第83話 呼び寄せられし、呼び寄せる魔物

 凍える声ウォクス・フリーギドゥス

 白い毛皮に包まれた魔物。

 コイツの特徴はよく知っている。

 叫んで他の生物を呼び寄せることで、捕食対象と戦わせる他力任せな魔物だ。


 その習性からして、あまりこの雪山では強くない魔物だとは思う。

 単体で倒すのなら、問題ない魔物だろう……感じである。

 あくまで、大体の見た感じだ。

 他の生物を呼ばれた場合は、この限りではないが。


 「何故ここまで魔物が……」


 彼女の呟き。

 事態に驚いているようだった。


 本来なら、ここまで魔物が来ることもないのだろう。

 彼女曰く、魔物が出る場所、そうでない場所はある程度決まっているらしい。

 いわゆるテリトリーってやつだ。

 野生生物間での暗黙の了解。


 魔物というのは、通常の生物とは比較にならない力を有している。

 だから、その分縄張り意識は非常に強い。

 自分の持ち場を離れることがないのだ。

 ただ、今は俺がいる。


 自然と魔物は俺の方に誘引されてくる。

 それはきっと、止められない。


 マリアさん達がいた洞窟には、気配断ちの結界が張られていた。

 多分、ここには張られていない。


 俺の事情を彼女達は知らないから。

 俺が話さなかったから、こうなった。


 起きてしまったものはもうどうしようもない。

 時は戻らない。

 時とは不可逆のもの。

 巻き戻すことが出来ないから、後悔という感情が生まれる。


 自分が何をすべきか?

 自分の判断は間違っていないか?

