第62話 牢屋の生活2

 〜八日目〜


 前の鉄格子生活となんら変わらない。

 配膳係は以前のままロンポットだ。

 彼は変わらず気軽に話してくるが、俺の処分について話がいきそうになると、途端に話を逸らす。

 俺に気を使っているのかどうかは分からない。

 だが、彼はそうした態度を貫いていた。


 話す内容はくだらないものばかり。

 たわいもない世間話である。

 どこどこで珍妙な固有能力を作り出し失笑ものだったとか、同僚への愚痴だったりだとか、そんな話。

 でもたまに有益な話をしてくれることもある。


 「なぁロンポット」

 「なんだ?」


 俺は飯を食いながら、それを見張っているロンポットに声をかける。

 俺達が話すのはこの時間のみだ。

 三十分くらいだろうか。

 その間無言ってのはお互いに気が引けるらしく、自然とどちらかがしゃべりだしている。


 「騎士団の連中って色んな恰好をしてるじゃんか」

 「あー、まあな。良く言えば個性豊かで素敵よねって感じだな」


 つまり本音じゃねぇよってことね。


 「何か色々個性的な服装してたよな。忍者やらなんやら」


 そう聞くと、ロンポットはニヤリとして返答した。


 「あのメンバーは人間の世界の文化に影響された組が多いからな。影響されてんのさ。例えば、ルフェシヲラなんかはスーツ着てるだろ? この世界には魔王様から人間の世界の情報がもたらされる。書物なんかでそれを目にして、実際に作ってみたってパターンだ」

 「じゃあ忍者のセスタとかもか」

 「ナース服着てって頼んだら感電死させられそうになった」


 バトルナースか……俺も少し見てみたいかも。


 「なんかコスプレイヤー見てるみたいだ」

 「俺は本物のコスプレってやつを見てみたいよ」

 「コスプレって言葉も知ってんのか」

 「まあな。知識付与はもう知ってるんだろ? マリア様の自宅で過ごしたって聞いたぞ」

 「ああ、知識付与ね」


 知ってる。

 俺も一回受けた。

 おかげで地獄の文字が理解出来るようになった。

 あんなもんチートやチート。


 「あんなコスプレ集団でも、戦えばちゃんと強いんだもんな。もちろんお前も」

 「だろ?」


 おだててみたら、案外簡単に喜び始めた。

 やっぱコイツちょろいかも。


 「俺も含めたあのメンバーは、みんな隊長クラスか側近やってる奴らだからな。当然あれぐらいでなきゃ勤まらない」

 「ヴァネールは多分例外として、あいつらこの世界ではめっちゃ強い方なんだろ?」

 「この世界基準でいくとそうでもない。地獄にはあれ以上なんてゴロゴロしてるからなぁ」


 例えば召喚王とかだろうか。


 「まあ、七十二柱も含めたらキリがないが、含めなきゃ俺らもいい線いってるんだぜ? 魔王の側近のセスタとかは隊長格の中でも指折りだな」

 「あの忍者悪魔、側近なのか」

 「アイツは魔王様にいつもビッタリだぜ。隠れながらだけどな」


 にしては謁見の部屋には、俺と魔王しかいなかった気がする。

 あの時も影から見てたのか?

