第63話 強者どもの夜1~三人の襲撃者~

 〜十三日深夜〜


 「「起きて」」


 その声で俺は起きた。

 寝ぼけた頭が思考を邪魔する。

 ……体の感覚で分かる。

 まだ深夜だ。

 そう思って俺は再び寝ようとする。

 しかし、


 「「起きて」」


 今度ははっきりと聞こえた。

 その瞬間パッと覚醒。

 モヤがかった霧が晴れた感じだ。

 この声の感触を俺は知っている。

 テレパシーだ。

 誰かがテレパシーで俺に呼びかけている。


 「誰だ?」


 と言ったところで、俺は思い出す。

 テレパシーに反応しても、声をかけても聞こえないんだった。

 とにかく聞くしかない。


 「「強く思って。ここから脱出したいと」」


 思って?

 ただ思えばいいのか?

 それとも神殺しから脱出するシンちゃんみたいな感じで叫べばいいのか?

 よく分からぬ。


 「「はやく……」」


 急かしてくるしなんやねん。

 と思っておいた。

 理由も話さず何かを要求してくる奴にはこれぐらいが丁度いいだろう。

 へっ、と鼻を鳴らす俺であった。


 「「そこね」」


 頭の中で声が響いて、それっきりプツッとテレパシーが途絶えてしまった。

 それが始まりだった。


 鉄格子とは反対側の壁が爆発した。

 唐突に。

 俺の視界が一瞬、真っ赤に染まるぐらいの爆発だった。


 「どわっ!」 


 俺は爆風で勢いよく背中から鉄格子に叩きつけられる。

 痛ってぇ。


 壁に大穴が開いていた。

 室内の空気が、大穴から逃げていくのが分かる。

 つまり、外だ。

 その大穴の向こう側には夜空があった。

 月光を光源とし、雲海が仄かに反射している。

 そんな幻想的な場を飛行する生物を俺は見た。


 ……龍だ。

 前に襲撃してきた龍よりも数倍はでかい。

 姿形は黒龍そのものだが、所々傷があり、歴戦の魔物であることを伺わせる。

 その正体不明の龍は、俺を覗き込むような形で穴を見つめていた。

 巨大な龍の頭に悪魔が三人乗っているのが見えた。


 一人は魔法使い風の格好をした男だった。

 フード付きのマントを着ていて、手には杖を持っている

 土使いのシャミールに似ていた。

 ただし、そのフードは全体的に黒色に彩られていて、不気味な印象がある。


 その隣にいるのは、ガチガチの甲冑を着込んだ騎士だった。

 銀色の甲冑が月光を反射していて、やたらかっこいい。

 手を持ち、刀身も甲冑と同じく銀色に輝いている。

 全身銀色でピッカピカである。

 銀騎士とでも呼ぼうか。

 顔はこれまた銀色に輝く兜で覆われていて、男か女か判別できない。


 そして、最後の一人。

 俺を指差しながら二人に何かを話している。

 どうやら女性のようだ。

 何かで顔を隠しているわけじゃないのだが、うまく認識できない。

 顔は自体はしっかり見える。

 見えるのに、把握ができない。

 俺はソイツを知っているような感じがする……のだが、何か煙に巻かれているような感じがする。

 何なんだ、一体。

 

 「お前らは誰だ!」


 俺は大声で叫ぶ。

 三人がこっちを見た後、テレパシーで再度俺に話しかけてきた。


 「「乗りなさい」」


 龍の巨大な手が、大穴に差し込まれる。

 俺が乗れるように、手のひらが開かれていた。


 「急展開すぎんだろ……」


 これで逃げられる?

 封印は回避か。

 しかし……


 「「乗って」」


 モタモタしていると、テレパシーで俺を急かしてくる。

 信じていいのだろうか?

 正体不明の悪魔。

 目的も分からない。

 信じるに値するのか?


 「っつ!!」


 しかし、いずれにしても俺は乗れない。

 やらなければならないことがある。

 それをすっぽかすようなことはしない。


 「「来たわね……そこから離れて」」


 指示する声が聞こえた。

 同時に巨大な龍の手が引っこ抜かれた。

 壊れた壁が手に接触して、ガラガラと大きく壁が崩れていく。

 龍は、手を手刀の形にして……

 って!!


 「って、うおお!?」


 俺は全力で壁の端っこへ退避する。

 すると、巨大な龍は思いっきり大穴にもう一回手を突っ込んだ。

 地震みたいな衝撃が伝わり、ゴガンと鉄格子がはめてある壁ごと破壊される。

 鉄が曲がっているどころか、ちぎれてるよ……


 銀色の甲冑に身を包んだ悪魔は、龍の頭からひとっとびで大穴へ跳躍する。

 重厚そうな甲冑を着ているくせに、実に身軽である。

 距離にしておよそ百メートル。

 特に身体干渉系能力を使用した様子は見られなかった。

 龍が大穴を開ける前に能力を使用したか、それとも素の身体能力でそれなのか。

 いずれにしても恐ろしいまでの跳躍力で、俺の傍に着地した銀騎士である。


 「……」


 こいつは俺を前にしても無言だった。

 何か異質さを感じる。

 こいつは悪魔なのか……?

