第6章 地獄篇 グリード領グリード街

第92話 大災害1~上空にて~

 「準備はいい?」

 「はいはい、後は崩すだけよ」

 「シフィー、私は魔具の制御に入るから、ブルちゃんの制御お願い」

 「了解、お母様」


 着々と準備が整っていく。

 俺はまだ何もしない。

 見守るだけだ。

 今は、まだ。


 「よし、準備いいわ。いつでもいける」

 「オーケー」


 どうやら準備が終わったみたいだった。

 今、俺達がいる場所。

 そこは、ウルファンス山脈の上空。

 みんな青龍カエルラの巨大な背に乗って飛行中である。

 雪山の麓の少し先にある、グリード領グリード街が全体に渡って一望出来る位置だった。


 街の周囲には、高い城壁のような壁が円形状に取り囲んでいる。

 壁は約二十メートル

 街と言うには規模が小さく、ヴァチカン市国よりは全然大きいが、と言った感じであった。

 雪山の方角にある壁は周囲の壁より約二倍ほど高くなっている。

 ウルファンスを警戒しているのが視覚的によく分かる。


 なにせ、ウルファンスがこの雪山に居を構えて二百年。

 その間膠着状態が続いていたのだ。

 そのくらいの対策くらいはするだろうさ。

 この街とウルファンスの関係について、本人に聞かなくてもある程度察せるというもの。

 彼女はただ黙って雪山と街を隔てる壁を憎々しげに眺めていた。


 「やっと、この日が来たのね」


 待望、といった感じだ。

 そりゃそうだろう。

 邪魔なものを、ようやく壊せるのだから。

 それを夢見た時間は、人間の感覚からするとあまりにも長い。


 「ウルファンス、思いっきりやってちょうだい」

 「もちろんだわ!」


 目がルンルンであった。


 「シフィー、スフィー、ソフィー! 見てなさい。あなた達の母の偉大さを!」

 「頑張れ~!」

 「一思いにやっちゃってください!」

 「お母さん、やっちゃえ~!」


 家族も応援していた。

 一家団結である。


 「じゃあ……」


 ウルファンスは目を閉じる。

 彼女の握っている魔具、久遠大雪渓がうっすらと光りだす。


 この魔具は、広範囲の地域に雪を降らし続けることを可能とする代物だ。

 莫大なエネルギーを元に、ひたすら効率よく雪を積もらせる。

 使用者の力量により、積雪量の加減も可能で、魔具がめいいっぱい稼働すれば雪嵐のような環境を作ることも出来る。

 ウルファンス山脈が、二百年も厳しい厳冬環境を保っていた原因の一つがこれだ。


 この魔具を放棄することは、自身の縄張りである雪山を捨てたも同然。

 全部失うことになる。

 彼女はそれでもいいと言った。

 だからここにいる。


 ……雪山から地響きが聞こえた。

 積雪は、ただ降り積もり、そして解けて消えるばかりではない。

 流れて落ちることもある。

 それは、ある時は災害と呼ばれた。


 質量は、命を押し流し、潰す。

 そこに慈悲はない。

 余地もない。


 「さようなら、命よ」


 その瞬間、魔具は光輝いて……大規模な雪崩を発生させた。



 ---



 「まず、大魔石を取るなら麓のグリード街からでしょ」


 ウルファンスが当然だと言わんばかりに提案した。


 「この山の近くに街があるのか」

 「グリード街って言うの。長い間あっちとは険悪な関係でね。力の均衡ってやつよ」


 険悪関係。

 てことは、二百年も?

 悪魔の寿命がいくら長くたって、それは……


 「街の規模は小さいですが、戦力は? 我々で攻めるには厳しいのでは?」


 ララの発言である。

 そうだ、言ってみれば街の戦力全てを敵に回すことになる。

 真正面から挑めば、どっかの無双ゲーみたいにはいかないだろう。

 数の暴力は超怖い。

 ララの発言に対して、ダゴラスさんが答える。


 「うーん、七十二柱がいるって話は聞かないが、手練れはまあいるだろう。」

 「炎熱系の能力を使う悪魔が多い、とどこかで聞いた覚えがあります」

 「コイツと力の均衡を保ってきたんだから、まあそりゃそうだろうな」


 ダゴラスさんはちらっとウルファンスに目を向ける。

 当然彼女が気が付かないわけがない。


 「おまけに、街を守る結界も火と順応するようにできてるわよ。私の氷結系の能力対策で」


 ウルファンスの補足であった。

 そうか、結界能力と属性能力が合わせることもできるのか。

 固有能力ってことだろう。


 「幾ら近場とは言え、守りは手堅い。敵も多い。侵攻にモタモタしてたら、救難のテレパシーで他の領土から増援が来るのは間違いなし。あの街にも転移の陣が敷かれてるわけだし? あ、言っとくけどヴァネールとは絶対に戦わないわよ。いくら命があっても足りないわー」


