第80話 氷洞穴の捕食者
霧がかかった球体状の体。
空中に不自然に浮かんでいて、顔はない。
あるのは口だけだ。
その口はニヤリと笑っていた。
口から覗かせる歯は人間のような歯で……
「
いや、違う。
言ってて気付く。
確かに似ているが、決定的に違う特長が一つがあった。
体が青いのだ。
黒いのではなく、青い。
青い霧とは不思議なものだ。
霧ではなく冷気のようにも見える。
本来の冷気は白ではあるが。
「
「あれっすか、ブラックイーターの氷版ってことでいいんすか……」
「だな」
ダゴラスさんは魔剣を構え直す。
その姿からは気合が感じ取れる。
「
突如として魔剣が業火に包まれた。
俺とダゴラスさんの距離はある程度離れているが、それでも熱気が届く。
それもあったかいなんてものじゃない。
熱い。
ヴァネールの扱っていた炎と、ほぼ同質のものを感じる。
元々存在感を感じさせない魔剣が、強く自己主張を始める。
「リベンジ戦ってところか」
そう言ってニヤリと笑う。
高揚感溢れる表情だ。
「そこでちょっと待ってろよ」
そう言って、ダゴラスさんは姿を消した。
パキンと足元の氷が砕ける程の瞬発力をもって。
高速移動だ。
速すぎて、目で追いきれない。
凄まじい勢いで、魔物の周りに氷の棘が出現。
瞬間的に、それはダゴラスさん目掛けて伸びていく。
が、次の瞬間には氷解。
体感的には一瞬の出来事である。
展開が速すぎてついていけない。
洞窟の様相が瞬間的に変化していく。
壁という壁から氷の手が現出していたからだ。
洞窟の環境そのものを武器としているような、異質なものだった。
手数は圧倒的に魔物の方が上。
一気に氷の手がダゴラスさんに伸びていく。
だが。
戦闘が始まってから、十秒もかからなかったと思う。
魔物の口に、魔剣が真正面から刺さっていた。
見ていて痛々しい。
それなのに、全く痛がることなくジタバタと動いてやがる。
痛覚がないのか?
魔剣が突き刺さった結果、炎が更に燃え、魔物の身体に纏わり付いている冷気を霧散させていく。
致命傷。
誰もがそう思うだろう。
でも、俺は知っている。
魔物はしぶとい。
「コォォォォ……」
大剣が突き刺さっているにも関わらず、魔物は口を大きく開けて、冷気を出していた。
冷気がかかったダゴラスさんの防寒具の端が、あっという間に凍りつく。
あの冷気はやばい。
「むっ!」
ダゴラスさんも危険に気付く。
魔剣を引き抜こうとするが、それは叶わなかった。
身体から生えた無数の氷の手が、燃えている魔剣の刀身を掴んで放さないのだ。
氷の手は勢いよく溶かされているが、それでもダゴラスさんの防寒具が凍りつく時間の方が速い。
「ダゴラスさん!!」
「大丈夫だから、こっちには来るなよ!」
そうは言うが、本当に大丈夫か?
一見ダゴラスさんの方が不利に見えるが。
「ふん!」
ダゴラスさんが気合を入れる。
それが伝わったのか、突き刺さった魔剣の炎がさらに激しく燃えた。
「キリリリイアアアアアア!!」
魔物がそれに呼応するかのように叫ぶ。
鳥のような声を、拡声器で大きくしたような音。
自然界において、全く自然的ではない音だった。
みるみる内にダゴラスさんに纏わり付いていた氷が解ける。
魔物を構成している氷も同様だ。
ますますその温度は上がっていき……
「ハァ!!」
コンマ数秒、猛烈に光り輝いて、その直後大爆発を引き起こした。
「うおわ!!」
もうヴァネールそのまんまであった。
魔物は粉々に砕け散ってしまう。
生物が砕け散るとは、なんともグロテスクな話だ。
だが、細々に散った身体の破片すらも、凄まじい爆発は存在を許さない。
文字通り、魔物の身体は霧散していた。
爆発の余波が俺を襲う。
音も振動も何もかもが反響しあう。
ここは洞窟だ。
洞窟という閉鎖された空間。
そんな中で爆発が起こったら、どうなるか?
……崩落する。
俺の予想通り、周りの氷がピキピキと音をたててひび割れる。
これは……
「うお!」
「ちょっ! ダゴラスさん!? ど、どうするんですか!」
「うおお、考えてなかった……」
やっぱりか!
