第81話 姉妹

 睡眠っていいよな。

 現実から離れ、夢の中に逃げ込むことが出来るから。

 ただ、すぐに終わってしまう。


 否応無く現実に引き戻される。

 現実から逃げることは許されない。

 逃げようとしても、逃げられない。


 もし、逃げられるとしたらそれは死しかない。

 死ぬことでしか逃げることは出来ない。


 ただ、死んだ後に行く場所がどこかは分からない。

 現実以外のどこかへ行くのは確かだ。


 天使は言っていた。

 試練に失敗して死んだら、転生すると。


 死んだらまた、生きなきゃいけないのか?

 これを延々と繰り返すのか?

 何の為に?


 まるで地獄のようだ。

 転生だなんて。


 夢に出てくるような、現実離れした世界……地獄。

 ここはもしかしたら、夢の世界かもしれない。

 現実の俺は、長い長い夢を見ているだけかも。

 そんなことを目が覚める度に思っては、すぐに忘れるのだった。


 「うっ……」


 目が覚めた。

 頭が痛い。

 目を開けると、チカチカ視界が明滅する。


 そこは真っ暗ではなかった。

 明かりがあるのだ。

 ということは……?


 周りを見てみる。

 気絶する前の景色は、一面氷張りだった。

 今は違う。

 マリアさん達が拠点にしていたような、普通の洞窟らしい洞窟だった。


 まあ、拠点の洞窟とは違ってベットとかはないけど。

 硬いゴリゴリとした地面にそのまま寝かされてるものだから、体が少し痛い。


 いやいや、待て待て。

 俺は何で気絶した?

 氷が後頭部に当たったからだ。


 後頭部に手を当ててみる。

 傷がない。

 確かに激痛がしたはずだが。


 「気が付きました?」

 「うお!?」


 ビックリした。

 おおう、心臓に悪い。


 「そんなビックリしなくても」


 いやいや、誰?

 見たことも聞いたこともない悪魔が、俺のそばに座っていた。

 長髪で、青い髪。

 現世で言うところの和服を着ている。

 服装は和風なのに、容姿は西洋的な顔付きをしていた。

 容姿端麗。

 そんな悪魔が、正座で俺のそばに座っていた。

 こんな極寒の地で和服って……


 「誰だ?」

 「まずそれより、貴方は人間ですよね?」

 「……」


 言葉が濁る。

 イエスかノーか、はっきりさせればいいものを。

 どうせすぐに分かることなのだから。

 この場で吐く嘘は意味がないのだ。

 バレると分かっていて、嘘を付くことの愚かさは醜い。

 たとえ、殺されるリスクがあってもだ。


 「……人間だ」

 「ですよね」

 「それで……俺を殺すのか?」

 「……えっ?」


 だってそうだろ。

 悪魔にはテレパシーがある。

 ってことはだ。

 地獄中にいる悪魔達に、俺のしでかしたことが伝わってるはずだ。


 俺が逃げたこと。

 悪魔を殺したこと。

 俺が逃げることで起きる、数々の災厄。


 指名手配されているテロリストみたいなものだ。

 単純な話、一般の悪魔だって油断は出来ない。

 みんな疑わなくちゃいけない。


 「殺すだなんて、やめてください」

 「だって俺は……」

 「殺しません」

 「でも」

 「殺しません!」


 心外みたいな声量で怒られた。

 予想外の反応。


 「いきなり意味が分かりません。何でそんな酷いことをすると思ってるんですか!」

 「……みんなが俺を殺そうとするから」

 「何でですか」

 「……」


 なんて言ったらいいだろう。

 事情を説明すれば長くなる。

 それ以前に、この悪魔に話してもいいものかよく分からない。


 「そんなに気になるんだったら、俺の心を読めばいいだろ」

 「読めないんですよ」

 「心が?」

 「ええ」


 まだ読めないのか。

 俺は要食いの直剣を持っていない。

 そんな状態でも、心は読まれなかった。

 今もそうだ。

 何が原因で俺の心が読めないんだ?


 「……まあ、心が読めなくても、色々あったのは分かります」

 「……?」

 「不安そうな表情ですから」

 「……そうか」


 そんな顔してたんだ。

 この地獄に来てから、自分の顔なんてまともに見たこともない。

 未だに自分がどんな顔つきをしているのかも謎だ。


 イケメン顏?

 ブサイク面?

