第93話 大災害2~侵攻~

 自然界で発生する、雪崩の多くは表層雪崩だ。

 一度に大量の降雪が発生すると、積雪の弱層の上に積もる雪が重くなる。

 急な斜面の場合、弱層は支持力を失いやすくなり、雪崩が発生する可能性が非常に高くなる……と言うのが表層雪崩である。

 他にも色々な種類の雪崩があるが、比較的多く目にする雪山の雪崩がこれだろう。


 ウルファンス山脈でも、雪崩は頻繁に起こっていた。

 でも、今回ばかしは規模が違う。

 山の主であるウルファンスは、雪山の斜面全体に積もった雪を、全て街にぶつける気でいた。

 可能な限り、全てだ。


 グリード街の面積は全く大したことはない。

 山脈全体から雪を魔具で操作するため、ヴァチカン市国の面積(某ネズミの国ぐらいの広さに近い)ぐらいは軽く飲み込んでしまうだろう。

 人為的な大災害。

 それは大虐殺とも言えるだろう。

 俺達は今から、大虐殺を行うのだ。


 「防げるものなら防いでみなさいよぉぉ!!!」


 興奮。

 彼女は一瞬のうちに豹変した。


 醜さ。

 憎しみ。

 羨望。

 人の持っている感情とそれは変わらず。

 何故か悪魔が人の汚濁に近しいものを吐き出して、それは街を飲み込もうとしている。


 ……そんなに殺したかったのか?

 彼女は俺と違って、脱出の為だけにグリード街の悪魔達を殺そうとしているわけじゃない。

 逆だ。

 殺すことも目的の一つに入っている。


 絶好の機会だった?

 これが?

