第94話 大災害3~グリードの魔王~
「あははははははははははははっっ!!!!」
ああ、死んでいく。
悪魔達が死んでいく。
空中要塞の時と同じだ。
みんな、どこかへ行ってしまう。
ウルファンスの笑い声。
街から聞こえる微かな悲鳴。
全部不快だ。
他者の筈なのに、罪悪感に押しつぶされそうだ。
自分の重さに、殺した相手の重さが加わる。
自重が増えていくと、やがて自身の体を支えられなくなっていく。
心が重いと、体も動かせない。
だが、今の俺には、目の前で何人の悪魔が死んでいるのかなんて、分かりはしない。
数が多すぎるから。
殺した数を自覚出来ない。
逆に良いかもしれない。
殺した正確な数なんて、知りたくもない。
知れば、俺は動けない。
恨まれているだろう。
復讐したいだろう。
希望を持ちたかっただろう。
殺した悪魔達が何を思っていたのか、想像するだけでこの有様だ。
「「……順調ですね」」
ララからのテレパシー。
みんなは頷いたり、相槌を入れて思い思いに反応していた。
共通しているのは、落ち着きがあること。
……平常心なのだ。
殺し慣れているのか?
或いは、そうした感情をそもそも持ち合わせていないのか?
はたまたみんなが悪魔だからか?
今は考えたくない。
防護壁は雪崩の勢いに負けて倒壊する。
ウルファンスの呪いの一撃を一身に受けて。
結界は粉々だ。
コピー用紙に砲弾を撃ち込むようなものなのだから、不思議でも何でもない。
周囲の外壁を津波のように軽々超え、街に侵入していく。
俺は目をそらした。
悪魔はどうなっただろうか?
結界を張って抵抗しているだろうか?
避難場所に逃げているのだろうか?
でもきっと、死んでいくのだろう。
雪崩に飲み込まれた直後は、まだ生きている奴もいるだろう。
だけど、救い出せるのか?
この雪崩から。
……無理だ。
みんな死ぬ。
死ぬ死ぬ死ぬ。
命の尊さなんて関係ない。
街の建築物は、二階建ての低い住居が大半を占める。
雪崩の高さは数倍以上。
その中で唯一、完全には飲み込まれないであろう高さを誇る、グリード領象徴の城。
その頂上には大魔石が光輝いている。
街のライフライン。
最も守るべき宝。
最も守るべき物だけを残して、全てなくなるのだ。
どうしようもなく皮肉だった。
残酷だ。
そんなこと分かっている。
だって、そうするしかないもの。
仕方ない。
仕方ない……
……気が付くと、グリード街はもはやただの雪原と化していた。
---
「
「でも、やっぱり総出で攻撃した方がいいんじゃないの?」
「スーとソフィーにもサポートをしてもらうわ。追手の足止めが必要よ」
マリアさんと、シフィーの声が聞こえる。
近くなのに、遠くで聞いているようだ。
原因は分かっている。
俺の意識が、壊滅したグリード街に向けられていたからだ。
目の前には真っ白い雪原。
白く、何もない土地。
街の中で屈指の高さを誇っていたあの防護壁すらも、雪に埋もれて見えなかった。
街の中心地にある、魔王の居城以外は。
城はとんでもなく頑丈な結界に守られていた。
その結界の発動に比例して、大魔石の光が強くなっている。
そう、球状結界の形に沿って、雪原からその姿をまるまる俺達に見せつけていたのだ。
街の中で、唯一姿を残した建造物。
そこは、悪魔達でひしめいていた。
雪崩に巻き込まれた悪魔は大勢だ。
街で何気なく暮らしていた悪魔。
普通に暮らしていた悪魔。
そいつらには、殺す覚悟や殺される覚悟はあったのだろうか?