「逃げないとやばいです!」
崩落に巻き込まれるかもしれない。
「すまーん! 逃げるぞ!!」
主犯が軽い謝罪の言葉を叫ぶ。
「乗れ!」
そう言ってその場にしゃがみこむ。
これは見たことあるぞ。
マルジナリスの森での時だ。
つまり……
「またですか!」
「すまんね!!」
そうこうしている内に、天井から顔ほどの大きさの氷が落ちてきた。
これ、下手したら生き埋めだな。
氷の下敷きになるなんて、俺はごめんである。
「ひぃぃ!!」
「いくぞ!」
素早く立ち上がって、助走もつけずに走る。
初めからトップスピードに到達。
人外の脚力が成せる技。
そこからさらに。
「
ルーンを唱えた途端、ガクンと俺の身体が後ろへと流される。
空気抵抗が強くて、俺の身体が反ってしまうのだ。
車で走っているかのようだ。
空気が当たり、息を吸うのも難しい。
ララよりも速い……!
「|火よ《体。
空中に不自然に浮かんでいて、顔はない。
あるのは口だけだ。
その口はニヤリと笑っていた。
口から覗かせる歯は人間のような歯で……
「
いや、違う。
言ってて気付く。
確かに似ているが、決定的に違う特長が一つがあった。
体が青いのだ。
黒いのではなく、青い。
青い霧とは不思議なものだ。
霧ではなく冷気のようにも見える。
本来の冷気は白ではあるが。
「
「あれっすか、ブラックイーターの氷版ってことでいいんすか……」
「だな」
ダゴラスさんは魔剣を構え直す。
その姿からは気合が感じ取れる。
「
突如として魔剣が業火に包まれた。
俺とダゴラスさんの距離はある程度離れているが、それでも熱気が届く。
それもあったかいなんてものじゃない。
熱い。
ヴァネールの扱っていた炎と、ほぼ同質のものを感じる。
元々存在感を感じさせない魔剣が、強く自己主張を始める。
「リベンジ戦ってところか」
そう言ってニヤリと笑う。
高揚感溢れる表情だ。
「そこでちょっと待ってろよ」
そう言って、ダゴラスさんは姿を消した。
パキンと足元の氷が砕ける程の瞬発力をもって。
高速移動だ。
速すぎて、目で追いきれない。
凄まじい勢いで、魔物の周りに氷の棘が出現。
瞬間的に、それはダゴラスさん目掛けて伸びていく。
が、次の瞬間には氷解。
体感的には一瞬の出来事である。
展開が速すぎてついていけない。
洞窟の様相が瞬間的に変化していく。
壁という壁から氷の手が現出していたからだ。
洞窟の環境そのものを武器としているような、異質なものだった。
手数は圧倒的に魔物の方が上。
一気に氷の手がダゴラスさんに伸びていく。
だが。
戦闘が始まってから、十秒もかからなかったと思う。
魔物の口に、魔剣が真正面から刺さっていた。
見ていて痛々しい。
それなのに、全く痛がることなくジタバタと動いてやがる。
痛覚がないのか?
魔剣が突き刺さった結果、炎が更に燃え、魔物の身体に纏わり付いている冷気を霧散させていく。
致命傷。
誰もがそう思うだろう。
でも、俺は知っている。
魔物はしぶとい。
「コォォォォ……」
大剣が突き刺さっているにも関わらず、魔物は口を大きく開けて、冷気を出していた。
冷気がかかったダゴラスさんの防寒具の端が、あっという間に凍りつく。
あの冷気はやばい。
「むっ!」
ダゴラスさんも危険に気付く。
魔剣を引き抜こうとするが、それは叶わなかった。
身体から生えた無数の氷の手が、燃えている魔剣の刀身を掴んで放さないのだ。
氷の手は勢いよく溶かされているが、それでもダゴラスさんの防寒具が凍りつく時間の方が速い。
「ダゴラスさん!!」
「大丈夫だから、こっちには来るなよ!」
そうは言うが、本当に大丈夫か?
一見ダゴラスさんの方が不利に見えるが。
「ふん!」
ダゴラスさんが気合を入れる。
それが伝わったのか、突き刺さった魔剣の炎がさらに激しく燃えた。
「キリリリイアアアアアア!!」
魔物がそれに呼応するかのように叫ぶ。
鳥のような声を、拡声器で大きくしたような音。
自然界において、全く自然的ではない音だった。
みるみる内にダゴラスさんに纏わり付いていた氷が解ける。
魔物を構成している氷も同様だ。
ますますその温度は上がっていき……
「ハァ!!」
コンマ数秒、猛烈に光り輝いて、その直後大爆発を引き起こした。
「うおわ!!」
もうヴァネールそのまんまであった。
魔物は粉々に砕け散ってしまう。
生物が砕け散るとは、なんともグロテスクな話だ。
だが、細々に散った身体の破片すらも、凄まじい爆発は存在を許さない。
文字通り、魔物の身体は霧散していた。
爆発の余波が俺を襲う。
音も振動も何もかもが反響しあう。
ここは洞窟だ。
洞窟という閉鎖された空間。
そんな中で爆発が起こったら、どうなるか?
