第60話 断罪の炎
……魔王の言によると、窮地に陥った時に起こる俺の身体強化は、この世界の理から外れた何かによる効果らしい。
現世の力ではなく、地獄由来のものでもない。
そして、魔王はこうも言った。
俺の力が増してきていると。
その原因が、ルフェシヲラが俺を本気で殺そうとしたことによるものだと。
だからこそ、魔王はこう言ったのだろう。
「今回召喚王が異常に早くこの場所を察知できたのは、お前が原因だ。ルフェシヲラ」
ルフェシヲラが驚愕の顔をする。
きっと魔王のためにと思って行動したんだろうなぁ
ざまあみろバーカ。
「だから、兵達の感情操作は止めておけ。自分の首を絞めることになるぞ」
「……ご存知でしたか」
まじかよ。
コイツ、自分の部下に能力をかけてたのか。
魔王の言いぶりからするに、バフっぽい感じではない。
「今回の空中要塞の移動に同伴する者の編成は、お前に一任してあったな」
「はい」
「が、まさか龍と戦うなどとは思わなかっただろう。ヴァネールかクルブラドを連れてくれば良かったと、今そう思っていないか?」
「……はい」
ルフェシヲラが大人しく話を聞いている。
流石は魔王。
まあ、声は幼いが。
「そしてこの有様だ」
「……」
「何かあるか?」
主語を抜いているからよく分からないが……どうやらルフェシヲラに非があるらしい。
ガラスの向こうでは、三頭の龍が唸りを上げて徐々に近付いていた。
ルフェシヲラの結界は尚も維持されているものの、前線で戦っている悪魔達の消耗が激しい。
現状維持はそろそろ難しそうだ。
「今、ここで人間を殺してはいかがですか?」
やはりルフェシヲラは俺を殺したいらしい。
緊張感が倍増する。
どこか他人事のように話を聞いていたが、結局話の中心は俺だ。
俺の生死が絡んでいる。
「カムント城まで輸送して封印などと手間のかかることはせず、今ここで殺してしまってはどうでしょう」
「それで?」
「目的の人間がいなくなれば、それで事態は全て丸く収まります」
「……災厄」
「?」
「ここにマリアがいれば楽だったろう」
ルフェシヲラが不可解な顔をする。
俺もだ。
意味不明。
何故ここでマリアさんの名前が出てくる?
「お前に聞きたい」
「はい」
「精神操作を受けた自覚はあるか?」
「魔王様もご存知の通り、私はそれに抗う術を持ち、また心を読む能力を妨げることも出来ます」
「私の欠点を補助出来るのはお前かマリアだけだったからな」
「マリア様程ではありませんが」
弱点。
テレパシーの能力に精通することで補える欠点。
魔王は何かの弱点を持っている?
「もし、お前がマインドコントロールをかけられていたとしたら?」
「……マリア様が私にかけたと? 失礼ですが、それが人間を殺すこととどんな関係があると? マリア様が私を洗脳する理由は?」
「マリアの能力が常軌を逸してることは周知の通り。記憶も改ざん出来るだろう。そして何故洗脳したのか、話しても理解出来ないようにマリアが仕組んである」
「……」
ここで、ルフェシヲラが一考するそぶりを見せた。
テレパシーをする時の状態によく似ているが、恐らく違うだろう。
本気で何かを考えている顔つきだ。
そして、少しして。
「言いたいことは分かります。しかし、襲撃中の魔物の対処が先決かと……。今も騎士団の面々が戦闘中です」
外では、未だに激しい戦闘を行っている。
要塞と言ってるだけはあって、砲台のような物が龍に向かって放たれているのが見える。
まあ、ダメージは入ってはいないようではあるが。
魔王の話を察するに、これは責任問題の話のだろう
普通ならルフェシヲラの言うとおり、責任の追及は目先の問題を解決してからがいいと思うのだが……
なにせ魔王である。
何か考えがあるのかもしれない。
「まず是非を問いたい」
「……今回は私の判断ミスです」
「では、悪魔の精神誘導。これは止めてもらおう」
「……」
ルフェシヲラはまた黙りこくる。
あくまでポーカーフェイスを崩さないが、絶対不満に思ってるやつだなこれ。
「兵の士気向上が目的、だったか」
「はい」
「今回お前はやりすぎた。人間に殺意を向けすぎだ。今後人間を殺そうと仕向けるのは許さない」
その言葉を聞いて思い当たる。
もしかすると、悪魔達に精神誘導とやらをしていたのは……俺を殺したいから?
