第85話 複数の魔物

 白色群衆アルブス パルウス

 常に集団で行動する、珍しいタイプの魔物。


 通常、魔物は群れない。

 喰い合いが発生するからだ。

 しかし、この魔物は共食いをすることはない。

 複数で構成される一頭の魔物だからだ。


 群れる魔物の分類その一……パラサイトタイプ。

 その名の通り、相手の体に寄生するタイプの魔物だ。

 昆虫型の魔物がこの分類に属していることが多く、時には自分の触手を使って複数の魔物を同時に操る奴もいる。

 故に、結果的に群れていると見なされるわけだ。

 本質的には一頭とカウントされるわけではあるが。


 パラサイトタイプは、寄生先の肉体から力を徐々に奪い取り、吸い尽くすと他の寄生先へ移動する。

 方法は様々で、他の生物に食べられることで寄生したり、自身の種子や卵を産み付ける魔物もいたりする。

 個人的には極めて気持ち悪い話ではあるが、こと自然界においては寄生するという行為自体は珍しくもなんともない。

 自然界を生き残り、自身が繁殖する為の一種の知恵であるからだ。


 群れる魔物の分類その二……スプリットタイプ。

 自身の体を分散させるタイプの魔物で、周囲の索敵範囲を広げ、効率よく獲物を探したり、即時連携して攻撃を仕掛けたりする。

 よくRPGなんかで見るようなスライムなどの粘性生物だったり、ガス状生命体など該当する魔物は様々だ。


 アルブス パルウスもスプリットタイプに含まれていて、集団でありながらも、一頭の個体として成立している。

 分裂している一頭一頭の個体に戦闘力はさほどない。

 単体であれば、楽に倒せるだろう。

 しかし、分裂するのだから、まあ合体もする。

 合体すると、まあ一気に戦闘力が増すそうで、そうなると俺らでは対処しきれないかも、だそうだ。


 打撃攻撃や切断攻撃などの物理ダメージは体を切り離して対処するので、あまり効果がない。

 使うのなら、やはり能力だ。

 雪山に住む魔物は大概火に弱く、この魔物も例外ではない。


 スフィーとソフィーは火の能力を扱えず、今のところ俺の持つ無銘の魔剣のみが有効手段らしい。

 しかし、手持ちの魔石はもうエネルギー切れだ。

 彼女達もクズ魔石しか持ち合わせていない。

 実質この小さな魔剣は、ただの剣になってしまったってことだ。


 つまり、スフィーが言っていたこの魔物がヤバイというのは、俺達にはコイツを倒し切れる手段がないからヤバイということを言っていたのだ。

 火さえ使えれば、そこまで苦戦する相手ではない。

 火さえ使えれば、だが。


 仮に戦闘をしないで、無理矢理逃げたとしよう。

 まず、逃走中に魔物に見つからずに先へ進むことは期待出来ないので、逃走したとしても魔物に追われながらとなるだろう。

 そうなると、連鎖的に魔物に発見されることになるから、もうこれはギャンブル感覚で脱出することになる。

 出来れば俺も彼女達も、そんな運任せに命を賭けたくはない。

 なんちゃら賭博録でもあるまいし。


 さあ、俺達には打つ手がない。

 ……どうしよう?


 「どうしよう?」


 そう俺は質問していた。

 それを聞いた姉妹二人はあまり嬉しそうじゃない顔をする。

 せっかく話したのに、何で私達に聞いてくるの?って顔だ。


 「何か、人間的な考え方で妙案が出てくるとも期待してたんですが……」

 「悪いな、何も思いつかなくて」

 「いえ、別に謝ることではありませんが」


 あーいやー。

 しかし全く良案が思い浮かばない。


 「魔物を倒さないで逃げたとして、出口までどのくらいかかる?」

 「恐らくですが、走っても一時間はかかりますね」

 「私、あんまり速く走れないかも」

 「だよなぁ」


 ソフィーのことを忘れてはならない。

 いくら悪魔といえど、まだ子供なのだ。

 俺達大人でも体力的にキツイのに、子供が長時間走れるわけがない。

 いや、身体干渉系の能力があればまた話は別か?


 「ソフィーって、自分の体とかを強化したり出来るか?」

 「全然出来ないの」

 「ウーム……」


 ソフィーを背負って走ってもいいが、多分俺の方が先にスタミナ切れでダウンするだろうなぁ。

 謎の力で強化した俺なら問題ないだろうが、今は生身の人間ですしぃ?


