第64話 強者どもの夜2~脱走~
大穴の向こうは、黒い炎と紅蓮の炎の衝突で焦熱地獄と化している。
近付くだけで発火して焼死するだろう。
比喩とかではなく、マジで。
ドレインの能力を使用したってあんなもん防ぎようがない。
四方八方死の要因しかない。
俺を閉じ込めていた鉄格子は黒い龍が壊していった。
今なら脱走できるだろう。
俺は鉄格子の外側へと出る。
一週間ぶりに廊下に出たな。
あの時は目隠しをされたから、どこがどこに繋がるかも分からない。
勘で行くしかない。
ここに残るという選択肢はない。
多分、龍の戦いの余波で死ぬ。
俺はとりあえず長い廊下を走る。
ここは空中だ。
普通に脱出はできないだろう。
脱出ポットとかあればいいのだが、そんなものがあるかどうか怪しい。
だからだ。
ここはもう、転移しかないだろう。
転移で脱出するしかない。
正直な話、召喚王へ下るのはよしたい。
命の保障がどこにもないからだ。
だからと言って、魔王側に拘束され続けるのもよろしくない。
今は両者が争っていて、俺はかりそめの自由を手に入れている。
これはチャンスだ。
何の勢力に囚われることなく逃げられる、またとない機会だ。
こんなチャンス、逃す方がどうかしている。
そして、今の俺が脱出の為にやるべきこと。
それは、魔剣の奪還と……ララの救出。
彼女は助ける。
これは前提条件だ。
命を懸けて俺を助けてくれた奴を、見捨てるほど俺は人道を捨ててはいない。
生前での俺がどうだったのかはよく分からんが。
とにかく、ララを助けることは俺の心情的に絶対条件。
そして、ララを助けるには悪魔を倒せる力が必要だ。
つまり、それが召喚王の魔剣。
片腕がないのは痛いが、それでも魔剣を持たないよりは雲泥の差があるだろう。
よし。
やることは決まったな。
廊下の先に、ドアがあるのが見える。
どこに繋がっているかは分からない。
しかし、進むしかない。
俺は勢いよくドアを開ける。
そこには、
「うっ……」
悪魔の死体が三人転がっていた。
上半身と下半身が泣き別れしたもの。
額を一突きされたもの。
頭部が抉れているもの。
計三人だ。
普通にグロい。
しかし、そんなに嫌悪感もない。
慣れた光景、みたいな心情。
普通は目を背けたくなるような光景、ということは理解できる。
できるが……気持ちは揺れない。
生前の影響だろうか。
死体の血が凝固していないところを見ると、殺されたのはつい先ほど。
恐らく、あの銀騎士だろう。
アイツが殺したんだ。
銀騎士の持っていた得物は、確か剣だった。
死体の傷とも合致する。
頭部が抉れているのは、能力か何かでも使ったか。
銀騎士は召喚王と一緒に襲撃してきた。
少数精鋭で攻め込んだと見て良いだろう。
騎士団隊長ぐらいの実力があっても、なにもおかしくはない。
急ごう、時間がない。
モタモタしてられない。
俺は前に向けて走り出す。
ドアの先もまた廊下が続いていた。
こちらは牢屋の廊下と違い、照明が明るい。
ここからは悪魔と接敵する可能性が高い、ということだ。
警戒しながら走っていると、廊下が三つに分かれているのが見えた。
十字路。
案内図みたいなものはない。
さて、どうするか。
「ん」
たまたま床に血が付着している箇所を見つけた。
血痕だ。
一定の間隔で、小さい血の跡が落ちている。
これも銀騎士だろうな。
跳ね返りの血と見た方が賢明だろう。
その血痕は、正面真ん中の廊下まで続いている。
それに、正面方向から血の臭いがする。
銀騎士は次の悪魔に手を染めているだろう。
そちらへ行くべきだろうか?