「来い、ヴァネール」
突然後ろから足音が聞こえた。
威圧感が急激に増加する。
この感覚には覚えがある。
最近のことだ。
忘れるはずもない。
炎の老騎士……あのじいさんが部屋の入り口から現れたのだ。
ルフェシヲラの驚いた顔。
流石にポーカーフェイスは保てなかったようだ。
ヴァネールが魔王の命でここにいるのだとしたら、ルフェシヲラは魔王に一切信用されていないということになる。
言葉で説明できるものをわざわざこういった演出で見せてくるあたり、魔王も心底性格が悪い。
ハッキリ言ってキモイ。
「では、さっそくだが行ってもらおうか。ヴァネール」
「はっ」
ここから俺は、彼が如何に他の悪魔と比較して強大なのかを改めて思い知ることになる。
---
前線に出ていた悪魔達が消えていく。
巨大なハンマーを持ったロンポット。
重力を操る女悪魔。
フードを被った土使いの悪魔。
ボロボロの大剣を持った狂人の悪魔。
電撃を操る悪魔。
その他大勢の悪魔達。
全てだ。
黒龍は三頭共に健在。
黒炎を口から溢れ出して、こちらに向かってくる。
あれだけ攻撃を受けていながら、苦しそうな様子は見られない。
ヒットポイントが九割くらい残っている感じ。
あの戦闘が足止め、ということには戦っていたやつら全員が気付いていただろう。
徐々に接近していた黒龍の動きが止まる。
その目線の先には彼がいた。
俺が老騎士ヴァネール。
白い長髪。
三白眼。
老いを微塵も感じさせない筋骨隆々なその肉体。
俺が逃走していた時は、炎の海をその周辺に顕現させていた。
だが、今回は様子が違う。
炎の海は広がっていない。
代わりに、炎で構成された巨大な大剣が、彼の背後に何十も浮いていた。
いや、大剣と呼ぶのはちょっと怪しい。
どちらかと言えば十字架に似ている。
キリストが磔にされていた十字架のような形。
下の部分が刀身のような形になっていなければ、もうそのまま十字架と言ってもいいだろう。
大きさも丁度磔刑に使用されるものぐらいだ。
龍達が警戒していた。
悪魔達に囲まれても大したことなさそうに応戦していたあの龍が。
たった一人の悪魔にビビッている。
魔王いわく。
俺をヴァネールが仕留めそこなったのは、周りに悪魔がいて邪魔だったから。
ルフェシヲラは俺を仕留めようとかなりの大人数を使ったが、それが裏目に出たと。
その場に居たルフェシヲラは、その話を黙って聞いていた。
この室内には、さっきまで前線で戦っていた面々が揃っていた。
魔王がルフェシヲラを使って、ここに呼んだのだ。
誰一人余計な口を開かなかった。
魔王の前だからということもあるかもしれないが……しかしまあそういうことだろう。
「ガアアアアアァァァァ!!!」
黒龍が咆える。
泣く子も黙る……というか気絶しそうな迫力。
それなのに、ヴァネールは慌てることなくその場に静止している。
貫禄の姿勢だ。
余裕が感じられる。
ここにいる悪魔達も安堵した表情でガラスの向こうの光景を見ていた。
彼なら大丈夫。
彼に任せておけばいい。
そんな信頼。
人柄によるものではなく、圧倒的実力に由来するものだろう。
黒龍が首を上方向に上げて、大きく息を吸い込む。
ブレスだ。
結界はもうない。
ルフェシヲラが全部解いたのだ。
彼が敗れたら一巻の終わり。
俺がどうかは知らんが。
ここまで来たらなるようになれよ。
龍達はヴァネールが何もしないことをいいことに、最大限まで胸部を膨らませて攻撃を溜めていた。
きっと龍達も本気だ。
ヴァネールが強いことを感じ取っているんだろうか。
溜めに呼応するかのように、炎で構成された十字架は更にメラメラと輝きだす。
火は拡散せず、逆に十字架型に全て圧縮されているように見える。
炎の刀身を龍達に向ける。
いよいよ攻撃か?