 ウルファンスの笑顔の狂気。


 俺は今のうちに気付くべきだったと思う。

 起こってからでは全て遅い。

 事態を予想する知能を持った生物であるにも関わらず、人は失敗から学ぶ生き物であるが故に。

 俺はきっと、間違いを何度も、何度も犯すのだ。


 「あははははははっ!!!!」


 笑う。

 轟音とかき混ざりながら、奇声が渦巻く。


 マリアさんは何も言わない。

 他のみんなもだ。


 巨大な雪崩は、順調に他の雪を巻き込みながら、下方へと下方へと転げ落ちていた。

 莫大な質量の雪は、さらに質量を増やして破壊力を増していく。

 そこが斜面である限り、止まらない。

 誰にも止められない。

 災害とは、生物にどうこうできるものではない。

 絶対的な現象なのだ。


 「来るわよ」


 ウルファンスの笑う隣で、マリアさんが声をかける。

 雪崩の向かう目標地点。

 その先には高くそびえたつ壁がある。


 「結界だ」


 壁の前方に、街を球状に守る巨大な結界が素早く出来上がった。

 透明なその結界がさらに赤く燃え上がる。

 深紅の壁。

 あらかじめ予期されていた事態だ。


 「シフィー、もうちょっと結界へよって頂戴」

 「オーケー」


 シフィーはウルファンスの使い魔である巨躯の魔物……青龍カエルラを操って、悪魔に察知されない程度に結界へ接近。

 マリアさんはそこで目を閉じる。

 彼女から伸びる、外界へと延長された感覚。


 「……見つけた」


 ニヤリとして、彼女は呟いた。


 「「ララ、壁の内側外側両方に一人ずつ固有能力者を確認。始末をお願い。場所は……」」

 「「こちらからも確認しました。問題ありません」」


 あらかじめ街の防壁内部に単独潜伏していたララが、テレパシーで応答して姿を現す。

 テレパシーでの会話は、仲間内全員に伝わるように事前に取り決めてある。

 全員の戦況を分かりやすくするためだ。

 マリアさんの指示を受けて、ララは走り出した。


 防壁の中層部分にある広い監視場。

 そこに、結界を維持している悪魔が一人いた。

 その悪魔を守るように傍で見守る警備兵らしき悪魔が二人。

 見た感じ、強そうだ。

 その目標に向かって、ララは一直線に走る。


 速い。

 とにかく速い。

 鎧を装備しているとは思えない。

 全快のララ。

 万全の状態がこれか。

 頼もしすぎるぞこのやろー。


 ララは外壁内部下層から、階段を使わず壁を垂直に蹴って監視場へ。

 一歩であっという間に中層へ到着した。

 着地点は悪魔達の丁度死角。

 まだ気付かれてはいない。


 「「処理します」」


 躊躇うことなく、ララは剣を抜いて悪魔へ突っ込んだ。

 一歩目で十メートルは離れていた警備兵の懐に入り、首を刎ねる。

 音もなく首を切断し、まだ気付いていない警備兵の元へ。

 無防備に晒している首を、流れ作業のように斬り落とす。

 次は結界を展開している悪魔だ。

 だが、流石にそいつは既にララの気配を感じ取って対処に当たっていた。


 ララが急ストップ。

 その場から、横に回避する。

 直後、彼女のいた場所に四方全てが密閉されたキューブ型の結界が出現する。

 そのキューブはメラメラと燃えていた。


 察知能力が桁外れだ。

 しかし、まず攻撃を察知出来ても体がついていかない。

 彼女の身体能力があってこそだ。


 ララは回避ついでに切断して転げ落ちていた警備兵の頭部を片手で掴む。

 それを固有能力者の方向へ、軽く中空に放り投げた。

 投げた直後、小さく能力を唱えて片手にボール程の大きさの火球を出現させた。

 一瞬、固有能力者の目線が投げられた頭部へ。

 視線が外れた隙を狙って、ララは火球を相手へ投げつける。


 相手の視線はすぐに火球攻撃を捉える。

 視線を巧みに操って、ララは中空にある頭部に向かって跳躍し、力を込めて相手へ蹴りつけた。


 二か所からの攻撃。

 固有能力者は頑丈そうな結界の壁を二つ同時に、攻撃を遮る形で出現させる。


 火球が結界に当たり爆発。

 爆炎で一瞬だけ視界が埋まる。

 目くらましだ。

 迅速にララは相手の後ろ側に回り込む。

 対処する間もなく、固有能力者の首はララの剣によって刎ねられた。


 敵の死亡を確認して、剣を鞘に納める。

 首を刎ねた剣は、血に汚れることなく緑色に輝いていた。


 迅速な処理。

 当たり前だ。

 雪崩の危険性は彼女にも等倍に降りかかろうとしている。


 「「終了しました」」

 「「了解。転移の陣を起動して、すぐに指定の配置へ飛んで頂戴」」

 「「分かりました」」

 

 マリアさんとララのテレパシーが、俺の頭の中まで届く。

 勝負が終わった。

 殆ど能力を使うことなく、しかも無傷だ。

 歴戦って感じだった。

 流石隊長格である。


 俺が空中要塞で隊長格のセスタを倒せたのが嘘みたいだ。

 アイツは俺と戦う前に、かなり体力が消耗していた。

 白兵戦を仕掛けて、俺が生き残れたことは奇跡に近い。

 俺は運がいい。

 改めてそう思う。

 

 「よし、結界の方は大丈夫そうね」


 見ると、赤く燃えていた結界が能力者の不足によってひび割れていく。

 街を覆う程でかい規模の結界だ。

 複数で固有能力を行使しないと、すぐにボロが出るだろう。

 ジェンガは、土台の抜きようによっては一本欠けただけであっという間に崩れ落ちる。


 魔王側もこんな規模の攻撃を予想してなんかいなかっただろう。

 ウルファンスが二百年も占有した土地を、手放すなんて。

 自身の居住地を、放棄するなんて。

 

 どうしようもない質量攻撃、というか災害。

 いくら大魔石のバックアップがあるからとは言え、街を覆う結界の出力は全て悪魔任せだ。

 展開可能な規模にはどうしても限界がある。

 ルフェシヲラのような結界に特化した悪魔がいない限り、この災害は止められない。

 マリアさんはそう予想していた。


 他に強大な悪魔が出張る様子もない。

 運命干渉系能力者がいるわけでもない。

 止められない。


 「あはははは!! ララァ、退きなさいよ!! 全部潰すからさぁ!!!」


 ウルファンスの狂った叫び声に、マリアさんの表情が歪む。


 「「らしいから、早く退避しなさい。本気で巻き込まれるわよ」」

 「「……了解」」


 上から迫る雪崩をしり目に、ララは洋紙のような物とキラキラ光る石を懐からだす。

 転移の陣が書かれたスクロールと魔石だ。


 赤色の光がこちらまで届く。

 ララが転移したのだ。

 入れ替わりのような形で、監視場に別の警備兵達がゾロゾロとやってくる。

 タッチの差だ。

 まあ、ララならこんな奴ら簡単に全滅出来るのだろうが。

 その内の一人が、こちらに視線を向ける。


 「あっちの悪魔、俺を見てますけど」

 「大丈夫。気付いてない。ソフィーが気配断ちの結界を張って、私がそれを補助してるから、まず気付かれない。ね、ソフィー?」

 「うん、おばちゃんの凄いもん。絶対見つかんないよ」


 二人の能力行使によって、青龍を含める上空の俺達は他の悪魔から察知されない。

 ソフィーが五感の視覚以外の察知を遮断。

 マリアさんが、能力行使により視線を俺達から無意識的に外す。

 だから、今も俺達は一切見つかっていない。

 こんな巨大なドラゴンが見つかっていないのは、ちょっと信じがたいことではあるが。


 「うん、ひと段落ね」


 もう地表に仲間は残っていない。

 敵が残るばかりだ。

 後は、雪崩が落ちるのをただ黙って見る。

 悪魔が死んでいく光景を見るだけ。


 スー君やソフィーも、一緒に青龍の背に乗っている。

 悪魔と言えど、まだ小さい子供だ。

 本当なら、こんな殺戮の現場に居合わせてはいけないはずだ。

 だが、マリアさんやウルファンスは、あえてここに連れてきた。

 七十二柱の子供。

 それはつまり……


 「覚悟はいい?」


 ポンッと肩に手が置かれる。

 あれ?

 俺は何を迷っている?

 悪魔をさんざ殺したくせに。

 もう、俺は戻れないのに。


 俺を殺そうとしてくる奴らだ。

 殺して何が悪い。

 そうさ。


 ほら、大丈夫。

 怖くない。


 「……もちろん」


 巨大な波の形をした雪崩は、街を守る防護壁を飲み込むように衝突した。

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