 無意識に俺は警戒を強める。

 そんな俺の態度を見て、銀騎士はそっぽを向き壊れた鉄越しの先の廊下へと歩き出した。

 廊下の闇へと消える。


 「誰なんだよ……」


 謎だ。

 全く持って謎。

 俺を連れていくでも殺すでもない。

 無視である。


 「……!!」 


 唐突に爆発が起こる。

 大穴の向こうからだ。

 巨大な龍が、攻撃を受けていた。

 多分、要塞の砲台だろう。

 だが、龍は砲台の攻撃にもビクともしなかった。

 蚊ほども気にしていない。

 当たり前だ。

 この龍よりサイズが小さい同種の龍にも効果がなかったのだから。

 更に、悪魔の攻撃と思われる火の球が龍に着弾。

 爆発による煙で前が見えなくなってきた。

 見た目は苛烈だが、やはり効果は薄い。


 途中、煙から光が漏れ出した。

 巨大な龍の頭を中心に。

 赤色光……召喚光だ。

 何かを召喚しようとしている。


 光源は一か所のみだった。

 しかし直後、龍の頭上に何十、何百もの小さな赤色の光点が発生する。

 それは留まることを知らず数を増やし続ける。

 例えるなら星だ。

 夜空に浮かぶ星々のように、無数に輝いている。

 あれら全てが召喚光だ。

 これだけ大量の同時召喚を見るのは初めてだ。


 そして、その召喚光から出てきたもの。

 それは鳥だった。

 ただの鳥ではない。

 人間サイズの鳥だ。

 見た目はタカに近い。

 だが、爪の部分が異様にでかい。

 肥大化している。

 魔物独特の雰囲気が感じ取れないため、黒鳥のような原生種ではあるのだろう。


 泣き声はない。

 また、好き勝手に逃げる様子も見られない。

 訓練されてるのか?

 考察する暇もなく、タカのような鳥達は要塞へ向かってきた。

 砲台や悪魔達を襲う気なのだろう。


 俺の予想通り、タカ達が規則正しく散開して数秒後、激しい爆発は散らばるように拡散していく。

 召喚された鳥にターゲットがばらけつつあるのだ。

 召喚主は恐らくフードを被った悪魔だろう。

 手に持った杖が赤く発光している。

 フードの悪魔は杖をかざしてう叫んだ。


 「来やれ! 隷属の獣犬ケルベルス!」


 すると、何もない空間から転移の陣が出現した。

 光の文字で描かれた光の転移の陣。

 空に投影しているのか……?

 そして、召喚光から新たに出てきたもの。

 それは、三つの頭を持った黒く巨大な犬だった。


 現世の神話に登場する怪物ケルベロスという怪物にそっくりだ。

 ケルベルス、サーベラスとも。

 ギリシャ神話における、怪物テュポーンとエキドナの子。

 冥府の入り口を守護する番犬。

 恐るべき猛犬。


 「ガアアアアアァァ!!」


 黒い犬は天に向かって大きく吠える。

 黒龍には劣るが、それでも相手を畏怖させるのに十分な威圧感だ。

 フードをかぶった悪魔は更に召喚を続ける。

 あいつの背後には新たな陣が複数光輝いていた。

 どれだけ召喚するつもりなんだ?

 エネルギーの消費量は膨大なはずだが、どこから出しているのか……

 と、俺が思ったところで横槍が入る。

 巨大なハンマーを持った悪魔が、フードの悪魔目掛けて攻撃を仕掛けたのだ。


 「おらあぁ!」


 攻撃を仕掛けたのはロンポットだった。

 それに反応して、黒い犬は炎の玉を吐いて反撃してきた。


 「引力操作アトラクト!!」


 どこかから声が聞こえ、黒い犬の頭が引力操作により下を向く。

 炎を口に含めた状態で。


 「食らえ!」


 ロンポットの一撃が黒い犬の頭に直撃し、その反動で口の中の炎が爆発を起こした。

 頭の一つがバラバラに吹き飛び、その場には肉片が飛び散る。

 エイシャも来てるのか。

 対応が早い。

 流石は隊長格だ。


 だが、黒い犬の頭部は徐々に回復を始めていく。

 再生能力を持ってるのか。

 ヒュドラじゃあるまいし。


 「制約練成ラピデウス アルケミア・黒鉄!!」


 ロンポットは手を前にかざした。

 すると、目の前に巨大な鉄の塊が現れた。

 丁度、シャミールが空中で岩を精製するかのように。

 その鉄の塊に向かって、ロンポットはハンマーを振りかぶる。


 「おらぁ!!」

 「ガアアアアァァ!!」


 黒い犬の残った頭は、獰猛な声を上げる。

 同時に、黒い犬の周辺には半球体状の結界が作られる。

 再生しながら能力を行使できるのかよ。

 しかし、ロンポットはそれに構わず鉄の塊を黒い犬に対して打ち放った。

 