銀騎士は俺に敵意を抱かなかった。
途中でうっかり遭遇しても、殺されるという心配はない……と信じたい。
対して、悪魔側に遭遇したらどうなるかは分からない。
殺されるのか、捕らえられるのか。
どうも微妙なんだよな。
そこら辺、ルフェシヲラ側と魔王側で意見が分かれてるっぽいし。
魔王はルフェシヲラに説教みたいなことをしていたが、それで改善されたかどうかは正直怪しい。
ルフェシヲラが精神誘導されていたとのことだが、現在解除されているかも分からん。
……銀騎士の通った方向へ行くべきだろうな。
銀騎士は悪魔を殺しているだろうから、他の道を行くよりも悪魔に遭遇する確立はかなり減ると思う。
まあ、それでも悪魔に見つかる確立はゼロじゃない。
ゼロではないが、リスクは減る。
俺はまた正面方向へ走り出す。
血の跡を追いながら。
時々、爆発の余波なのか揺れが発生する。
外では激戦が繰り広げられているのだろう。
謎の女悪魔とヴァネール。
召喚王とロンポット達。
銀騎士と悪魔達。
後、もう一つ。
原生種や魔物だ。
召喚王によって召喚された生物。
無数の鳥やらなんやらだ。
中には昆虫みたいな生き物もいた気がする。
とりあえず色々だ。
ソイツらは、砲台なんかを攻撃していたな。
砲台で結構な数の魔物がやられていたみたいだが、当然生き残りもいるだろう。
新たに召喚王が何かを召喚しているかもしれない。
空中要塞に忍び込んでいるかもしれない。
もし相対した時、魔物は俺を襲わないだろうか?
これも微妙なラインだ。
転移回廊では、大型の魔物が俺に襲い掛かってきた。
魔王は俺をさらう目的で用意した手先であったという。
だが、もしそうなら俺を普通攻撃しないのでは?
攻撃を行った原因が、召喚王のコントロールから外れたことにあるのであれば……その考えでいけばだ。
空中要塞を攻撃している魔物に遭遇したら、俺は殺されてしまうかもしれない。
しかし、原生種の統率は取れていた。
何か条件があるのだろう。
その条件が何かは分からないが、距離が関係しているのかもしれない。
しかしその条件が分からない現状下では、基本逃げるスタンスでいいだろう。
どんな奴とも接触しないことが望ましい。
と、そこで、
「また死体か」
女悪魔の死体だ。
右肩から胴体まで肉が抉れていた。
斬撃ではないが、これも能力によるものだろうか。
同情するよ。
この死体も血しぶきが凄かったみたいで、壁にも血痕が付着している。
新たに血痕の跡が廊下に続いているが、あいつ一体どこに向かっているんだ?
てか銀騎士は何がしたいのだろうか。
俺を逃がしたいのか。
それとも、悪魔をみんな惨殺するつもりなのか。
これも俺には分からない。
空中要塞の揺れは一層激しくなっている。
恐らく結界で龍の攻撃から守っているだろうから、しばらくは持つだろうが、もたもたしているとこの要塞自体も危ないかもしれない。
ルフェシヲラも大忙しだろう。
ざまあである。
ある程度廊下を進んでいくと、ドアがあった。
そのドアは真っ二つに切断されていた。
鍵があるから、邪魔だと思って斬ったんだろう。
ドア周辺の壁まで切れている。
切れ味良すぎです。
ドアの先には食堂があった。
イスとテーブルが並び、奥には厨房らしきスペースもある。
まあ、だからどうということもないんだが。
だが、気配を感じた。
魔物か悪魔かは分からない。
だが、確実に何かがいる。
引くべきか引かないべきか。
考えるまでもない。
確実に引いた方がいいだろう。
生身で接敵していいわけがない。
俺には対抗できる術がない。
俺は来た道を引き返そうと、後ろを振り返る。
「ァァ…ァァァ……」
いた。
魔物だ。
すぐ後ろに魔物がいた。
気付かなかった。
なんで気付けなかった?
そいつは、俺が地球上で知るどんな生物の姿からも大きく逸脱していた。
真っ黒で、丸い形。
大きさはバランスボールほど。
その体は高密度の黒い霧で構成されていた。
しかも中に浮いている。
吊るされたり、何かに支えられているわけではなさそうだった。
そう、俺がかつて倒した魔物。
しかも、一体だけではない。
三体いる。
戦ったら負ける。
殺される。
コイツが容赦ないことはマルジナリスの森で十分味わっている。
一種のトラウマだ。
動揺を隠せない。
ラパクスの口元には、血がべっとり付着している。
……あの殺されていた女悪魔も、コイツに襲われたんじゃないだろうか。
つまり、途中からあった血痕は魔物の痕跡だったのか?