 まあ、暗いことだけは確かだ。


 「とりあえず私、あなたをどうこうしたりはしませんから。安心してください」

 「逆に俺が襲うとか考えないのか?」

 「そのようには思いません。そんな雰囲気でもないですし」


 雰囲気っすか……

 普通、もう少し警戒してもよさそうなものだが。


 「まあ怪我してましたし」

 「……助けてくれたのか」

 「後頭部からの出血と、全身の打撲。他にも色々ありますけど、ほっといたら今頃天に召されてましたよ?」

 「そんなに酷かったのか」


 確か、崖から落ちたんだったな。

 あのクレバス、底が見えなかった。

 生身の人間が落ちて、生還出来るような高さではない。

 俺は運がよかったのか。

 ……それとも運が悪かったのか。


 「すぐそこの道で、血まみれで倒れているのを私の妹が見つけたんです」

 「妹?」

 「ほら、隠れてないで出てきなさい」


 彼女がそう言うと、華奢な体の背後から小さな女の子が出てきた。

 雰囲気は、今話している彼女にそっくりで、姉妹だとすぐに分かるぐらい見た目も似通っていた。


 その女の子は、ちらちらと慎重にこっちを見ては隠れ、見ては隠れを繰り返している。

 シャイガールってか。

 スー君とはまた違うタイプの子供だな。


 「人見知りする子なんですよ」

 「まあ、いるよな。そんな子」


 大人にも色々いる。

 子供だってそうだ。

 珍しくもない。


 「私達、わけあって悪魔達から距離を置いてこの雪山で生活してるんです。だからこの子、会話とかが苦手で」


 何故か共感出来る話だ。

 俺は他人とうまくコミュニケーションを取れてる方だと思う。

自分で言うのもアレだけど。

 なのにこの子の態度に対して、妙に親近感を覚える。

 まるで、俺も小さな頃に普通の人たちから距離を置いていたような……

 何でだろうな。


 って、待てよ?

 悪魔と距離を置いて生活してるって言ったな。

 もしかして、俺が悪魔達から狙われてることを知らない?


 「本当に俺を助けてくれた?」

 「何で疑問系なんですか。助けたって言ったじゃないですか」


 ……疑問はまだある。

 何故、こんな年中吹雪の厳しい雪山なんかに住んでいるのかとか。

 ここに住んでいる時点で、ある程度力はあるのだろう。

 力のある悪魔。

 俺を助けた理由。

 信用しない方が賢明かもしれない。

 ……まだどうとも言えないが。


 「で、何故貴方はこんな所で倒れてたんですか?」

 「やっぱり気になるよな」

 「助けた立場の者としては、聞いておきたいですけどね」


 だろうな。

 俺だって逆の立場であれば、同じことを思うだろう。


 やっぱり話すか。

 少し内容を伏せてだが。


 俺は、彼女にここまでの経緯を話す。

 この地獄に落ちてきてしまったこと。

 ダゴラスさんやマリアさんに助けられたこと。

 現世に帰りたいこと。

 その為に、ウルファンスという強力な悪魔に助力を請いたいこと。


 「で、雪山の山頂を目指している途中、魔物に襲われてクレバスに落ちたと」

 「簡単に言うと、そんな感じ」

 「なるほど」


 合点がいったと頷く彼女。


 「さっき言っていたダゴラスさんと言うのは、ダゴラス・ガープという名前の悪魔ですよね?」

 「分からない」

 「分からない?」

 「ファミリーネームとか聞いてないんだよ」


 全員ファーストネームで呼んでたからな。

 そういえば、考えたこともなかった。

 悪魔ってファミリーネームあったんだな。


 「そのダゴラスさんという方は、ラース領ご出身では?」

 「あ、そうだな。少なくともラース領の辺境には住んでた」

 「では、ダゴラス・ガープさんで間違いないですね」

 「知ってるのか?」

 「もちろんです。英雄と名高い有名な方ですよ」


 おお、英雄か。

 そんな大層な人……ってか悪魔だったんだな。


 「その方のおかげで、ここまで来れたんですね」

 「俺一人じゃあここまで来れないよ。魔物に襲われてスペランカーのような手軽さでゲームオーバーだ」

 「スペランカー?」

 「……なんでもない」

 「まあ、気候もそうですが、最近魔物が活発化してますからね。そんじょそこらの土地よりもここは危険です」

 「だろうな」


 間違っても魔物の活発化の原因が、俺だとは言えない。

 禁止ワードだ。

 注意しよう。


 「あの方なら、一人でも問題ないでしょうね」

 「まあ、そこは心配してない」


 俺が足を引っ張っていない分、逆にダゴラスさんの生き残る確率が増えてるんじゃないのか?


