第57話 二回目の謁見

 魔王のいる部屋の前へとやってきた。

 両手は縛られ、ここまで歩いてくるのに目隠しをされた。

 前とは違って、随分厳重じゃないか。

 おかげで、どこをどう歩いたかまるで分からない。


 手錠は結界製で、片腕が胴体に繋がれている。

 簡単には破れないようになっていた。

 クソ女直々のお手製である。

 てか結界ってこんな風にも使えるのね。


 「ここから先はお一人で」


 クソ女もとい、ルフェシヲラはそう言った。


 これで魔王に会うのは二回目だ。

 一回目は、ある程度俺に譲歩した感はあった。

 今回はどうだろう?


 逃走中、俺は魔王に捕まったら殺されるなんて思っていたわけだが、そこのところは?

 俺を殺さずここに閉じ込めていた意味。

 ぜひ、聞いておきたいものだ。

 俺は大きな扉を力いっぱい押した。


 扉の先から見えた室内は、質素そのものだった。

 豪華絢爛な感じはしない。

 ただし、奥に広い。

 奥は明かりがなく暗くて見えないが、かなり長い。


 室内の壁や床には魔方陣のような模様の彫りがいくつも見られた。

 陣といえば、転移の陣か。

 だが、転移の陣の模様とは全く違う。

 何をする為の部屋か、全く分からなかった。


 まさか、拷問部屋とかじゃないよな?

 何かを俺に吐かせようとか。

 ありえない話じゃないから怖い。

 まあ、いずれにしたって逃げようがない。

 後ろで俺を見ているルフェシヲラを意識しながら、そのまま扉を閉じる。


 さて。

 扉の奥。

 そこには、最初に見た時とそっくりそのまま変わらぬ姿の魔王がいた。

 相変わらずカリスマオーラを惜しみなーく露わにしている。

 魔王は俺を見た途端、ニヤリと笑みを作り、口を開いた。


 「久しぶりだな、人間」

 「……だな」

 「丁度二週間ぶりか」

 「だな」

 「ふむ」


 魔王は考え込むような仕草をする。


 「本題からいこうか。お前が交渉の余地の無い危険な存在であることは、二週間前の事件でよく分かった」


 その言い方も納得出来ないが、俺は黙って魔王の話に耳を傾ける。


 「ここが要塞だというのは、もう誰かから聞いたか?」

 「ルフェシヲラとかいう女悪魔からは……」

 「なら、この要塞の行き先についても聞いているな?」

 「聞いてない」

 「む」


 魔王は顔を少し歪ませる。

 何か予想通りではなかったみたいな顔だ。


 「ふむ」

 「……?」

 「人間、ルフェシヲラから嫌われたな」

 「嫌われた? そんなこと言ったら、殆どの悪魔は俺のことを嫌っているんじゃないのか?」


 何が嫌われただよ。

 全ての始まりはお前じゃないか。

 悪魔をけしかけて印象操作したのもどうせお前だろうに。


 「ふむ。誤解があるようだから言っておくが、正確に言えば悪魔は人間のことを嫌ってはいない。そもそも、人間という存在は知っているが、実際に会った者など極少数だ。会ったこともないのに、どうして憎めるのか」

 「でも、俺を殺そうとした」


 反論するように俺は言い返す。

 俺は何回も殺されかけた。

 それは事実だ。

 それが事実だ。


 「それは私のあずかり知らないところで起きた出来事だ」

 「お前が指示したんだろうが」

 「いや、私は何も」


 それが真実だと仮定して。

 何かがおかしい。

 何がおかしい?


 「じゃあ誰が……」

 「今回お前を殺すのに、七十二柱の一人であるヴァネールまで使った。アイツに指示を下せるのは私か、クルブラドか、秘書であるルフェシヲラのみ。そして私がいない時の指揮はルフェシヲラに一任してある」