俺がそう思った、その時。
三頭の黒龍が、ブレスを仕掛けた。
波だ。
ヴァネールの攻撃とそっくりの波状攻撃。
炎の大海。
唯一違うところは色が黒いことぐらいか。
極めて広範囲に、そして高密度に炎を吐く。
炎が高熱すぎて周囲の空間がハッキリと歪んでいる。
接触しなくても物が発火しそうだ。
黒い炎が接触するまでほんの数秒。
ヴァネールは口を開いた。
「その程度か?」
一本の十字架の先端から、炎が放たれた。
それは光線のように見えた。
炎が光線のように形状を変化させるところなど、そうそう見れるものではない。
しかも極太だった。
反動でおなじみの破壊光線程度ではない。
大なマックスサイズだ。
後手で打ったはずのその攻撃は、あっさり先手に早代わりした。
黒炎の波は、あっという間に莫大な炎の光線によってのみ込まれていく。
視界一杯まで攻撃が見えるので、正確な規模が分からない。
ただ、黒炎が一瞬で消えたことだけが理解できる。
認識できたのはそれだけだ。
その後、光線はパッと機械の電源が落とされたかのように霧散する。
極太の光線を放った十字架は消滅している。
しかし、十字架のストックはまだ十分残っている。
あの数だけ光線を放てると思うと、身震いがする。
ラース街での戦いでは、やはりだいぶ徹加減していたのだ。
しかし、黒龍は死んでいなかった。
信じられないが、あれだけの規模の攻撃を受けたのに生きていたのだ。
ただし翼はボロボロ、全身が焦げていた。
かなりダメージを受けているように見える。
しかしどんだけタフなんだあの龍。
そこでまた、ヴァネールは攻撃を仕掛けた。
自身は動かず、十字架のみを動す。
残った十字架が全て龍達に向けられる。
「死ね」
淡白を極めたセリフ。
十数の巨大な十字架が、三頭の龍達へ射出された。
ダメージを受けた龍達は回避行動に移るまでが遅く、攻撃を避けられそうにもない。
結果、簡単に、あっさりと燃える刀身がその黒い体に突き刺さった。
強力な悪魔の攻撃を弾き続けた堅牢な鱗を貫いて。
血しぶきは出ない。
貫いた部分から血が燃えているからだ。
傷口から炎が燃え広がり、それは瞬く間に全身へ。
なのに、龍達はまだ死なない。
普通なら即死だろう。
即死が予想される攻撃で何故死なない?
不死属性でもあるというのだろうか?
アンデッドじゃあるまいし。
更にヴァネールは指を鳴らす。
すると、龍達に突き刺さった十字架が輝きを増す。
もしかしたら太陽拳よりも輝いているかもしれない。
直後、全ての十字架が大爆発を起こした。
衝撃が結界を通り越して空中要塞にまで伝わってくる。
特撮映画以上の大迫力。
事実は小説よりも奇なりなんて言葉があるが、俺はまさにそれを見ているのだろう。
龍達の体は粉々になって、さらに飛散した肉の破片すら燃やされている。
炎は容赦を知らない。
燃えられるところまで燃えるのだ。
ヴァネールは落ちていく龍の肉片に言い捨てた。
「本物の炎とはこういうものだ」
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