銀騎士は別の方向へ?
だめだ。
考える暇がない。
魔物は、距離を詰めるように俺に近付いている。
「うおおおおおおおお!」
潔く逃げた。
みっともないだなんて思わない。
逃げるが勝ちだ。
食堂には何かがいる気配がある。
見た感じ誰もいないことから、恐らく隠れるか不可視になる能力でも使っているのだろう。
俺が食堂内に入ったら、何かしらアクションを起こすはず。
俺は一気に食堂へと駆け込む。
「くっそ!」
悪魔三人が物陰に潜んでいた。
やっぱりか。
俺が入ったタイミングに合わせて接近戦を仕掛けてくる。
剣を腰に装備しているのに、使わない様子を見ると俺を捕獲する気か。
「!?」
悪魔三人は、俺を追う魔物達を視認して一瞬体を硬くする。
俺も魔物の気配に気付けなかったんだ。
悪魔が気付かなくても不思議じゃない。
そこを利用する。
「
悪魔達はブラックイーターに対して火の攻撃を当てるが、それでも魔物は止まらない。
ダゴラスさんの攻撃でも止まらなかったのだ。
こいつらの攻撃では無理がある。
足止めにはなるだろう。
その間に俺は逃げるっ!
悪魔の視界からさっさと外れて、奥の調理場へ。
「ぎゃあ!」
悪魔の悲痛な叫び声が聞こえるが気にしない。
気にしたら俺が殺される。
振り向かないで真っ直ぐ走る。
奥にあった調理場には、次の通路に繋がっている出入り口がある。
ドアは開きっぱなしだ。
俺は走ってそこまでいき、ドアを閉める。
バンッとドアを閉めた音の後には、静寂が周りを包んだ。
もう悪魔の叫び声も聞こえない。
「ふぅ……」
危なかった。
もしこけたりしてたら死んでたろうな……
命が軽いぞこの野郎。
にしてもあの魔物、召喚王が呼び出したやつなんだろうな。
やっぱり制御はできていないみたいだ。
呼び出すだけならいくらでもできるが、使役はまた別問題、か。
こっちはいい迷惑だぞこの野郎。
「モタモタしてられないな」
魔物は建物内にまで入ってきている。
と言うことは、この建物内のどこに行っても魔物と接触する可能性があるということだ。
「うおっ!!」
閉めた扉がゴンッと音をたてて歪む。
魔物だ。
時間稼ぎくらいにはなったが、討伐にはやはり至らないか。
俺は全力疾走で廊下を渡る。
あちこちに分かれ道があるが、気にしている余裕がない。
いつ物陰から敵が襲ってくるかも分からないっていうのに。
後ろから扉が破られる音が聞こえた。
大して距離を稼げてないっつの。
「いいっ!!」
後ろから床を軋ませるような音が迫ってくる。
追いつかれる!
人間の走力はなんとも頼りない。
ギシギシと嫌な音が聞こえる。
前にも聞いた音。
アイツが体を変形させる音だ。
攻撃する気だ!
俺は脅威を察知して、走りながら前かがみになる。
その刹那、頭上を黒い腕が通過したのが分かった。
ブンッと轟音が唸る。
かがんでなかったら、首が飛んでいた。
心臓が一瞬ドクンと一際高く鳴る。
俺は横にあった分かれ道へ。
幸い分かれ道がここは多い。
縦方向ではいつか追いつかれる。
縦横無尽に逃げるのだ。
俺は走っては曲がり、走っては曲がりを繰り返す。
「はぁ、はぁ……」
俺は止まった。
曲がった先が行き止まりだったからだ。
扉もなにもない。
逃げられない。
ちなみに、向こう側には扉がある。
そっちに行きたいのだが、三体の魔物が道をふさいでいた。
最悪だ。
俺が逃げられないと分かったからか、魔物はゆっくりと、そして確実に俺に迫ってくる。
体を変形させ、黒鎌を出現させる。
特攻して向こう側へ行ってもいいが、無駄死で終わるだろう。
「ぐっ……」
じりじり魔物が俺に寄ってくる。
殺すならさっさと殺せばいいものを。
悪趣味だ。
魔物は鎌を俺に振り下ろす。
相手の行動が鮮明に見える。
スローモーション。
あーだめだこりゃ。
直後、ズシュッと体を裂くような音が聞こえた。
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