 「つまり?」

 「ルフェシヲラが独断で判断したということだ」


 やっぱりあのクソ女はクソ女だったということだ。

 魔王の言っていることが本当なら、悪魔全員をけしかけていたのはアイツってことになる。

 アイツに俺は殺されかけたも同然ってわけだ。


 「ルフェシヲラを憎む気持ちも分かるが、それもこの領土を守ろうとしてのことだ。我々悪魔は同属や同盟を結んだ者に対しては寛容だが、この世界の秩序を乱す者には厳しい」

 「だから俺を殺そうとした」

 「その通り」


 魔王は隠すこともなく言う。

 えらくスッキリした物言いだな。

 流石は悪魔の街の王と言ったところか。


 「私が転移先から急いで戻らなければ、お前はルフェシヲラ率いる悪魔達に殺されてたぞ」

 「……やっぱり失敗、か」

 「そうだ。その時の状況は報告で聞いている。転移で逃げようとしたらしいな」

 「……」

 「転移は発動してしまえば一見完璧な能力に見えるが、意外に脆い点もある。その弱点を突かれた結果、お前はここにいるわけだ」


 やはり俺は脱出出来なかったらしい。

 悔しいが、他に出来ることもあの場ではなかった。

 文字通り、命を懸けた。

 それ以上にリスキーなことなんてない。

 俺は全力でやって、それでも無理だった。

 なら、それはそれでいい。

 最終的には生き残れているし、肝心なのはこれからだ。

 そう、これから。

 

 「が、だからと言って、害獣をむやみやたらに殺しはしない。それもそれで世界のバランスを崩す恐れがある。お前を殺そうとした結果、被害がかなりのものになったからな」


 確か、ダゴラスさんも名無しの森で同じようなことを言っていたな。

 害獣について、詳しく教えてもらったっけ。


 「俺は害獣と同じってか」

 「そうだ」


 魔王はハッキリと俺に対して告げた。

 俺はこの世界に邪魔なのだと。

 俺の命だ。

 他人に否定されるいわれはない。

 だが……


 「なるほどな」


 俺が強く睨むと、何かを察したかのような言葉を魔王は吐いた。

 コイツの考えていることはよく分からん。

 何がなるほどなのか、検討も付かない。


 「お前を納得させようなどと思ってはいない。過去にも、父上が人間を地獄から排除してきたからこそ、この地獄は保たれてきた」


 ダゴラスさんと狩りをしたことが思い起こされる。

 あの時の獲物も害獣だったから狩ったのだったっけ。

 その時の俺は、仕方ないからと思っていたが……


 「だが安心しろ。殺したりはしない」

 「……」

 「人間を殺そうとする意思が働けば働く程、この世界の乱れが強くなるからだ」

 「俺を殺さない?」


 本当か?

 恐れていた可能性の一つがあっさりと消えた。

 だが、その理由についてはよく分からない。

 世界が乱れるから?

 俺が抵抗したから世界が乱れたってんなら、俺の抵抗も無駄ではなかったってことか?


 「私の意見に反対する者もいるだろうが、今回それを解消させるために、今日の舞台を整えた」

 「今日の舞台って……」


 ここか?

 俺を殺さないという意見を悪魔達に認めさせるための?

 言ってることが、よく分からん。

 俺が不思議そうな顔をしているのを見たのか、魔王は薄く笑ってこう言った。


 「二週間前に起きた事件は、また新しい争いを呼んだ。その首謀者は召喚王という強大な悪魔だ。お前の逃亡を手引きした者」


 声無き声を思い出す。

 俺をサポートしたあの悪魔。


 「一旦歪んだ悪魔同士の均衡というのは、中々に修復しがたい」

 「何が言いたいのか分かりません」


 遠まわしに言ってないで、分かりやすく教えてくれ。

 何せ、二週間も閉じ込められてたんだぞ。

 体感的には一週間ではあるが。


 「召喚王が、お前を狙って攻めてきているんだよ。今現在な」

 「まだ諦めてなかったんですね、アイツ」

 「諦めるわけがない。お前は力であり、天使にとって扉の鍵であり、悪魔にとっては害悪の存在なのだから」


 だから、わけの分からない言い回しは止めろっつうの。

 分かりやすく言え。


 「召喚王はどうやっているかは分からないが、お前の位置を正確に捕捉して動いている。どうしたってこの要塞の移動速度は遅い。戦闘は避けられないだろう。その避けられない戦闘が、今日起こる。騎士団達は、これから起こる戦いについては何も知らない。もちろん私の意見に反対するであろうルフェシヲラもだ」

 「誰にも言っていないことを、俺に話した……?」


 ルフェシヲラにも言っていないのに?

 何故だ?

 戦いなんだろ?

 みんなにこのことを伝えて、戦う準備をさせるべきじゃないのか?