 でも、見てたら速攻で俺を捕獲か殺そうとしただろう。

 うーん、分からん。


 「側近はセスタ。秘書はルフェシヲラ。俺とエイシャとポポロ、シャミールが隊長ってわけだ」

 「だよな。予想はしてた」

 「隠していたわけじゃないがな」

 「じゃあヴァネールは?」

 「第二隊長」

 「第二とか第三って階級みたいなもんか?」

 「だな。数字が一に近ければ近い程強い。全部で十三。ヴァネールは二番目に強いってわけだ」


 十三隊……なんか護廷の十三隊っぽい。


 「第二であれだから、第一隊長は正真正銘の化け物なんだろうな」

 「まあ赤龍だしなぁ。第一~第四隊長は全員アホみたいに強い。お前の逃亡を手伝ったララ様は第三隊長だ」

 「おお、様付け」

 「尊敬してるし」

 「ちなみに、俺は第十隊長な」

 「へー」

 「薄い、薄いぞリアクション。もっとくれ、リアクション……!」

 「すまん」

 「逆に謝るな馬鹿野郎」


 そんな話をしている間に俺は飯を食べ終えて、ロンポットに食器を渡す。

 囚人の立場なのに、結構な量の飯を食わせてもらってる。

 味は気にするまい。


 「んじゃ、また来るぞ」


 彼の足音が廊下に響き渡る。

 まだしばらくこんな日々を過ごすことになるだろう。




 ---




 〜九日目〜

 

 何もすることがないと、運動不足になってしまう。

 いざって時に動けないと後々後悔するだろう。

 ということで、こんなインキ臭い場所ではあるが運動することに決めた。


 走るのは無理そうなので、ここは腹筋とか背筋、腕立てなどの王道を攻めるべきだろう。

 ムショトレーニングである。

 略してムショトレ。


 俺の体は元々恵まれているようで、中々快適に動いてくれた。

 試したところ、途切れなく腹筋、背筋、腕立てを百回することができた。

 左腕は斬り落とされてないので、右腕だけを鍛えた。

 いくら動いてもばてない。

 絶好調である。

 そういえば、戦う時なんかの反射神経も抜群だったな。

 素早く動くものに対して、さほど遅れることなく反応してた。

 きっと前世はそういう環境で生きてきたんだろうなぁ俺。




 ---




 〜十日目〜


 今回は珍しく、ロンポット以外の悪魔が俺の元へやってきた。

 引力使いの女悪魔、エイシャだ。

 エイシャはロンポットが飯を運んできたのと同じように飯を持ってきた。


 「会ったのはこれで二回目ね」

 「そうだな」

 「ほら、ごはん」


 そう言って、飯を鉄格子の空いたスペースから入れてくる。


 「食べたら?」

 「ああ……」


 俺をじっと見てくるエイシャ。

 むう、なんかやりにくい。

 しぶしぶ俺は飯を食べ始める。


 「あなたはさ、ここから脱出したいって思わないの?」


 で、いきなりそんなことを言い出した。

 愚問だな。


 「したいけどできない」

 「だよね」


 分かり切ってんだろ。

 分かってて質問したな、多分。

 てか心読めるやん。


 「あなた、何考えてるかさっぱり分からないのよね。私、顔見て気持ちを読むの得意じゃないから」

 「心が読めるなら表情で判断しなくていいんだから、そうなって当然じゃないのか?」


 それは便利な機械に頼って、自分自身の技術や価値を気が付かない内に落としてしまうこととよく似ている。

 頼りすぎたらダメなものなんて、腐る程ある。

 使わなきゃ技能も腐る。

 便利は腐敗の先触れだ。

 そこは悪魔も人間も変わらないのでは?


 「そうね。よくよく考えてみたら」


 彼女にそんな考え方はなかったらしい。

 気付かないのは当然か。

 だって常識だし。


 飛行機は水を潜れる。

 車は宇宙に行ける。

 鉄は爆発する。


 それは常識ではない。

 範疇外だろう。

 想像しにくい。

 普通はそんな想像はしない。

 発想が出ないことに対して疑問も持たない。

 気が付かない。

 

