第61話 集合

 黒龍アーテルと呼ばれた魔物の襲撃から数時間後。


 「ルフェシヲラ、ロンポット、エイシャ、セスタ、ポポロ、シャミール」

 「ハッ!」


 魔王の呼びかけに凛とした声で応える悪魔達。

 軍隊かここはとツッコみたいね俺は。

 返事した悪魔達は、先ほど外で戦っていた奴らだ。

 

 重力の固有能力を使っていた悪魔がエイシャ。

 フードを被っている土使いがシャミール。

 ボロボロの大剣を持って、狂ったような戦いを見せていたのがポポロ。

 忍者のような格好をして、電撃を使っていたのがセスタ……らしいぜ。

 忍者装束だったり、スーツ着てたり、魔法使いみたいな格好してたりと服装が個性的だ。

 もはやコスプレやんけ。

 およそ騎士団とは思えないのですが?

 

 「よお」

 「ロンポット……」


 俺へ気軽に挨拶をするロンポット。

 こいつ、やっぱりただの配膳係ではなかったな。

 下級の騎士は部屋の外だから、多分隊長格なのだろう。


 「どうだった、俺の戦いっぷりは」

 「龍にダメージ入ってなかったな」

 「きつい返しだなぁ。人間には分からんかもしれんが、足止めできただけすごいことなんだぜ」

 「知らん」

 「そっけないなぁ。お前が自殺しないよう見守ってやってたのに」

 「そりゃどうも」

 

 強者どもが周囲にいては、自由に会話をする気になれない。

 適当に返事してやった。


 「確か、中央市場であなたと戦ったわね」


 そう横から口を挟んできたのは、引力使いの女悪魔……確か名前はエイシャだ。

 随分と重そうな鎧を着ているが、彼女の動きは軽々としたものである。

 彼女はじっと俺を見ていた。

 興味ありげな感じ。


 「あの時とは随分雰囲気が違うわね」


 あの時っていうと、逃走してる時か。

 引力で俺の進行を妨害していたな。


 「命がかかってたら、誰だって変わるだろ。今は落ち着いてる」

 「それは前提。何か違うのよ。感覚的なものだから、言葉で説明できないけど」


 じゃあ俺にも分からんな。

 あくまで彼女の感覚だ。

 興味もさしてない。

 従って追及もしない。


 「そうかねぇ。俺はそんなに違うとは思わんけど」


 そうロンポットが口出ししてくる。


 「そりゃあ、あんたがこいつの戦ってる場面を見てないからよ。あんたは城内で下っ端のやるようなことをしてたじゃない」

 「下っ端とは何だよ! あれだって立派な仕事だぜ」

 「うるさいわね。あんたが固有能力使うといっつも周りの建物壊すじゃない。だからだだっ広いところじゃないと戦わせてもらえないんじゃないの」


 喧嘩するほど仲が良いって感じの二人である。

 もしかしたら恋人なのかもしれない。

 どうでもいいが。


 ロンポットとエイシャが言い争ってる横で、ビクビクと覚えている悪魔が一人いる。

 ソイツはボロボロのマント姿で、背中にはこれまたボロボロの大剣が背負われている。

 こいつは確か、黒龍の攻撃にビクともしてなかった狂人の悪魔……だったはず。

 だが、目の前に居るのは同じ容姿をした気弱そうな青年の悪魔である。


 「や、やめてよ二人共。ケンカは良くないよ……」


 あー……性格が真逆になっている。

 さっきまでハハハ!とか叫んでたじゃないか。

 サンタからのプレゼントを受け取った子どものようなピュアスマイルで。

 お前の狂いっぷりはどこへ置いてきたんだと言いたかった。

 いや言わんけど。


 もしかしたら、戦闘の時だけ興奮するとか?

 バイクに乗った本田さんとか、眼鏡を外した上尾先生みたいな。

 確か、ダゴラスさんの家で読んだ本には興奮作用を引き起こす能力のことも書かれていたな。

 興奮作用を引き起こす能力があるのなら納得しないでもない。

 性格が急変するほど強力だって言うのならだが。


 「セ、セスタぁ。何とかしてよ、二人がケンカしてるよ。僕、怖いよぉ」


 今にも泣き出しそうなポポロが助けを求めているのは、忍者の格好をした悪魔だ。

 顔はお面に隠れて全く見えない。

 近くで見るまで分からなかったが、胸があるので女悪魔のようだ。

 ポポロが黒い忍者装束にしがみついている。

 ……仲が良いのか?