 「恥ずかしながら、私は氷の能力と回復の能力しか使えません。ソフィーの方は同じく氷の能力と気配断ちと物理の二種の結界能力。私達が使えるのはそれだけです」


 ときたもんだ。

 結論。


 「……俺達だけじゃ無理だな」


 それを聞いて、姉妹の顔は少し歪む。

 俺達の力だけでは対処出来そうにない。

 何か、それ以外の要素が必要だ。


 って言っても、味方が駆けつけてくれるなんてことはテレパシーが出来ない今の状況では期待しない方がいい。

 助けてくれることを考えるよりも、今あるもので何とかすることを考えなければいけない。

 未来の猫型ロボットでも助けに切れくれないものか……


 「お母さんがいてくれたら……」


 ちょっと泣き顔でポツリと呟くソフィー。

 さっきから強がってはいるが、やっと年相応の顔になった気がする。

 それが泣き顔なのが残念だけど。


 「大丈夫、大丈夫。何とかなるよ」


 俺を見ながらスフィーはソフィーの頭を撫でて、遺憾無くお姉さんっぷりを発揮する。

 俺を見るなよ、俺を。

 罪悪感で倒立前転しちゃいそうだから。


 しかし、やっぱり俺達だけじゃあそこを通るのは無理がある。

 あの道を切り抜けるんなら、俺達とあの魔物以外の、第三の存在がどうしてもいる。


 この洞窟には何がいる?

 ……魔物がいる。

 むしろ魔物しかいない。


 「あ、そうか」


 ここでいきなり閃いた。

 曇っていた思考にサッと光が射す。

 名探偵のひらめき音が脳裏に響いたぜ。


 何で思いつかなかったのだろう?

 そういう選択肢もあるじゃないか。

 と言うか、それしかないように思える。


 聞いた話じゃあ魔物は仲間を作らないらしい。

 自分以外は全部エサだと思っているからだ。

 さっき聞いたパラサイトタイプ、スプリットタイプだってお世辞にも仲間とは言えない、自分本位みたいなものだ。


 ってことはだ。

 魔物同士はどいつもこいつも敵対関係にあるってことじゃないか。

 俺達以外の勢力といえば、この洞窟にはやっぱり魔物しかいない。

 でも魔物同士は対立しているから、簡単にひとくくりにしちゃあいけない。

 そして、ここには魔物がかなり潜んでいる。

 言ってしまえば、その魔物達も味方がいない状態なのだ。

 みんなみんな敵同士なのだ。

 

 「思いついたかも」

 「え?」


 スフィーがキョトンとする。

 まあ、いきなり言っちゃえばそうなるか。


 「あそこを通る方法?」


 ソフィーがそのまんまの意味で聞いてくる。

 真っ直ぐ見つめるその目に対して、俺は返答する。


 「一応はな。けど、リスキーな方法になると思う」



 ---




 戦闘の直前。

 魔物がワラワラしている空洞の入り口。

 小さな魔物達からは、丁度死角になっている氷の壁に俺達は隠れていた。


 俺がこの地獄に来てから行なってきた戦闘は、殆どが突発的な、または時間的余裕がないものだった。

 心の準備なんてものはありゃあしない。

 だから、こうしてじっくりと敵の様子を見ながら隙を伺うのは少し新鮮かも?


 戦闘の合図をするのはスフィーの役目だ。

 魔物の動きに詳しい彼女がやるのが一番いい。

 そう判断した。


 「もう一回言うけど、戦いはしても勝つことはないんだからな」

 「はい」

 「うん」


 俺の注意に対して、それぞれ返事をする。

 ソフィーはさっきまでの泣き顔が嘘だったかのように、真剣な表情に変化していた。

 どうやら妹の方はどうしようもない状況に泣きたくなっていたらしく、この過酷な状況自体に根を上げていたわけではないらしい。


 この子は強い。

 普通の子供であれば、泣きじゃくって何の生産性もない行動を起こすところだろう。

 それに、頭の切り替えも早い。

 俺が思いついた意見を言った途端に、表情が変わってたし。

 スーパーキッズやで、こいつは。


 何さて、俺達は魔物を倒すことを目的としているわけではない。

 ここから脱出することが第一優先だ。


 今回俺達がすることは時間稼ぎ。

 その一点だけだ。

 程よく攻撃して、程よく逃げる。

 それを繰り返して、時間を出来るだけ長引かせることに集中する。

 

 魔物を見ると、それぞれの行動には一定の規則性があった。

 元々は一頭の魔物だ。

 別に不思議なことじゃない。

 その規則性からうまく隙を見つけるのが、スフィーのやるべきことだ。

 そして……

 

 「今です!」


 彼女の思い切りのいい声が結界内に響く。

 魔物が一斉に彼女の声に反応した。


 「行くぞ!」


 俺の声を皮切りに、戦闘が始まった。

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