 よくよく考えていないと、こうなる。

 俺が魔物を引き寄せることを、彼女に話すべきだったのかもしれない。


 ……いや。

 まだ取り返しは効く。


 反省や後悔。

 今はそれらを隅に追いやる。

 目の前のことに集中しなければならないから。


 「ヴモォォォ!!」


 魔物は叫びながら、結界をでかい拳で叩いていた。

 堅いはずの結界はピキピキと徐々にひび割れていく。

 ありゃあ時間の問題だ。


 出口は一つ。

 魔物は一頭。

 幸い、魔物はあまり強くない。

 選択肢は考えるまでもない。

 戦おう。


 「魔剣!」


 彼女が俺の声に反応して、すぐさま小さな短剣を取り出して投げ渡す。

 反応は速かった。

 殆ど反射といっていいほど。

 俺もそれを取りこぼすことなく受け取る。

 俺の感覚も鋭くなってきたのかもしれない。


 「俺が攻撃! お前がサポート!」


 彼女がコクンとうなずく。

 やり取りは最小限。

 こういった状況には慣れているようだ。


 魔物は結界を叩き続ける。

 もうもたない。

 俺はすぐに精神統一を始める。


 魔剣。

 これには意思のようなものがある。

 何回も感じたことだ。

 魔剣とシンクロする感覚を、思い出す。


 俺の全身に張り巡らされた神経の数々。

 脳から伝わる信号。

 脳から神経、神経から筋肉へ力の流動をイメージする。


 手の先にある、延長された自分のパーツ……それが握られた魔剣。

 一つに。

 無機物と有機物を結ぶ、一種の奇跡。

 俺はそれを体現した。

 これで、俺は強くなれる。

 人間以上に。


 超人化。

 そんな言葉がピッタリだろう。

 意思と意思が一時的に接続され、俺の意思の全体像が変形していく。


 性格の豹変。

 情緒の不安定化。

 この力を行使するにあたって、デメリットは多い。

 だが、あまり余って強力で異質な力が俺の中に流れていく。


 さあ、準備は整った。

 これでまた役に立てるだろう。

 左腕の反応がまだ鈍いが、問題ない。

 ……あの魔物を殺すには十分だ。


 直後、結界の破れる音が俺に届く。

 一頭だけで結界を破ってきた。

 結界の強度は正確には知らないが、腕力は相当なものだろう。

 ただ、魔物は鈍かった。


 ただの人間の状態ならいざ知らず、今はしっかりと魔物の動きを捉えられる。

 強化された感覚サマサマである。

 俺は強く地面を蹴る。

 疲れている筈の足は、軽やかに前へ進んでくれた。


 「力の氷よイズ・マトラス


 彼女は氷の支柱を作り出し、魔物へと射出する。

 人間程の大きさもある氷塊。

 それは先に動いた俺をあっさりと抜いて、魔物の眼前まで迫る。


 高速で向かってきた氷塊を魔物が真正面から殴った瞬間、粉々にそれが砕け散る。

 パラパラと氷の破片が拡散する。


 「ヴモオオォーッ!!」

 「ぐっ!」


 至近距離からの咆哮。

 耳の鼓膜が限界まで振動して、一瞬怯んでしまう。

 気付いた時には、魔物が眼前まで迫っていた。


 「いっ!?」


 容赦なく魔物は、でかい拳を俺の顔面に叩き込もうとする。

 避け、られない!

 ヤバイ!!


 「守りよオセル!」


 小さい妹さんが、俺と魔物の間に結界を張る。

 ガンッと半端ではない音がして、結界に亀裂が入る。

 それでも、間一髪でパンチは壁に阻まれた。

 ……助かった。


 結界がなければ顔面を潰されていた。

 想像して背中がゾクッとする。

 俺は安易な行動をとっていたのかもしれない。


 「力の氷よイズ・マトラス!」


 続いて彼女が攻撃を仕掛ける。

 魔物の頭上に、自動車程の大きな氷塊が生成される。

 多分、落とす気だ。


 俺は巻き添えにならないように後退する。

 直後、氷が魔物目掛けて落下。


 「ヴォ!!」


 魔物は両手で氷を受け止める。

 能力なしでこの腕力はやばいだろ。


 「はやく!!」


 彼女が叫ぶ。

 そうだ。

 考えている暇はない。

 俺が取るべき選択肢は……


 「こんの!!」


 あらん限りの力を足に込めて、魔物へと突っ込む。

 ダゴラスさんはコイツと戦った時、どこを攻撃した?


 胸部。

 心臓の位置。

 魔物だろうがなんだろうが、基本的な急所は変わらない、と思われる。

 今、コイツは両手両足を使えない。

 なら、心置き無く攻撃出来る。


 短剣を真っ直ぐ魔物の胸に突き刺した。

 ザクッと肉を刺した音がして、血が白い毛に染みていく。


 ……手応えを感じない。

 相手は直立で立ち続けている。

 ……なんで?

 見ると、刀身が半分も刺さっていない。


 「ヴモオオォォォォ!!!」

 「うっぐ!」


 四肢を封じられた魔物は、声を上げる。

 音の攻撃。

 物理的に防ぎようがなかった。

 強化系馬鹿じゃねぇんだぞ馬鹿野郎。


 脳に突き刺すような痛みが走る。

 ある程度距離を開けていても、ダメージを受けたのだ。

 パンチが届くような距離で、大ダメージを受けないわけがない。


 それでも、痛みに耐えるのは慣れてる。

 こちとら片腕何回なくしてると思ってるんだ。

 俺は痛みを堪えながら魔物の叫びに負けないように大声を出す。


 「この魔剣の能力は!?」

 「火です!!」


 俺はポケットに入っている、小石程の魔石を取り出す。

 この魔石、大してエネルギーが入っているわけじゃない。

 でも、この至近距離だったなら……


 俺はイメージする。

 転移を使った時のように。

 魔石から感じるエネルギーを、俺の体に伝わせる。

 そのエネルギーを全部魔剣へ!!


 突如、小さな短剣が俺の意思に呼応して燃える。

 決してダゴラスさんのような燃え盛る紅蓮の炎じゃない。

 焚き火サイズの小さな火だ。

 それでも、刀身は魔物の肉の中へ、更に突き刺さる。


 中から身体を焼かれる痛みとは、どのようなものだろう?

 文字通り、身を焦がされるのだ。

 人間だったらショック死もいいとこだ。


 だが、それでも魔物は生きている……どころか叫び続けている。

 魔物は抵抗しようとして、身体を暴れさせる。

 両手が塞がっているので、攻撃は仕掛けてこないが、突き刺さっている短剣が身体に合わせて上下左右に激しくぶれる。

 短剣が抜ける……!


