第4章 地獄篇 空中要塞アネンバーグ

第56話 牢屋の生活1

 夢を見ている。

 俺が光になって宇宙へ行く夢。

 とても気持ちいい夢だ。

 ずっと見ていたい夢。

 なのに。


 ガコン、ガコン。

 夢から現実へ強制的に引き戻される不快な衝撃が俺を襲った。


 ……三度目だ。

 目を開けてみる。

 俺は、檻の中に閉じ込められていた。


 「おや?」


 ハードだ。

 主に場所が。


 何だ、ここは?

 いや、檻の中なのは見れば分かる。

 問題なのは……何故俺はここにいる?

 転移は成功したんじゃないのか?

 様々な考えが沸き起こるが、それらは一瞬にして泡のように弾けて消える。

 うむ、頭がパニクっている。


 周りを見てみると、硬いベットと用を足すためのトイレが設置されている。

 ちなみに、仕切りのようなものはなく丸見えだ。

 まさに囚人仕様。


 室内は薄暗く、明かりは申し訳程度に発光するちっさい小石1つだ。

 高い天井に固定されているため、触れない。

 さっきからゴゥンゴゥンと規則的に音が部屋に響いている。

 ボイラー室が稼働しているような感じの音だ。

 そんなにうるさくはないので、気分は削がれない。


 脱出に成功していたら、こんな所に入れられるだろうか?

 ……ないとは言い切れないが、ない可能性の方が高い。

 つまり、失敗。

 俺は脱出出来なかった、と見た方が良いだろう。


 俺の記憶では無事に転移は起動したはず。

 なのに、ここにいる。

 そこで俺は気付く。

 ララは……?


 俺は再度周りを見渡す。

 そうだ。

 ララがここにいるはずもない。

 俺とララを一緒に閉じ込めるはずもない。

 ありえないことだ。


 俺は再び目を閉じる。

 何か、疲れた。

 無気力感が俺を包む。

 あれだけ頑張ったのに、成果がこれでは何の意味もない。

 そう、あれだけ頑張ったのに。

 脱力ものである。

 心までフニャフニャになりそうだ、ちくしょう。


 ふと、俺がボロボロな状態で転移したことを思い出す。

 確か、左腕が斬り落とされたはずだ。


 「……ですよね」


 俺の左腕は、やはりなくなったままだった。

 ただ、傷口は白い布で包まれていて出血もない。

 ついでに痛みもない。

 おまけに全身の痛みもだ。

 誰かが治療してくれたんだろうな、きっと。

 まあ、俺を檻に閉じ込めている時点でそんな恩は帳消しだが。


 「はぁ」


 大きく溜息を付く俺。

 腕が治療し終わってるってことは、それなりに時間が経っているってことだ。

 つまり何時間俺は寝ていたんだろうって話。


 数時間?

 或いは一日?

 もしかしたら一週間とかかもしれない。


 誰かから教えてもらわないことには何一つ分からない。

 そして、ここには肝心の教えてくれる奴が誰一人としていない。

 俺一人だ。

 他には誰もいない。


 俺はベットから降りて、檻の向こうを見てみる。

 そこは暗い通路だった。

 檻の中でさびしく光る明かりと同じような光源が、天井に均等にはめ込まれている。

 通路は長く続いており、向こう側まで見通せない。


 抜け穴らしい抜け穴は見当たらないし、まず逃げられない。

 様子見、と言ったところか。

 騒いでも仕方ない。

 俺を治療したのなら、俺に用があるってことだ。

 大人しく待つさ……




 ---




 数時間経過した。


 正確には分からない。

 某やぶ医者みたいに自分の体を使って時間計測なんて芸当は出来んし。

 というか緊張気味だからか脈狂ってるし。


 ベットに転がってしばらくすると、コツコツと音が聞こえてきた。

 足音だ。

 誰かが歩いてきたのだ。

 俺は檻の傍までよる。

 そして、ここまで歩いてきたのは……


 「気が付いたようですね」


 あのスーツを着た女だった。

 逃げる時に散々邪魔してきた害悪プレーがお得意そうな女悪魔。

 偏見だが性格絶対悪いだろ。

 そいつは冷徹な表情で、俺のことを見つめる。


 「人間、今の状況が分かりますか?」

 「おい、その人間ってのはやめろ」

 「では、何と呼べば? どうせ記憶が欠如しているのでしょう?」

 

