤色の光は収束していた。

 ……逃げられたか。


 これで残るは、五人のみ。

 俺はウルファンスの方を見てみる。


 「あら、大したことなかったわね」


 残った悪魔五人は、全員全身を氷漬けにされていた。

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