 「いえね、心が読めないだなんて魔王様やルフェシヲラ様マリア様以外には見たこともないからさ」

 「心、読めないのか?」

 「あれ? 知らなかったんだ?」

 「何で魔王の心が読めないんだよ」

 「読めないから読めないのよ。仕方ないでしょ?」


 そうか、読めないから読めないのか。

 つまりなんで読めないのか分からないんだな。


 「で、話変わるけどなんでお前がここに?」

 「あら、悪い?」

 「悪いとかはないけど、正直色々と勘ぐる」

 「何もしないわよ。あなたに興味があって、ロンポットと交代しただけだから」


 興味か。

 全く持って光栄ではない。

 どちらかと言うと不快である。


 「あなた、ラース街で私と戦ったでしょ?」

 「戦ったな。散々邪魔してくれたけど」

 「人間にしては随分と強いのね。ある程度強い魔物もあしらえそうなくらいには」

 「まあ、魔物倒したし」

 「どんな?」

 「意思の捕食者メイトリクス・ラパクスってやつ」

 「お、闇の器!」

 「闇の器? どのくらい強いんだ?」

 「そこらの兵士では束になっても歯が立たない。手練れが複数、もしくは隊長格の悪魔一人で討伐できるくらい。でも、今のあなたからはまるで強い感じがしないのよねぇ」

 「これが俺のデフォルトだ。あの時の俺はどうかしてたんだよ」

 「ふーん」


 なるほど。

 戦闘時と平時の俺でギャップを感じたからここに来たのか。

 だが、俺にそれで興味を持たれても困る。

 何故なら俺だって俺が強くなる理屈を知らないのだから。

 無知に何を聞いたって無駄だ。

 無駄寄りの無駄だ。

 無駄無駄無駄。


 いや、魔剣がきっかけだということは分かる。

 だが、それ以上は分からない。

 魔王は地獄以外のうんたらかんたらと言ってたが、その言葉の意味もよく分からない。

 とりあえずあの魔王は遠回しに言いすぎだ。


 「そっか」


 そう言って、俺から目を逸らしたエイシャ。

 もう聞きたいことはないらしい。

 態度がハッキリしていて実に分かりやすい。




 ---




 〜十一日目〜


 俺がベットで横になっていると、遠くから爆発音が聞こえた。

 悪魔達が騒がしくしている声も。

 一時間ぐらいは遠くから戦闘と思わしき音が廊下から響いてくるが、それ以降は何の音沙汰もなくなった。


 その後、飯の時間に来た配膳係りは、ロンポットでもなく、エイシャでもなく、ボロボロのマントに身を包んだ狂人悪魔。

 ポポロだった。


 ポポロは俺の飯を持ってきて、いつもどおり鉄格子の空いたスペースから飯を入れてくる。

 何でまた飯を持ってくる奴が変わった?

 俺がそう思っていると、


 「あ、あのね、怖い魔物が攻めてきたから、みんな忙しいんだ。だから、ぼ、僕が運ぶことになったんだ……」


 状況を説明してくれた。

 なんて優しい奴なんだ。

 これで狂人設定がなければ好きになれたろうに。


 「食べてね……」

 「あ、ああ」


 少しビクビクしつつも飯に手を付ける俺である。

 緊張しているせいか味が良く分からん。


 「あの……」

 「な、なんすか?」


 恥ずかしがるような、怖がるような態度で俺に話しかけるポポロ。

 んな臆病にならなくてもいいだろうにとか一瞬思ったが、そういえばビビっているのは俺も同じである。

 今はこうだが、急に凶暴になられたらこっちが怖い。

 気が抜けないのだ。


 「セ、セスタから聞いたんだけど……マリア様の家に居たって本当?」

 「まあ、泊めてもらってたな。他に行く当てがなかったもんで」

 「でも、なんでマリア様?」

 「気絶してたところを助けてもらったんだ」

 「いいなぁ。マリア様の家に泊まれて」

 「お前もマリアさんは知ってるんだな。相当有名人ってことか」

 「うん、たくさんお世話になった」

 「優しいもんなぁ」

 「うん」


 優しい笑顔を浮かべるポポロ。

 狂気的な笑みとは全く別の種類の笑顔だ。


 「でも、マリア様の家の場所、誰も分からないから誰も会えないんだ」


 誰にも分からない……

 個人情報の保護的な感じだろうか?

 いやしかし、悪魔の心を読むという性質上個人情報の保護など果たして意味があるのか?

 あ、でもマリアさんは例外だったんだっけ。

 いやいや、でもスー君やダゴラスさんはどうなんだ?

 知り合いに会った瞬間に家の場所を把握されたりするのでは?