 確かにそのとおりだ。

 そのとおりなのだが、ただ人間と呼ばれるのは不快だ。

 なんか、そこら辺の動物みたいに呼ばれているようで嫌な気持ちが沸いてくる。

 ほら、何かこう……もうちょっと呼び方があるだろ?

 あなたとか、君とか。

 せめて二人称で呼んで欲しいものだ。


 「名前がないのなら、人間ではいいじゃないですか。この世界でただ一人の人間なのですから」


 反論出来なくて、黙りこくる。

 そういえば俺、この地獄に来てから一回も名前で呼ばれていないな。

 いい加減早く自分の名前を思い出したいもんだ。

 そのために、俺は扉とやらに行く必要があるのだ。

 だからせめて、ここがどこかだけでも知りたい。

 苛立つ感情を抑えて、目の前のこいつに聞く。


 「ここは一体どこなんだ?」

 「答えると思っているのですか?」

 「答えてくれないのか?」

 「……まあいいでしょう」


 じゃあ最初から言えよ回りくどい。

 まあつまり、いじわるなんだろ。


 「ここは空中要塞。アネンバーグと呼ばれる所です」

 「空中要塞?」


 要塞は分かる。

 だが、空中ってなんやねん。


 「浮いているのか?」

 「はい。空中要塞ですから」


 俺は空中にいるらしい。

 あらあら、それはそれは。

 周りの景色が見えないせいで、ここが空中だということに気が付かなかった。


 「人間。何故生かされているか分かりますか?」


 突然そんなことを言い出したスーツ女。

 何故生かされているかだって?