……崩落する。
俺の予想通り、周りの氷がピキピキと音をたててひび割れる。
これは……
「うお!」
「ちょっ! ダゴラスさん!? ど、どうするんですか!」
「うおお、考えてなかった……」
やっぱりか!
「逃げないとやばいです!」
崩落に巻き込まれるかもしれない。
「すまーん! 逃げるぞ!!」
主犯が軽い謝罪の言葉を叫ぶ。
「乗れ!」
そう言ってその場にしゃがみこむ。
これは見たことあるぞ。
マルジナリスの森での時だ。
つまり……
「またですか!」
「すまんね!!」
そうこうしている内に、天井から顔ほどの大きさの氷が落ちてきた。
これ、下手したら生き埋めだな。
氷の下敷きになるなんて、俺はごめんである。
「ひぃぃ!!」
「いくぞ!」
素早く立ち上がって、助走もつけずに走る。
初めからトップスピードに到達。
人外の脚力が成せる技。
そこからさらに。
「
ルーンを唱えた途端、ガクンと俺の身体が後ろへと流される。
空気抵抗が強くて、俺の身体が反ってしまうのだ。
車で走っているかのようだ。
空気が当たり、息を吸うのも難しい。
ララよりも速い……!
「
前方に火の玉を射出する。
火の明かりで、暗がりの奥の方までよく見透せた。
ガラガラと氷が砕けて落ちる。
一向に出口が見えない。
「後、どのくらいで出口ですか!!」
風の音に負けないくらい、大きな声で聞く。
「忘れた!」
ええ!?
「色々すまーん!」
三度目の謝罪である。
本格的に洞窟が崩れ始めてきた。
後、どのくらいで出口かも分からない。
光も何も射してこない。
落ちてくる氷の量が増えて、躱しきれなくなっていく。
バキバキと、嫌な音がする。
側面の氷と地面がひび割れていた。
でっかいひび割れで、それは今も急激に広がっている。
目の前の地面には底も見えない程の割れ目が出来ていた。
「やばいですって!!」
「跳ぶぞ!」
言い終わる前に、ダゴラスさんは飛んだ。
急に上方向へ跳躍するものだから、舌を噛みそうになる。
もう喋るのは止めよう。
足場は限定され、頭上からは落ちてきた氷が迫る。
俺を両手でガッチリホールドして背負っている関係で、魔剣は使えない。
「手、離しても大丈夫か!!」
無理無理無理!!
無理ですって!
片手でも離したら俺、どっかにすっ飛んじゃいますって!
口を開く訳にもいかないから、俺は大振りで頭を横に振る。
それはもう大袈裟に。
それを見て、ダゴラスさんはむず痒そうな顔をする。
本当なら、氷はかわす必要がない。
剣で斬ればいいのだ。
……俺がいなければ、だが。
「クルルリリシィアア!!」
奇声が聞こえた。
先ほどの魔物が、目の前にもう一頭待ち構えていた。
まだいたのか。
しかも、敵意むき出しだ。
この洞窟の現状においても、全く逃げる気配がない。
素直に通してはくれなさそうだ。
「このまま掻い潜るぞ!」
……らしい。
悪いことは重なるものだ、と俺は思った。
魔物は周りひび割れている氷すらも変容させて、氷棘を作っていく。
また並外れた速度の攻撃の予感。
グングン相手との距離が近付いていき、攻撃を回避するタイミングがシビアになっていく。
魔物はどうせ、崩れていく洞窟で生き埋めになる可能性なんて考えていないだろう。
恐怖心がないのだ。
それはつまり、相手は攻撃に遠慮がないということでもあった。
一斉に棘が伸びる。
こっちも相手に向かって走っているようなものなので、体感的には棘のスピードは倍速い。
鋭く冷たい先端が、ギリギリまで俺らに迫る。
「全力で掴まれ!!」
頭で理解するより、体が先に反応する。
指示に従って、腕をより深く首に回し、全力でダゴラスさんの首を絞める。
気使う必要はない。
遠慮は俺を殺す。
だから逆に殺す気で力を込めた。
それが瞬き一回分のやり取り。
そして……
シィインと鋭い音が、耳のそばで聞こえる。
横に何かが掠れる音。
氷の棘だった。
頰に掠れるかどうかの距離。
そこまで攻撃に接近したと俺が認識した直後、氷の棘が枝分かれした。
木の枝のように。
枝は全方向に伸びて、無差別に全てを襲う。
これ、避けられるタイミングか?