 「離れて!!」


 大声と同時に、短剣がスルッと魔物から抜ける。

 俺は横へとダイナミックに弾き飛ばされる。

 距離が、開いた。

 直後。


 「力の氷よイズ・マトラス!!」

 「氷よイズ!」


 姉妹二人で能力を唱える。

 大量の拳大の氷が、あられのように勢いよく降り注ぐ。

 その中に、特大サイズの氷が混じっている。

 多分、姉の方の能力だ。


 大量に生成された氷の雨は、ガンガンと音を立てて魔物に降り積もる。

 魔物は身体を焼かれたダメージからか、支柱を両手で支えたままその場を動かない。


 氷で魔物が埋まっていく。

 容赦ない。

 しかし、直接的なダメージに繋がるわけではない。

 それでも氷を降らす。

 降らす降らす降らす。

 魔物が支えている氷の支柱しか完全に見えなくなったところで、彼女はさらに追撃をかける。


 「大いなる氷よイズ・マグナス!!」


 四回目のチャント攻撃。

 恐らく、彼女の大技。

 魔物の頭上に、氷塊が徐々に体積を大きくしながら生成されていく。

 ギチギチと音を発しながら体積を増大させていくが、攻撃までのタイムラグが少々長い。

 恐らく、魔物の動きを大量の氷塊で封じたのはこのためだ。


 「ハァ!!」


 巨大な氷の支柱が落下した。

 全長十メートル。

 積もったあられすらも、大きな氷塊がガリガリと下へ押し潰し、氷の支柱は杭を打つかのように押されていく。

 その後、プチッと何かが潰れるような音が聞こえて、氷の全てが崩れた。


 「……終わった?」


 目の前を確認する。

 崩れた氷の隙間から、赤い液体がどくどくと流れてきた。

 魔物は死んだ。


 「はあ……」


 大きく溜息を吐く。


 「大丈夫、ですか?」

 「俺は大丈夫。お前達は?」

 「二人とも無事です」


 三人とも怪我なしか。

 ……良かった。


 とにかく疲れた。

 魔物一頭にこれだけの体力を消費した。

 魔物一頭でだ。


 この先、魔物と接触する可能性はかなり高い。

 こんな戦闘を何回も出来るとは思わない。

 それだけ体力の消費が激しいのだ。

 戦闘って本当に疲れる。


 「魔物、叫んでたな」

 「来ますね……魔物」


 確実に来るな、これ。

 こんな袋小路の空間で大量の魔物に襲われたら、一巻の終わりだ。


 「疲れてないか?」

 「まだ、大丈夫です。あれを何回もやれと言われても困りますけどね」

 「だろうな」


 疲れたとは言ったものの、今は動かなければいけない。

 命が惜しければな。

 妹さんには申し訳ないけど。


 「もう行きましょう。襲われないうちに」

 「賛成だ」

 「ねえ、大丈夫なの?」


 彼女の妹が、姉に対して不安そうな声で話す。

 そりゃ不安だろう。

 俺だって不安だ。

 てか、話しているところを初めて見たわ。


 「大丈夫。お姉ちゃん達で何とかするけど、手伝えそうだったらさっきみたいに手伝ってね」

 「うん、無理しちゃだめだよ」

 「当たり前よ。お姉ちゃんだって、こんなところで倒れたくないからね」


 姉妹愛だわ。

 あれか、俺は口を挟まん方がいいのか。

 空気、読んだ方がいいのか。

 よく分からん。



 「さっ、さっきは……ありがと……」

 「俺?」

 「……うん」


 感謝か。


 「どういたしまして」


 慣れない笑顔を表情として選択し、妹さんに明るく返事してみる。

 さぞかし変な笑顔だったろう。

 意識して作る笑顔の滑稽なこと。

 しかし、妹さんは俺の表情を見ると、親しみを込めた笑顔を見せてくれた。


 ……いいね。

 理由もなくどんどん嬉しくなっていく。

 やる気が出てきた。


 「早速ですが、移動しましょう」

 「ああ、そうだな」

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