……でも、虐殺なんてそんなものだ。
嬉しさも、悲しさも、憎しみも、怒りも全部一緒くたにして散らす。
みな平等。
それが虐殺。
大量虐殺。
「生きている悪魔は……十分の一くらい、と言ったところかしら」
「分かるんですか」
「ええ、感じ取れる。雪崩に埋もれて存命している悪魔もいるけど、城に逃れた悪魔含めてじきに死ぬわ」
発言が恐ろしい。
それを無表情で語るところが、もっと恐ろしい。
いつもとは違う。
戦場ではみんな、こうも変わるのか。
「あまり殺した悪魔を意識しちゃダメよ」
「……はい」
「最初に確認したでしょ? 君の願いは何?」
俺の願い……
現世に帰ること。
ただ、それだけだ。
「目的を失ったら、自分も見失うわよ。……忘れないでね」
……分かってる。
でも、心はそれを割り切らせてはくれない。
「まだ終わってないんだからね。気を緩めないで」
そう、まだ終わっていない。
落ち着け。
大丈夫。
まだ大丈夫。
頑張れる。
頑張ろう。
「さて、と。敵方もこっちを攻撃したくてうずうずしてるわね」
「俺達を、殺したい?」
「そうね。じゃあ、続きを」
指示を受けて、青龍は口を大きく開ける。
氷の吐息。
停止の拡散。
氷の真髄は、物を保存させることにある。
それは時間の停止にも似ている。
通じる概念がそこにはある。
大技の準備。
残さず殺す為の準備。
「とっておきをお見舞いしてやるわよ」
笑いながら彼女は強く念じる。
殺すことを念じる。
「「ダゴラス、ララ」」
彼らをマリアさんは呼んだ。
従って、呼ばれた者達は、龍の背から舞い降りる。
遥か上空から、ダゴラスさんとララが降下。
二人が防護壁のあった場所……積雪へ着地する。
着地を苦ともしない。
強靭な体。
英雄と隊長。
二人のプロが、今戦おうとしている。
「「まずは、あの結界が邪魔ね」」
「「破ります」」
ララの姿は変わっていた。
姿はより狂気的に。
だが美しく。
本来の姿。
吸血鬼化だ。
城で話を聞きはしたが、あそこまで変わるものなのか。
吸血鬼としての本分。
ララは既に、戦闘の準備を整えていた。
だから、すぐに行動した。
吸血鬼のララは、結界に向かって駆ける。
スピードが速すぎるせいで、遠くからは点じゃなく線に見える。
数十秒もしないうちに、城を守っている結界の傍にたどり着く。
「「では」」
手に持っていた新たな緑色の魔剣。
それを腰に添えて、力を溜める。
限界で、放った。
バギンと割れるような音がこっちまで響く。
力を吸収するような音と、壊すような音。
結界に大きな亀裂が……
追い打ちをかけるように、ダゴラスさんの放った炎が何発も結界にぶち当たる。
そして結界は崩壊した。
聞きなれた結界の崩壊音。
その音と同時に、数名の手練れが武器を持ってララに襲い掛かってきた。
ララはとっさに後退する。
一歩が十数歩にも匹敵するその機動力は、襲ってきた手練れすらも置き去りにする。
直後、空からウルファンスとドラゴンの大技が城に向かって放たれていた。
「
ウルファンスの技の中で、最も広範囲の殲滅技。
これは結界も凍らせる死の滝。
滝の流れを青龍の青いブレスが加速させる。
冷気の濁流が、城全体を襲う形となった。
対抗手段は炎しかない。
それを手練れは熟知している。
手練れ全員が、炎の大きな球を両手に生成していた。
その火球を直接ぶつけるのではなく、拡散させて火炎放射のように放つ。
炎の加工。
マトラス系から可能な能力の形状変化。
規模の大きさから、マグナスぐらいの威力はあるだろう。
それらを束ね、龍のブレスにも匹敵する規模に変貌する。
だが、無情にもそれは無意味だった。
全て意味がない。
放った炎が途中で凍る。
炎自体が凍結する。
時間ごと閉じ込めて。
炎が凍るなど、物理的にあり得ない。
そもそも炎は物質ではないからだ。
法則を無視した現象が顕現する。
結果、炎を放った悪魔ごと凍結。
手練れ達が青の息吹に飲まれ、戦闘不能となった。
そのまま青い息吹は城の領域を侵食する。
少し遠くで凍結の一瞬を目撃した悪魔達が、次の瞬間には凍り付く。
特に、対抗手段を持たないまま。
二人か三人が結界を張って、ブレスを防ごうとする。
その後ろで五人が炎を張り巡らせる。
さらにその奥で女が子供を体を呈して守っている。
そして、それごと凍り付く。
みな凍る。
単純な話、対抗する手段なんて最初から存在しない。
そんな調子で青の息吹は、城をあっという間に取り囲み、全てを凍らしてしまった。