 

 「皆に伝えない理由はな、これから起こる戦いが人間を殺そうとしたことによる反動が原因だと、騎士団達が自覚していないからだ」

 「で、なんで俺なんかにそんな話を?」

 「一応、鍵であるお前が何も知らないと、仮に天使と接触した時が怖い。私がお前をエンヴィー領地の城に送り届ける間だな。輸送中に変な行動をされたくはない」

 「牢屋に入れられてるんだから、抵抗なんて出来るわけがないだろ」

 「例え、お前が牢屋に拘束されていてもだよ」


 ……は?

 牢屋に入れられてたら何も出来ないだろう?

 魔剣を持っているのならまだしも、今の俺はただの人間だ。

 どうということもないだろうに。


 「まあ、これは害獣が自分の立場を知らないという状況を作りたくなかっただけだ。今は理解出来なくとも、頭の中に入れておけばいい。どうせ、ここからは逃げられない」


 それはそうだ。

 ただの人間に、この状況から脱しろなんてことは無理だ。

 今の俺にそんな力はない。

 逆立ちしたって、無い物は出せないからな。


 「そんな説明なら牢屋でも出来ただろ」

 「お前は見るべきものを見るべきだ。だからここに呼んだ」

 「見るべきもの?」

 「もうすぐ分かる」


 何かあるんだろうか?

 召喚王と魔王の争い。

 出来るのであれば、そのいざこざの間に逃げれないものか。

 ……無理か?


 「でも、それじゃあもう召喚王がこっちに来ることは騎士団?の連中にばれてるだろ」

 「何故そう思う」

 「だって悪魔はみんな、心を読めるんだろ?」

 「だな。しかし、このことはまだお前と私しか知らない」


 いやいや、心を読めるのだったら、もうこの時点で筒抜けじゃないのか?

 ルフェシヲラあたりなんかは、こっそりこの場で心を読んでいそうな感じがする。

 すぐ扉の向こうにいるみたいだしな。

 でも、そんなことはどうでもいい。


 「ララはどうなった」


 そう、俺が今一番知りたいこと。

 俺を助けてくれた恩人がどうなったのか知りたい。

 牢屋の中で、色々な可能性を考えた。

 拘束されているか、殺されているか。

 或いは説得されていたりするかもしれない。

 マリアさんが教えてくれた、マインドコントロールなんてものも能力の中には存在するらしいし。

 考えても考えても、結局は聞くか直接確認するかしか結論を出す方法がない。


 「ああ、ララか。今はお前とは違う部屋に隔離している」


 どうやら、生きているようだ。

 とりあえず安心する。

 恩人が死んでたんじゃあ、どうしても心にくるものがあるからな。


 「安心したか?」


 ん、俺の考えていることなんてモロバレか。


 「満足したなら次はお前自身の話だ」


 魔王の視線が俺を射抜く。


 「お前はこれから、七罪の一であるレヴィアタンの元で封印される。エンヴィー領地だ 」


 封印……やはりそうか。

 殺されるわけではなさそうだが……


 「俺を閉じ込めるのか」

 「お前の意識ごとな」


 意識ごとってことは昏睡……?

 方法はよく分からないが、どうせロクなことじゃないだろう。


 「そう言うとお前は反抗心が沸いて脱出しようという気持ちになるだろう?」

 「分かっててやるのか」


 だとしたら、相当嫌らしい。

 あのクソスーツ女に匹敵するぞ。


 「だが、私がその反抗心を潰してやる」


 魔王が唐突に室内奥へと歩き出す。

 俺に背を向けて。

 何とも無防備に見える。

 実際は隙なんてないんだろうけど。


 「ついて来い」


 何かの罠ってわけでもなさそうだ。

 もし、俺に何かするとしたら、気絶している間にでも何かしているだろう。

 そう判断して俺は魔王の後をついていく。


 そして、部屋の最奥。

 暗くて何も見えない。

 真っ暗闇という程でもないが、すぐそばにいる魔王を見失いそうなくらいには暗い。

 ここで何をしようっていうんだ?


 「ここはこの要塞の中で、最も重要な場所だ」


 突然俺に話しかける魔王。

 暗い中で話しかけるものだから、少し身構えてしまう。


 「ここでお前の反抗心を潰すのさ」


 魔王は短くそう言った。

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