第84話 スリーマンセル

 カツカツと足音が反響する。

 氷の壁は割と音が響くので、魔物に察知されないか心配だ。


 今、俺達は細長い洞窟の通路を歩いている。

 この洞窟は迷路のような構造をしており、無数の別れ道が何本にも渡って分岐しているタチの悪いものだった。


 例えるなら、蟻の巣を平面にしたイメージだ。

 分岐点を利用すれば、うまく魔物を避けることも可能……と思われる。

 避けられないかもしれないが。


 魔物は縄張り内を縦横無尽に移動する。

 パトロール型のような、移動ルートが固定化されているタイプはおらず、接敵の危険は常につきまとう。


 「そういえば名前、聞いてませんでしたね」

 「ん、そういえば……」

 「私、スフィーと言います。妹の方がソフィー」

 「スフィーとソフィーか」


 何となくだが、涼やかな印象の名前だと思った。

 てか、さしすせそ?

 んな安直な。

 人様の名前を深読むのは失礼というものだ。


 「貴方の名前は?」

 「……分からない」

 「というと?」

 「記憶喪失なんだな、これが」

 「……名前、思い出せないんですか?」

 「ああ、おかげですごい苦労してるわけ」


 記憶があれば、こんな思い悩むこともなかっただろう。

 記憶とは、ある種自分自身とイコールだ。

 記憶がなければ自分が分からなくなる。


 自分が何者であるか。

 どうして生まれてきたのか。

 何をして生きるのか。

 それらが全部不明確になる。


 周りに自身のことを知っている存在がいるならまだいい。

 俺の場合、それすらも皆無だ。

 当然、思い出しようもない。


 「でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」

 「お、そりゃもちろん」


 妹のソフィーが、本質的なことを言ってくれた。

 俺は俺。

 今、ここにいる俺だけが俺だ。

 記憶喪失のままでいるのはごめんだが、限りなく真実だ。

 子どもはたまに、鋭いこと言うよな。

 と言うか、お兄ちゃんっすか。


 「それにしても、なんか気が抜けるな。こんな呑気に喋ってて大丈夫なんかなぁ」

 「ソフィーが気配立ちの結界を展開しているので、会話くらいは問題ありません」


 俺達がスタート地点から歩き始めて一時間。

 その間、一切魔物に遭遇していない。

 何故なら、ソフィーが気配断ちの結界を張っているおかげだからだ。


 この能力は、生物の持つ五感に作用する結界を作り出すものだ。

 チャントを一段階ずつ上げる度にその精度が上昇し、作用する五感の種類が増える、らしい。


 下から順に、嗅覚、聴覚、視覚、触覚と誤魔化せる五感が増えていく。

 この能力における、最上級は第六感すら無効にするという。

 第六感なんて、本当にあるんすかね?


 ソフィーが使える気配断ちの結界は第三段階まで。

 騙せる五感は嗅覚、聴覚、触覚のみだ。

 聴覚までカバーしているため、俺達は結界内であれば会話し放題、というわけなのであった。


 「お姉ちゃん」

 「……別れてますね」


 そんなやりとりをしていると、先の道が五つに分かれている分岐路にたどり着いた。

 二つ三つならまだしも、五つって。

 別れすぎだっつの。


 「どのルートに入る?」

 「一番右の道へ行きましょう」


 即答だった。

 しかも自信たっぷり。

 その自信の根拠は何だ?


 「どうして右なんだ?」

 「魔物の気配、感じませんか」

 「気配……」


 言われてみれば、確かに少し嫌な雰囲気が微量に漂っている……ような気がする?

 だが、どのルートから来るものなのかまでは分からない。


 「気配で分かるのか」

 「ええ、ここらは土地勘がありますし。そんなに通ることのないルートではありますが、お母様と一緒に何回かは行き来した経験があります。信用してくださいな」

 「……何でその母親も一緒についてこなかったんだよ? 前みたいに」

 「……分かれたんです。私達がこの洞窟に侵入したルートは、本来安全なものでした。しかし、まさか崩れるだなんて……」

 「とんだ災難だったな」

 「貴方が戦える人で、本当に良かった。私とソフィーだけでは、とてもとても」

 「だよね。お兄ちゃん強いもん」


 あーうー。

 あれや、言いにくい。

 魔物が凶暴化した原因が俺であること。

 俺がいなければ、姉妹はこんな状況にならずに済んだこと。

 なんつー気まずさや。


 「まあ、出来るだけ頑張るよ」

 「よろしくお願いしますね」


 とりあえずスルーしておくことにした。

 ここで縁を切られたらたまったもんじゃない。


 そうして会話しながらしばらく歩いていると、障害にぶつかった。

 ……魔物だ。


 複雑な道中を迷うことなく進み、魔物の気配を感じては迂回する。

 魔物の気配察知能力は広範囲であることを能力で帳消しにしてきたわけだが、それでも限界は出てくるものだ。

 迂回ルートが塞がれた。


 「ついについにか」

 「どうにも魔物の数が多いですね。迂回ルートが使えません」

 「……お姉ちゃん、どうするの?」


 目の前には、多数の魔物がでかい空洞の中でウロウロしていた。

 それも二頭とか、三頭とかちゃちな数ではない。

 恐らく、百頭以上はいる。


 白く丸い形状に、綿飴のような毛。

 大きさは人間の拳大と言ったところか。

 フワフワの毛から覗いているのは、可愛らしいおめめだけだ。

 そんな小さくてキュート?な魔物達が、所狭しと地面をカサカサと移動していた。

 しかし、その一頭一頭に異様な気配を感じる。

 魔物だと、直感的にそれで分かった。


 「あれは確か……白色群衆アルブス パルウス

 「あれ、魔物だよな?」

 「ですね。これまた厄介な……」

 「避けられないよな」

 「他の道も使えませんし……」


 つまり、この場合の選択肢は二つに一つ。

 ここで立ち往生して死ぬか、戦って生き残るかだ。


 幸い、アルブス パルウスとか言う魔物は空洞の広い空間から出てこない。

 結界で俺達の声や匂いも届かない。

 時間的な余裕だけは持ち合わせている。


 スフィーから魔物の情報を聞いておくべきだろう。

 何か対策が立てられるかもしれない。


 三人寄れば文殊の知恵。

 丁度三人いるじゃないか。

 話し合わない手はないだろう。


 「いったん作戦タイムだな」


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