第82話 休息と会話

 あれから俺逹は、睡眠を取ることになった。

 唯一残ったルートの入口。

 そちらのルートには、魔物が出現するのだという。

 従って、その通路の入口には結界が施されていた。

 強い結界で、二段階目のチャントが付加されている。

 設置したのはあの小さな妹さんらしく、サポート系の能力に長けているとのことだった。


 俺逹がいるこの空間に魔物が入ってくることもないし、ゆっくり休める。

 それからでも別に遅くないだろうということだった。


 今回通るルートは、一旦洞窟の奥深くへ迂回して、外へ戻る形らしい。

 洞窟の奥。

 そこに魔物が徘徊する場所がある。


 地表に出現する魔物は基本、洞窟にいるような魔物よりも弱いことが多い。

 普段は悪魔の目が届かない洞窟などに潜んでいる。

 洞窟の外を徘徊している魔物は、洞窟の力関係に弾かれた個体だ。


 確かに、洞窟に出現したあの氷のメイトリクス種は強かった。

 それと同等か、さらに上の実力を持った魔物が洞窟にいるかもしれない。

 彼女の実力の程は分からないが、少なくとも俺の手には負えそうもない。

 魔物によるが、基本逃げの一手になるだろう。


 隠れて潜む。

 それが洞窟での行動の基本。

 こちらには小さな悪魔の子供がいる。

 しかも女の子。

 危険なことは避けるべきだ。


 隠密行動はラース街での花畑以来だ。

 うまく出来るかはまだ分からない

 地形にもよるだろう。


 あー、トラブル続きで嫌になるね。

 地獄に来て、計画がスムーズに通った試しがない。

 黙ったらイライラしてきた。


 「……なあ」

 「何です?」

 「どうしてこんな所に住んでるんだ?」


 就寝前。

 妹さんが寝静まった頃合いの気晴らしだった。


 「私と妹は、お母様に従ってついてきただけです」

 「じゃあ、なんでその母親はここに住んでるんだよ?」

 「目的があるからです」

 「目的?」

 「……悪魔という種族は、みんな長寿なのはご存知ですか?」


 急に話のベクトルが変わったな。


 「知ってる。人間よりだいぶ長生きなんだろ?」

 「そうです。そしてその寿命の分だけ、自分の知識や能力の技術に磨きをかけられます」


 単純に考えればそうだろうな。

 実際には周りの環境なんかにも影響されそうだけど。


 「しかし、長い時を生きても、力の向上が見られない悪魔は非常に多い」

 「……この世界に争いがないから?」

 「その通りです」


 敵の力が自分より大きい場合、それを埋めるのは努力か才能に他ならない。

 競わなければいけない、越えなければならないから越えようとするのが俺の知っている生物だ。

 それが、この世界では基本的に必要ない。

 必要のないものは、向上しない。

 何故なら、必要ないから。


 「聞いた話だと、今の時点で悪魔社会って完成してるっぽいからなぁ。これ以上技術を習得したいっと言ったら、よっぽど強い目的を持ってないと……」

 「その強い目的を持っているのが、私達のお母様です」


 妹さんの頭を撫でながら、そう話す彼女。

 ムニャムニャと顔を歪ませて、小さなデビルキッズは気持ちよさそうに寝ている。

 まだ小さいのに、こんなゴツゴツした場所で寝れるって、結構逞しいな。

 結界内だから温かいとはいえ、ここ洞窟やで?


 「お前のお母さん、強いんだろうな」

 「ええ、私達がここに住めるのも、お母様のおかげですから」


 彼女のお母様とやらは凄いらしい。


 「そんなに凄いなら、それに見合ったでかい目的持ってるんかな」

 「どうなんでしょうね?」

 「知らないのか?」

 「残念ながら」


 親子の関係とは、必然的に複雑なものだ。

 血が繋がっているからといって、信頼関係が築かれているとは限らない。

 むしろ切れない関係性だからこそ険悪になることもある。

 悪魔も色々なタイプがいるとことは俺も知っている。

 ここから先は、下手に踏み込めるような領域ではないだろう。

 ……質問を変えよう。


 「それにしても、よくこんな寒い山で過ごせるよな。てか和服で凍えないか?」

 「これ、魔具なので。防寒機能においては、あなたの着ているものよりも数段高機能と思います」

 「まじっすか」

 「見た目で判断してはいけません」


 いや、でも和服は騙されるって。


 「寒さはよくても、ここに住んでる魔物はどうやって対処してるんだ?」

 「雪山で契約をした魔物を使って、護衛をさせているんです」

 「契約?」


 なんだそりゃ?

 魔物と契約の言葉がセットで聞けるとは思わなかった。

 かなりミスマッチな言葉の組み合わせだな。


 「召喚転移は知っていますか?」

 「それなら知ってる」

 「召喚転移を知っていて、契約を知らないのですねぇ」


 んなこと言ったってな。

 知らんもんは知らん。


 「召喚は転移を使ってエネルギーの媒体主側へ物体や生物を呼び出すことを言うでしょう?」

 「ああ」

 「しかし、召喚で呼ぶものが魔物であった場合、呼び出した瞬間に問題が起きます」


 呼び出した瞬間に起こる問題。

 すぐに検討がついた。


 召喚自体は何回か見ている。

 召喚王が空中要塞で大量に魔物を召喚したあの時。

 魔物が空中要塞内部をかなりの数、押し寄せてきていた。


 あれは元々、俺を助けるために召喚された魔物だ。

 なのに、その助けるべき対象に向かって攻撃を仕掛けてきた。

 助ける為に呼んだ魔物が、何故俺を襲う?