 「なあ、聞いていいか?」

 「なんですか?」

 「俺、どのくらい眠ってたんだ?」

 「えーと、大きな崖崩れの音が聞こえたのが今から四時間前ですから、その崖崩れで貴方が落ちたのでしたら、そのぐらいの時間ですね」


 四時間。

 最近一週間とか馬鹿みたいに気絶してる機会が多かったからな。

 意外と短いと思った。


 「テレパシーかなんかで、ダゴラスさんと連絡は取れないのかな?」

 「やってもいいですけど、おすすめはしませんね」

 「なんでだ?」

 「魔物を呼んでしまうかもだからです」

 「魔物、来るのか?」

 「テレパシー使ったらゾロゾロ来ちゃいますよ。やるなら魔物がいない安全地帯からですね」


 魔物、この洞窟にもいるんだろうな。

 そうか、呼んじゃうのか。

 それは大変よろしくないな。

 やらない方がいいだろう。


 「うーん、どうしましょう」

 「何が?」

 「洞窟、結構揺れたでしょう?」

 「揺れたな」


 大きな爆発だったからな。

 バキバキにヒビも入ってたし。


 「ここ、洞窟の結構深い場所なんですけど、直通の出口がそれで閉じちゃったんですよねぇ」

 「ええ……」


 じゃあ、もしかすると……


 「出られないのか?」

 「あ、いえ。他にも出口があるにはあるんですけど……」


 おお、安心した。

 閉じ込められたとかシャレにならん。

 餓死とかで死にたくないし。


 「残った出口が、魔物の住処を通るルートなんです」

 「魔物か。でも、雪山に住んでるからには……あなたはそれなりに強いんだろ?」


 じゃなきゃここまで来られない筈だ。


 「比較的弱い魔物単独でなら、大丈夫ですけど」

 「強い魔物は無理なのか」

 「厳しいですね」


 さっきから彼女の背に隠れて、チラチラ俺のことを見ている女の子は問題外。

 戦力にはなってくれないだろう。

 こう言う俺だって同じようなものだ。

 もしかしたら、女の子よりも弱いかも。


 「本当にどうしましょう」

 「何か魔剣とか持ってるか?」

 「一応は。私の攻撃は能力主体なので、あまり使いませんが」

 「じゃあ、この洞窟を出るまででいい。俺に魔剣貸してくれないか?」

 「えっ」


 ちょっと瞳が困惑の色に染まったのを、俺は見逃さなかった。

 初対面の奴に、得物を渡す方がどうかしてるか?

 魔剣があれば、少しは戦力になると思ったが。


 「うーん、……別にいいですけど」


 少し迷って、許可が出た。


 「でも、人間は能力を使えないとお母様から聞きましたが?」

 「ああ、そこね」


 そっちの意味で困惑してたのか。

 能力使えないくせに、魔剣持って何する気だと。

 そういうことか。


 「ここから出たいんだろ?」

 「ええ、貴方を介抱しながら、どうお母様と合流、もとい脱出しようかと考えていたところです」

 「俺も手伝うからさ、一緒に脱出しよう」

 「……強いのですか?」

 「いや、今は弱い」

 「……?」


 彼女が理解出来きてないような顔をしている。

 なんて言ったらいいか……


 「魔剣を持つと俺、強くなるみたいなんだよ」

 「強くなる?」

 「いや、俺もよく分かんないんだけどさ」

 「分からないんですか? 自分のことなのに」

 「仕方ないだろ。うまく説明できないんだ」


 うーん、と彼女は悩む。

 信用に欠ける説明なことは分かっている。

 が、彼女には選択肢がない。

 俺が信用できるかどうかで、選択を決めるような状況ではないはずだ。


 「魔剣、使えば強くなるんですね?」

 「ああ」


 多分な。

 心の中でひっそりと言う。

 心が読まれてたら、完全アウトやで。


 「お互い困ってるんだ。助け合わないと、だろ?」

 「……そうですね」


 必然の答えだった。

 お互いにお互いを必要とするこの状況。

 生き残る確立は少しでも上げるべきだと。

 この提案を無視する筈もない。


 「それでは、一時協力ということで」

 「決まりだな」


 こうして姉妹二人と、俺との同行が決まったのだった。

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