横方向に抜け道はなかった。
平面でかわすことを考えた場合、攻撃が当たらないことはもはや望めない。
それをダゴラスさんは、俺が考え付くよりもだいぶ早く解答を出して、行動に移した。
ダゴラスさんはまた跳躍した。
走るスピードを緩めないで。
速度を維持したまま、直角に近い鋭利な角度で飛んだ。
思わず呻いてしまう。
方向転換が急すぎて、骨に負担がかかる。
ピキリと音が鳴り、筋肉に運動エネルギーが伝わる。
しがみついているだけでこれだ。
飛んだ本人の体に、どれほどの運動力が働いているのか、想像も付かない。
横方向に伸びる氷の棘を掻い潜って飛ぶ。
言葉にすると簡単だが、異次元の身体能力である。
飛んだことによる速度の低下は一切ない。
そして、洞窟の天井はそんなに高くない。
ダゴラスさんが天井に接触する前に、体を素早く捻る。
体をひと回転させて、足を天井に向ける。
視界がめちゃくちゃだ。
周りが無数の線にしか見えない。
途端に気分が悪くなる。
スピードを殺さず、天井に叩きつけられるように着地?して、そこからもう一回地面に向かって足元を蹴った。
重力なんか関係ない。
力で物理法則を蹴散らしている。
蹴った天井が砕ける。
その強力な脚力を持って、これまた地面に叩きつけられるように着地した。
見事に、魔物の攻撃を掻い潜ぐり抜けた。
経験とセンスによる、回避の極地。
生物ができていい動きではない。
余韻に浸ることもなく、ダゴラスさんは駆け出す。
立ち止まる暇はない。
一刻も早く洞窟から脱出しなければならない。
そう。
俺は焦っていた。
俺が焦ろうが焦らまいが、結果は変わらない。
俺は背負われてる身なのだから。
けど、この不安は決してそんな理由では消えはしない。
だから俺は少し身を乗り出してしまった。
出口があるかを見たかったのだ。
それがいけなかった。
「がっ!」
身を乗り出した途端、俺の頭に激痛が走った。
その痛みと共に、クラクラと景色が揺れ出す。
視界の端に、拳大の大きな氷の塊が見えた。
うっわ。
景色が回って見える。
上下左右が分からない。
さっきのダゴラスさんの重力の法則を無視した動きの時とは違う。
あれは体ごとグルグルと感覚が振り回された感じがしたが、こっちは頭の中だけグルグルと回っている。
体に力が入らない。
ダゴラスさんの大きな体にしがみつけなくなる。
周りの音が聞こえない。
唯一聞こえるのは、キーンという頭の中で響く奇妙な音だけだ。
ズルリと密着していた両者の体が離れていく。
はっきりと意識が戻ったのは、空中に俺の体が投げ出されてしまった時だった。
丁度出来立てほやほやの断崖を飛び越えようと、大きく跳躍していたところだった。
ダゴラスさんの両手がに力が入っていない。
まさに、最悪のタイミング。
俺の体が離れた瞬間、ダゴラスさんがそれに気が付いて、すぐに後ろを見る。
「バッカやろう!!」
言いながら手を伸ばす。
空中では方向転換は効かない。
でも、能力はそれを覆す。
これと似たような状況が前にあった。
空中では方向転換をしたい時、悪魔はどうしてた?
風の能力を使ってたはずだ。
後ろに手を向けて、何かを唱えようとする。
でも、それは実現しなかった。
「危ない!!」
俺の痛みで霞んだ視界。
それで捉えた存在を見て、叫ぶ。
ダゴラスさんのすぐ後ろに、新たに現れた魔物……
流石は狩人と言ったところで、声に反応し、同時に魔剣でその攻撃を防ぐ。
至近距離からあらかじめ展開された無数の氷の攻撃を、鬼の形相でさばいていく。
余裕がないことは見て取れた。
必然、俺に構っている余裕はない。
どんどんダゴラスさんの戦っている姿が遠くなっていく。
空中で回避が出来ないから、考えられないくらい素早く正確に攻撃を打ち落としている。
痛みの走る頭で視認できたのはそこまで。
俺は深い深いクレバスの中へ、吸い込まれるように落ちていった。
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