 「ポポロ。あれはケンカしている訳じゃない。じゃれているだけだ」

 「じゃれてるの?」

 「そうだ。しょっちゅうやっているだろう? いちいち気にすることはない」


 ケンカしながらも会話を聞いていたらしいロンポットが彼女へ振り向く。

 今の発言に不満があるようで、セスタに突っかかってくる。

 あいつ意外と喧嘩っ早いのかもしれない。


 「本当のことだ。今更何の不満だ?」

 「あれはアイツが雑兵の仕事をバカにするから……」


 そこでエイシャも会話に混ざり、


 「あらぁ? 事実じゃないの?」


 挑発するように発言。

 ロンポットが進路を変更しまたまた突っかかる。

 ポポロはそんな様子を見て更にオロオロとしていた。


 そんな小学生の日常にありそうなシーンの中で、沈黙を守る悪魔が一人。

 フードを深めに被って、顔を見せないようにしている悪魔だ。

 黒龍との戦いの時に、岩で重力使いのエイシャをサポートしていた奴だ。

 名前は……何だっけか。

 一気に覚える名前が増えて、めんどくさいな。

 えー……ああ、シャミールだ。


 彼は俺のことをさっきからジッと見ていた。

 気まずさダイマックスなんですが。

 何を考えているんやらさっぱり分からん。

 とりあえずいない者扱いさせていただいている。


 そして、肝心のルフェシヲラ。

 彼女は魔王の隣にいた。

 相変わらずクール然としている。

 まあ、魔王からあんだけ陰湿なこと言われたら、ほのぼのシーンなんかに入る気にはなれんよな。

 元の性格に由来するものなのかもしれんけども。


 「さて、いいか」


 魔王にそう言われて向き直る悪魔六人。

 その表情は真剣そのものだ。

 俺と気楽そうに話していたロンポットでさえも態度を切り替える。

 忠誠心が厚いことで。

 あっという間に静かになった。


 「さて、今現在において主力の君達六人。そして今はいないが、ヴァネールが一人。計七人だ。本来なら他にも隊長の面々や手練がいたのだろうが、各地に散らばっているせいもあって心もとない戦力になってしまった」


 そうか、まだ他にも隊長格はいるらしい。

 多分どっかに出張にでも行っているのだろう。

 


 「ヴァネールがいなければ、ここが落とされていただろう。今回の編成は全て、ルフェシヲラの一任だ」


 みんながルフェシヲラの方をじっと見る。

 気まずい空気はない。

 むしろ、これからどう改善していくか、みたいなポジティヴさを感じる


 魔王はその後、悪魔達に分かりやすく説明を施した。

 ルフェシヲラが精神誘導を限定的な場面で複数人の悪魔に行使していたこと。

 その身体干渉能力により人間に敵意を故意的に抱かせた可能性があること。

 そうして俺を追い詰めた結果、黒龍襲撃の原因になってしまったこと。

 殺すこと判断を下すことは状況的に難しいこと。

 要約すると、そんな感じのことを魔王は話していた。

 その間みんなの目線は魔王と俺とルフェシヲラを行ったりきたりだ。

 視線と頭が忙しいに違いない。


 「このことでルフェシヲラを処罰するつもりはない。ただ、このようなこともあると意識しておいて欲しい。心を読む力を過信しないで欲しい。心を読むことの出来ない例外は極少数いるという事実を忘れるな」


 ルフェシヲラをどうこうするつもりはないらしい。

 ただ、注意喚起しただけだ。

 これが魔王の目的?

 これでルフェシヲラの考え方を変えようとしてるとか?


 「魔王様、いいですか?」


 ロンポットが魔王に発言の許可を求める。


 「何だ?」

 「今、そこにいる人間の処分はどのように?」

 「カムント城へ運んだ後、領地の魔王であるレヴィアタンと私の立会いの下封印する。最高位の結界牢の魔具があそこにはあるからだ」


 みんな考え込んだような顔になる。

 丁度、ルフェシヲラが考えていたことと合致するんじゃないだろうか。

 俺を殺した方が手っ取り早いということ。

 何故、手っ取り早く殺さないのか。

 おおよそそんなとこだろう。

 どうせな。


 「異論はあるか?」


 魔王の言葉に沈黙する悪魔達。

 肯定の沈黙だろう。

 一応納得はしているようだ。

 なんかちょっと民主主義的な感じだ。


 結局のところ、このままいくと俺は封印という流れになってしまう。

 一生檻の中だ。

 やはり黒龍に勝ってもらわなければいけなかったようである。

 でもそれにしたって救出を試みた召喚王の所が安全って保障はない。

 召喚王のとこに世話になっても俺をめぐっての争奪戦はどこかのタイミングであるだろうし。

 ボロ雑巾の如く俺を使い倒すことだって考えられる。


 俺が召喚王の指示に従い中央執行所から逃げたのは、その場で殺されるかどうかの危機的状況だったからだ。

 現在の魔王は叙情酌量の余地ありみたいなことを言っているが、それもあのラース街の時点では怪しかった。

 今はこうして拘束されても殺されていないという事実があるので、一応ある種の信用は出来る。

 封印とやらを実行する発言の信憑性が高いってことだ。

 出来ればそれは避けたい。

 が、望みはすれど、実際に避けることは難しそうだ。


 ここは空中要塞。

 ガラスを見れば、どこまでも続く黒い雲、雲、雲。

 物理的な脱出は不可能。

 誰かからの手助けがない限り。


 ララは拘束中。

 召喚王は黒龍をけしかけて失敗。

 むう……


 召喚王の他にも、俺を狙う奴はいる。

 魔王も後々襲撃があるだろうことは悪魔の面々に伝えていたし。

 脱出する機会があるとすれば、襲撃の間しかない。

 とか考えていたのだが、なんか無理な気がしてきたんだよなぁ。

 さきほどのヴァネールの戦いぶりを見たらそりゃビビる。

 あいつから逃げ切れるか?

 鬼ごっこで百人の鬼から逃げ切る方がよほど簡単なように思えるんだが……


 しかし、諦めてしまっては何も始まらない。

 諦めないことが肝要だ。

 もはや根性でしかない。

 しかし、土壇場では大事なことだ。

 そう自分に言い聞かせる。

 そうしないと、不安と恐怖で俺の心は一杯だ。


 本当はちくしょうと大きく叫んでやりたい。

 そんな気持ちは確かにある。

 しかし絶対にヤケにはなるな。

 少なくとも、今はまだ。


 「では、各自持ち場に戻って、緊急時にも先ほどのように対応するように」


 魔王がそっけなくみんなに伝える。

 こうして結局俺は、また檻に閉じ込められることになった。


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