全てを飲み込んだ雪崩では城を壊せず。
ウルファンスと青龍の攻撃で、城はやっと時間を止める。
だが、それでも殺しきれない奴らがまだいた。
みんな言っていた。
生き残る悪魔は絶対にいる。
最有力候補も分かっている。
この災害後の状況で、俺たち以外の存在。
アモン・マモンに仕える、十人の悪魔達。
そう、あんな理不尽な攻撃の後でも、魔王を含めた十一人もの悪魔が生き残っていた。
……やっぱり知っていたな。
大魔石は凍らせない。
それがあらかじめ決められた俺達のルール。
大前提だ。
大魔石の周辺に結界を床状に張って、複数の強敵がその上に立っていた。
その表情は……鬼のようなものだった。
血涙を流さんばかりの怒り。
それだけのことを、俺達はしたのだ。
「「ここからが本番よ」」
マリアさんのテレパシーが全員に伝わる。
ここからが本番。
ここまではおよそ計画通り。
緊張感に包まれる。
相手は何もしてこない。
ただただ地表にいるダゴラスさんとララを睨んでいるだけだ。
だが、ずっとそうしているわけもなかった。
十一人の内の一人が前に出てくる。
……魔王だ。
あいつだけ雰囲気が違う。
強者のような威圧感のある気配ではなく、他者を掌握し、支配するような独特の空気。
いわゆるカリスマだった。
その姿は華奢な成人男性だった。
シルエットはだいぶ細い。
それに合わせたかのように、頭に生えている角も、細々としていた。
視力が悪いのか、眼鏡をかけている。
どちらかと言うと、知的なイメージの方が強く残る印象。
グリードの魔王、アモン・マモンはそんな魔王だった。
そして静かに口を開く。
白兵戦を得意とする、ラースの隊長と英雄に向かって。
「よくも、私達の街を壊しましたね」
「……」
「よくもこの街の住民を殺してくれましたね」
「……ああ」
ダゴラスさんが答える。
「私達はただ、街を守っていただけなのに」
「……そうだな」
「人間の手助けをしているのでしょう? 今、地獄を騒がせている大罪人を」
罪人。
あっちはそういう風に俺を捉えているんだな。
「ラースの魔王から、人間を殺すようにとの通達がだいぶ前から来ていました。警戒するようにとも」
「だろうなぁ」
「それがまさか、あなた達から仕掛けてこようとは……」
表情は憎悪に満ちている。
それでも務めて丁寧に話す。
それは、彼が魔王であるが故か。
「久しぶりね、堅物」
「……ウルファンス」
いつの間にかウルファンスがダゴラスさんの横に立って、挑発気味に話しかけていた。
慌てて横を見てみる。
ドラゴンの背から、ウルファンスが消えていた。
「馬鹿げた規模の雪崩を見た時点で気付きましたよ。貴方しかいないでしょうとね」
「ねぇ、街を全壊させられた感想はどう?」
「……その不快な口を今すぐ閉ざせ、害悪の権化が」
分かりやすすぎる挑発だった。
挑発することに意味はない。
彼女の、ただの自己満足だ。
挑発を聞いている十人の戦士達の視線に殺気が乗っている。
隠す気もないのだろう。
視線だけで、ガリガリとこちらの心が削られる。
「では、上空にいる人間と、お仲間全員を殺す前に、聞いておきましょうか」
「冥途の土産に、なんでもどうぞ?」
「私達の領地に来る予定だった悪魔が二名います。ラース領の騎士団隊長、リタ・ソコノーム。プライド領、守護団副団長、リンシャ・エムズワード。こちらへの到着がまだだったのですよ」
「で?」
「始末したのはあなた達ですか?」
その時、ゴワッと嫌な感じがした。
魔王の背後にいる、悪魔達の威圧。
物理的な接触はない筈なのに、本能的に警戒してしまう。
「隊長は殺した。苦しむやり方で。後のは知らない」
彼女はそう言い捨てた。
イライラをぶつけるように。
ダイレクトに。
言葉を飾らず。
「そうですか……聞けて良かった。消息不明のままでしたから、死んだのかどうかも分からないままは、ね?」
「これで満足?」
「あと、もう一つ。数日前に魔王の一人、アスモデウスが死亡しました。状況から、明らかな他殺です。それもあなた達がやったことで?」
「へぇ、そっか。死んだんだ。でもそれは知らない」
「はぁ、そうですか」
魔王はため息をつく。
大きな、大きなため息を。
そして。
「外道共を皆殺しにしろ!!!!」
戦闘が始まった。
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