 ってことは、あの家に住み始めてから知り合いに誰も会っていない?

 でもそうすると学校に行っていると言っていたスー君はどうなんだ?

 ……もしかするとだが、転移の陣を使って登校していたのかもしれない。


 「もしかしたら人間が知ってるかもってセスタが……」


 なるほど。

 それで俺に話したってわけか。

 自分に配膳係りの役割が回ってきて、チャンスだと思ったんだろうな。


 「ごめん、マリアさんの家の場所は知らないんだ」

 「えっ」

 「家には泊ったけどラース領の辺境ってとこまでしか聞いてない。俺も興味なかったし……」

 「そっか……」


 なんか意気消沈してしまった。

 こいつもこいつでこれ以上なく分かりやすいな。


 「うっ、うぅ……」


 あ、やばい。

 ポポロが泣きそうになっている。

 顔がクシャクシャだ。

 鼻をチンしたティッシュのような顔だ。


 「ひっく……もう行くよ……」


 ポポロはギリギリのところで泣くのを堪えた。

 涙をボロボロのマントで拭きながら、フラフラと来た道を戻っていく。


 「ちょっ、ちょっと待って! ごはんまだ食べ終わってないぞ!」


 食器は持って行かなくてもいいのか?

 別にどうということはないんだろうけど、ここに置いておくのは衛生的によくない。

 出来れば持って行って欲しいんだが。


 だが、俺の言葉はポポロの耳に届かず、そのまま立ち去ってしまった。

 あーあ。

 置いて行っちゃったよ。


 「まあいいけどさ」


 俺は残った飯をまた食べ始めることにした。




 ---




 〜十二日目〜


 ロンポットに昨日のことを話した。

 主にポポロが来て、泣いて帰ってしまったことを。

 それらを伝えると、ロンポットは珍しがる顔をした。


 「いやあ、まさかポポロが泣くとはな」

 「珍しいのか?」

 「結構長い付き合いだけど、ポポロが泣いたところを俺は一度も見たことがない」


 その割には、俺の前でいとも簡単に泣いてたがな。


 「どうやって泣かしたんだよ?」

 「泣かした言うな。泣いたんだ。マリアさんの家はどこかって聞いて、それで俺が分からないって答えたら泣いた」

 「そうか、まあマリア様は色んな奴らに恩があるからな」

 「へえ、どんな」

 「それは言わないぜ。お前の世界で言うところのプライバシーってやつだ」


 それなら聞けないな。

 悪魔の深いところまで踏み込む程、俺は親しくないし。

 詮索するのは止めておこう……と思ったが、心を読むってんならプライバシーって考え方は出てこなくないか?

 深くは突っ込まんけども。


 「ところで、昨日は何の騒ぎだったんだ? 爆発が聞こえてきたぞ」

 「おう、ここまで聞こえたのか」

 「小さい音だったけどな」

 「魔物が襲ってきたんだよ。目当てはもちろんお前な」


 やっぱり魔物か。


 「ロンポットも出てたのか?」

 「ああ、よく掃討戦には駆りだされるんだ。俺の能力は集団戦にピッタリだからな」

 「あのでかいハンマーを使ってか?」

 「まあな。あくまでハンマーは補助ではあるが」

 「どんな能力なんだよ?」

 「教えねぇよ。まあ、お前が逃げ出しそうになったら見せてやる」


 思わぬカウンターを食らった気分だ。

 教えてくれる気はないらしい。


 「ま、そういうことだな」


 ロンポットは話が終ったと言わんばかりに立ち上がる。


 「ポポロが置いてった食器、持ってってくれ」

 「おうよ」


 スペースから食器を押しやり、ロンポットが受け取る。


 「それじゃあな」





 ---




 〜十三日目〜


 特に伝えるべきことはない。

 静かに位置日が終わった。


 体がなまらないように運動して、飯を食って。

 ただそれだけだ。

 何もなかった。

 だがそれは、嵐の前の静けさというやつだったのだ。 

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