 結界に鉄の塊が衝突し、衝撃がピリピリと伝わってくる。

 結界はミシミシと軋むが、僅かに結界の防御力が勝っているようで砕けてはいない。

 そのまま鉄球の勢いが止まって……


 「引力操作アトラクト!」


 エイシャの声が響き渡る。

 すると、鉄球が加速するように音を立てて動き出す。

 結界が砕け散った。

 勢いは止まらず、その黒い犬の体は全て押しつぶされた。


 すげえ。

 ごく短時間に倒しきった。

 やっかいそうな相手だったのに。


 だが、周りには転移を終えて出現した無数の原生種の鳥が待ち構えていた。

 その間も続々とフードの悪魔は召喚を続けている。


 「召喚を止めるぞ!」

 「ええ!」


 ロンポットとエイシャは動き出す。

 離れた場所で見ていた襲撃者二人を睨みつけて、ロンポットとエイシャはいつの間にか床代わりとして張られていた結界を足場に着地し、再び攻撃を仕掛けようとする。


 「いや、待て!」


 ロンポットとエイシャは急にストップして、方向を転換。

 後ろへ跳ぶ。

 直後。


 「うお!」


 炎の業火が巨大な黒龍を襲った。

 頭上に乗った襲撃者二人と、召喚された原生種全てを丸呑みにして。


 「ワシの前で勝手ができると思っているのか?」


 そこには、老騎士ヴァネールがいた。

 片手に魔剣を握り、いつもの炎を顕現させて。

 最大戦力も投入されたらしい。


 「ほぅ、七十二柱か。戦うのは久しぶりだ」


 龍の頭に乗っていた二人は生きていた。

 怪我すらしてない。

 確かに炎の攻撃は当たったように感じたが……


 「エイシャ! ロンポット!」

 「ハッ!」


 ヴァネールの呼びかけに素早く応じる二人。


 「二人は召喚王の方を抑えろ。ワシはもう片方の奴を殺す。お前らではコイツらを殺しきれん」

 「ハッ!」


 短いやりとりだ。

 だが、戦闘においては最善。

 合理的だ。


 「おい、ヴァネールがいるなんて聞いてないぞ」


 その様子を見て、杖をトントンと手のひらで叩きながらフードの男は話し始めた。

 テレパシーの時の話し方と一緒だ。

 間違いない。

 フードの悪魔、あれが召喚王だ。


 「もしかして黒龍がやられたのもコイツの仕業か?」

 「でしょうね」


 襲撃者の一人である女悪魔はそれに返答する。

 コイツの声もどこかで聞いたことがある気がするが、何かボヤけてて分かりにくい。

 顔もそうだ。

 俺は見たことがあるはずなのに、何故かそれを思い出せない。


 「俺は絶対に断罪者なんかとは戦いたくないからな。相性最悪だ」

 「ヴァネールは私が引き受けるわ」

 「お前、ルフェシヲラを操作したんじゃないのか? ヴァネールがどっかの領地に派遣されるように仕向けたんだろ?」

 「仕向けてもうまくいかないこともある。仕方ないわ」

 「冗談じゃないぞ。火の粉がこっちに降りかからないようにしてもらいたいもんだ」

 「もちろん」

 「俺は周りの隊長相手か。まあ、それくらいならわけもない」


 そう言って、フード男改め召喚王は俺を睨む。

 やはり俺目的か。

 大穴の向こうから、射抜くように見つめてきやがる。


 「ヴァネール、久しぶりね」


 襲撃者である女悪魔は、気軽そうにヴァネールへ声をかける。

 まるで旧知の仲みたいに。

 ヴァネールは途端に不機嫌そうな表情に変化する。


 「どいつもこいつも裏切りおって」

 「私は最初からこういうスタンスだったでしょ?」

 「ふん、どうせララを誑かしたのもお前だろう」

 「助言が誑かしになるのであれば、そうね」


 ララを誑かした?

 こいつが?

 こいつはララとも面識があるのか?


 「まあいい。どっちみちお前はここで死ね」

 「私に勝てると思ってるの? 無謀じゃない?」

 「長年戦いを離れていた奴が何をほざく! 誰かを操ることしか能のないお前が!」

 

 ヴァネールは大きい声で、怒りをあらわにした。

 怒りは炎の勢いを倍増させていく。

 轟々と炎は形作り、それは一つの生物を模していった。


 ラース街で見た巨大な炎の龍だ。

 襲撃者である女悪魔が乗っている巨大な龍と、同等程度の大きさの龍が、炎によって顕現した。


 「おい、俺は行くぞ? ここにいたら巻き添えくらいそうだからな」

 「ええ、ここは抑えておくから残りの二人をお願い。後はバルバトスに任せておけば問題ないわ。一人増援も作れそうだし」

 「やっぱり魔女だよ、お前は。味方だとすげえ頼りになるが、恐ろしい」


 言いながら、一瞬で召喚した鳥型の魔物の背中に飛び乗る召喚王。


 「ロンポット! エイシャ! 追え!」


 ヴァネールの合図と共に、その場を離れようとした召喚王を追う騎士二人。

 それが、戦いの合図だった。


 灼熱の炎が全体を包んでいく。

 それに負けじと巨大な黒い龍は咆哮する。

 そして、巨大な龍同士の殺し合いが始まった。

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