 ウルファンスの宣言。

 ヴァネールの扱う能力は火。

 反対に彼女の扱う能力は氷。

 某ゲームなら効果は抜群だ、であろう。


 「って言うか、お母様達はまず戦うこと前提で考えてるんですね」

 「それ以外にどんな方法があるっていうのよ、マイベイビー」

 「マイベイビーって。お母様、いつになくテンション高いですねぇ。まあほら、マリアさんの洗脳能力でみんな操るとか」

 「残念だけど無理だわ」


 本人のダメ出しが返ってきた。


 「私の洗脳は、無制限大量の悪魔を操れるわけじゃない。ちゃんと限界人数はあるし」

 「具体的には?」

 「相手にもよるけど、並みの悪魔なら千人。七十二柱なら十人ってとこかしら?」

 「千人!?」


 軍隊やんけ。

 規模が大きすぎですマリアさん。

 道理で空中要塞で大量の魔物を操ってたわけだ。

 中には操れていなかった魔物もいるけど。


 「ルフェシヲラのような結界使いだったり、精神抵抗の能力を備えていた場合は完全に洗脳は出来ないし、出来たとしても感情の誘導まで。魔物も大体似たようなものよ」

 「しかし、それで十分では? 街の内部のいんげんを操って、内乱を起こせば……」


 ララ案である。

 内容がえげつねぇ。

 同士討ちとか禁忌である。


 「実力者は、一般の悪魔や下級兵を無傷で無力化する方法くらいみんな心得てる。それに、あの街で精神抵抗の能力を持っている悪魔には何人か心当たりがあるし」

 「獲るなら頭ってわけだな」


 ダゴラスさんが話を纏める。

 いくら周りを抑えても、無意味ってことか。


 「頭と言えば、グリードの魔王は今どうしてるか知ってる? 私、長いこと会ってないのだけれども」


 みんなに目線を向けて言うマリアさん。

 事情を知っていそうな悪魔は、やはりウルファンスしかいない。

 一番近場に住んでる悪魔だもんな。


 「相も変わらず堅ったい奴よ。健在も健在。憎たらしいったらありゃしない」

 「グリードの魔王……? と言うか魔王って一人じゃなかったんですか?」

 「…」


 俺の質問だ。

 俺はラースのサタン以外に魔王がいるなんてことを、知らなかった。

 初耳だ。


 「マリア、あんたそんなことも教えてなかったの?」

 「あら? 大魔石が七つ必要なことは君に話したわよね?」

 「でも魔王が複数人いるってことは何も……」

 「あらあらあら」

 「あんた、やっぱ教えてないじゃないの」


 てへっとマリアさんはごまかした。

 こういう時はごまかすんスか。


 「七つの領土に、七つの大魔石。守護者として、魔王は七人存在します」


 ララが簡潔に教えてくれた。

 七人も魔王がいたのか。

 じゃあ、いよいよ七つの大罪やんけ。

 だって、サタンは原罪の悪魔の一だから。

 本当に人間世界とちょくちょく結びつくな、この世界は。


 「大魔石が採掘された地域に首都機能を持った『街』を作り、魔王が神聖種と共に守護する。現在は七つしか大魔石が発見されていないので七人の魔王のみとなっていますが、新しく大魔石が見つかれば新しい魔石の番人である魔王が定められます」

 「大魔石が見つかればそれを守護する魔王が……魔王が決まれば大魔石のある地を求める悪魔が住み着き、街の建造を始める。ライフラインが整い。転移の陣が敷かれ、他の地域から悪魔達と貿易が始まって、そうして街になっていく。大魔石は全ての要ってわけね」


 ララとマリアさんの丁寧な解説。

 とてもありがたい。


 「しかし、大魔石は古代記に七つ発掘されたきり。新し見つかる可能性はほぼゼロだな」

 「取り尽くしたってことですか?」

 「さあ、どうだろう? 今まで見つかってないってだけだし」


 見つからないんだろうな。

 新しく俺らで大魔石を掘ればいいんじゃね?とか思ったが、それは無理っぽい。

 アテもなさそうだしな。


 「まあ、結局は私の宿敵の魔王、アモン・マモンの城にある大魔石を奪う必要があるわけだけども」


 宿敵か、色々あったんだろうなぁ。

 多分、あんぱん男とばい菌男のようなライバルしてるぜ的な関係ではなく、もっとドロドロしたやつやろうな……


 「けどねぇ、あのクソマモンが結構なやり手なのよね」

 「……強いのか?」

 「全然。実力的にはラースの上級騎士程度なんじゃないの?」

 「でもやり手?」

 「魔王達って全員戦闘能力自体は大したことないのよ。問題なのは、忌々しい神聖種を使ってくるってこと」


 神聖種か。

 俺はユニコーンを思い出す。

 あの不可解な能力を持った聖馬だ。


 「固有能力を使うのか?」

 「使う種もいる。魔王アモンの神聖種は……説明しにくいけど、大勢の悪魔を一斉に強化するもの、みたいな感じに思ってくれたらいいわ」


 RPGで言うところのバフってことか?


 「マリアみたいにえぐい能力ではないけど、集団戦ではこの上なくめんどくさい能力だわ」

 「この世界じゃあまり優遇されない能力だが、今回は大きな障害に

なっちまってるな」


 黒い大剣をいじりながら、ダゴラスさんが返答する。

 ダゴラスさんが一番近接戦闘で強そうだし、その手のことは詳しいのではないだろうか?


 「だからもし戦闘に入った時、多数対少数の状況はなるべく作りたくはないわね」

 「でも、街の悪魔殆どが敵みたいなものなんだろ?」

 「作戦は……あるにはあるわ」

 「どんなよ?」


 ウルファンスの問い。

 マリアさんは淀みなく、予めこれを考えていたかのようにこう言った。


 「まず間違いなく、私達はロクな死に方をしない選択肢だけれどもね」

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