 俺が考えるに、多分あれは魔物を制御出来ていなかったのだ。


 「呼び出した途端に暴走するから、とかだろ」

 「おお……先に言われてしまいましたが、正解です」


 ちょっとうれしみな俺である。


 「魔物……能力を扱う生物のことですが、彼らは例外なく凶暴です。本来家畜化させたり使役させたりすることは出来ません」


 マリアさんは、あの巨大な黒いドラゴンを自由に動かしていた。

 マリアさんの使う能力は分かってる。

 テレパシーの能力だ。

 その延長線上にある、心を操る能力。

 つまり、本来の中に含まれない例外。


 「召喚した直後に敵味方区別なく襲うのなら、戦闘への流用は難しいでしょう」

 「でも、方法はあるんだろ?」

 「もちろん」


 しっかりと頷く彼女。

 会話を楽しんでいる節があるため、彼女も普段コミュニケーションに飢えているのかもしれない。


 「まあ、いくつか方法はあるのですが……スタンダードな方法としては、屈服という方法でしょう」

 「魔物を屈服?」

 「厳密に言うと、魔物は調教自体は出来ます。けど、それが出来る悪魔というのはかなり限られ、同時に条件も厳しい」

 「条件ってのは?」

 「成長しきった魔物を調教するのは無理がありますから、魔物が子供の時に教え込む必要があります。これが条件です」


 それ、魔物に限ったことではないな。

 どんな生物でも、それを使役したいと思うのなら幼い頃からの教育、訓練は大切なものだ。

 ブリーダーとしての基礎知識である。


 「更に、育てる側に力がなければ、すぐに魔物は主を殺そうとしてきます。魔物には懐くという概念がありませんから」

 「だよなぁ。あんなに凶暴だもんな」

 「飼育にも手間がかかりますし、完璧に従うような魔物はいません。魔物をうまく運用出来る場も限られていますし。型にはまれば有用ではあるんですけどね」

 「でも、その方法が使われていないわけではないんだろ?」

 「もちろんです。これが、一番安定して魔物を戦闘に流用出来る方法ですから」


 地道が一番ってことやなぁ。


 「じゃあ、他には何があるんだ?」

 「結界囲いと呼ばれる方法がありますね。結界って知ってますか?」

 「あそこに張ってある、薄いガラスみたいなやつだろ?」


 俺はすぐ側に張ってある結界を指差す。

 ガラスみたいに透明で薄いくせに、防弾ガラス以上の強度を保てる奇跡の壁を。


 「ええ。その結界を使って、魔物と敵対している対象を一緒に閉じ込めるんです」

 「……なるほど」


 それなら敵と魔物だけになる。

 そこで好きなだけ魔物を暴走させてしまえばいい。

 簡単に言えば、即席の決闘場みたいなものだろう。

 ただ……


 「欠点もありますけどね」

 「魔物か敵が結界を破っちゃえば、おじゃんだな」

 「ですね。だから、自分の結界を破れる実力以上の力を持った魔物は呼び出せません。敵だって黙ってないでしょうから、結界を破ろうとしてくるでしょう」


 格上相手の敵には、まるで使えない。

 自分より下か、同等の敵のみ有効だ。

 しかも、転移はエネルギーを大きく消費する。

 魔石一個分だ。

 非効率な気もするが、使い方次第か……?


 「複数人で結界を生成し、頑強なものにする。そうした上で、強大な魔物を結界内に呼び出し、強力な力を持った悪魔ごと閉じ込める。そうした戦いもあったと聞いてはいます」


 そういう使い方もあるのか。


 「三つめの方法は、洗脳。魔物を一番手っ取り早く使役する方法ですが、これができる悪魔は……ほぼいません。洗脳ほど高等な能力を使用できる悪魔は、そうそう生れてこないものです」

 「魔物を扱うって大変そうだな」

 「本来魔物を使った戦闘は、自分の資質をある程度伸ばした後に戦闘手段の幅を広げるような形で習得します。その関係で、魔物を戦闘の主力にしようとする悪魔はなかなかいませんね」

 「せいぜいがサポート?」

 「ということです」


 空中要塞で、ペガサスやらドラゴンやら大勢の魔物やらを見たから、てっきり悪魔は魔物をよく使うのかと思ってたが、そうでもなかったわけか。

 空中要塞の面々は、まあ例外だったってことだな。


 「思ったんだが、わざわざ大きなエネルギーを消費して魔物を召喚するよか、いつも連れまわしていた方がいいんじゃないのか?」

 「それは調教に成功しているか、洗脳している場合のみですね。洗脳はまず例外として……調教されている魔物場合、完璧に制御出来ているという保証はどこにもありません。暴走する可能性は付き物です」

 「お前が魔物を連れまわしていないのも、それが理由か?」

 「ご名答、と言っておきましょう」

 「なあなあ、魔物ってどんなやつを使役してるんだよ?」

 「質問が多いですねぇ。それは……」


 彼女が答えようとした、その時。

 突如、ガンッと音が響いた。


 「ひっ!」


 彼女の妹が驚いて目を覚ます。

 相当大きな音だったから当然だ。

 彼女の後ろへすぐさまその小さな体を隠す。

 冷静な判断だ。


 音がしたその先を、俺達は一斉に見る。

 ここから出口に繋がる唯一の通路。

 結界の向こう側。

 そこには、


 「……魔物」


 白い毛皮に包まれたゴリラのような魔物。

 凍える声ウォクス・フリーギドゥスが、結界の壁を叩いていた。

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