 「知らねぇよ」


 そりゃそうだ。

 捕まったら速攻で殺されると思ったし。

 実際、悪魔達の攻撃も殆ど手加減していたように思えなかったし。

 あれで手加減だったら大笑いした後ブチちぎれてやる。

 情緒不安定夜露死苦である。


 「あの時の転移は私の能力で防がせてもらいました」

 「そんなことが出来るのか?」

 「私であれば」


 口ぶりから察するに高度なテクっぽいな。

 どうでもいいが。


 「私は人間を殺すことに賛成派です。また、このラース領内に住む殆どの悪魔は私に賛同するでしょう」

 「まあ、そうなんだろうな」

 「ですが、ララ様のような反対派がいたこともまた事実です。そして、その中には魔王様も含まれている」


 そうなのか。

 でも確かに魔王は殺すこと前提で、俺に話しかけていなかったな。

 閉じ込めるか、殺すか。

 その選択権は俺に委ねられていた。

 俺はそのどちらも選ばなかったわけだが。


 「再度、魔王様は人間に会うと仰っています」

 「またか」

 「その時まで、せいぜい大人しくしていることですね」


 いちいちイラつく言い方だ。

 本当にコイツのことは好きになれそうもない。

 だが、コイツに聞かなければいけないことがまだある。


 「ララはどうなったんだよ」


 そう。

 俺を助けてくれた恩人の悪魔。

 騎士隊長という重い立場にいながら、悪魔達を裏切った女騎士。

 一緒に俺と転移したはずだが、俺のこの有様を考えると、彼女もまた囚われていると考えていいだろう。

 しかし、俺とララが同じ扱いを受けているかどうかは疑問だ。

 元から敵対していた人間と、裏切り者の悪魔だからな。

 そこら辺はどうしたって気になる。


 「……」


 彼女は黙りこくる。

 都合の悪いことにはノータッチのスタンス。

 それにしたって無言は酷い。

 コイツの性格の悪さが滲み出ている。

 このクソ女め。


 「何を考えているかは読み取れませんが、何をしても無駄ですよ」

 「それは残念だったな」


 しかし不思議だ。

 てっきり、俺は魔剣のドレインによる影響で心が読まれていないと思っていたのに。

 今、俺の手元にはあの魔剣はない。

 何も持っていない。


 「まあ、これで何が起きたのか、理解は出来たでしょう」

 「聞きたいことはまだ他にチョモランマぐらいは残ってるけどな」

 「それは追々、魔王様が話して下さるのでは?」


 疑問形っすか。

 説明の義務なんてコイツにはないんだろうけど。


 「じゃあせめて、せめてあれから何日経ったかぐらいは教えてくれ」

 「あれからとは?」


 分かっているくせに、具体的にと指摘するところが嫌らしい。


 「俺が逃げようとした日からだよ」

 「いいでしょう」


 と、咳払い一つして。


 「一週間です」


 と、簡潔に答えた。


 ……長い。

 てか一週間も人って寝ていられるんだな。

 それだけ疲労が溜まっていたってことか。

 

 「では、これで」

 「え!? おい! ちょっと待て! おい!!」


 俺の方を振り向きもせず、コツコツと足音を立てながらクソ女は行ってしまった。

 ガン無視だったな、あの女。


 それにしてもこんな何もない部屋で何をしてろと?

 また暇になってしまった。


 しかし、そうか。

 今になって俺は、悪魔側に完全敗北したのだと悟ったのだった。




 ---




 〜二日目〜


 ノロノロと時間が過ぎていく。

 何もやることがなくて暇だ。

 以前、マリアさんの家でずっと安静にしていたことがあったが、あれと気分は正反対。

 穏やかとは程遠い。

 やってることは大して変わらないのにな。


 「はぁ」


 思わず深い溜息が出てくる。

 何だって俺はこんな場所に閉じ込められなければいけないんだ?

 ただ、俺が人間だからって。

 いやしかし、住居に不法侵入したり戦ったりと色々暴れはしたが。

 でもそれって正当防衛じゃね?

 過剰防衛かもしんないけど。

 心の中で愚痴っていると、廊下から足音が聞こえてくる。

 ああ、食事だ。


 囚人食。

 ダゴラスさんの家で食べたような家庭的な料理はでない。

 コップ一杯のスープと肉が出てくる。

 それで終了。


 肉はコゲコゲの真っ黒肉で、スープは殆ど水みたいなもんだ。

 これが毎日続くらしい。

 配膳係の悪魔はそう言っていた。

 二日目にして、この食事にはすでに飽きている。

 新しい味に飢えている俺がいた。


 「そら、食事だ」


 そう言って、配膳係の悪魔は鉄格子に空けてある狭いスペースに食事を滑り込ませる。

 やっぱりまたあの食事だ。


 「やっぱり他になんか出ないのか?」

 「出ないな。いっそのこと、この食事も止めとくか?」

 「いやいやいや、大丈夫っす」


 ほら、俺が何か要求したらこれだ。

 下手なことは言わないのが吉だな。


 「まあ、気持ちは分かるが我慢しろ」


 いくらか配膳係りは俺に同情的だった。

 映画でも、ゲームでも、アニメでも檻に閉じ込められている主人公に同情的なのはいつも配膳係りだ。

 少なくとも、あのクソスーツ女よりは優しい。


 「俺を出してはくれないのか?」

 「だからダメだって言ってるだろ? 無理なんだ。あまり詳しい事情は知らないが、俺がお前をここから出したら一発で犯人が分かっちまう。心を読まれたらそれで終わりなんだ。分かるか?」

 「そりゃあ分かるが」


 分かってる。

 でも言いたいんだ。

 言いたいだけなのだ。

 意見はそうそう曲がったりしないね。


 「それにお前、逃げる時にだいぶ大暴れしたんだってな」

 「正当防衛だ」

 「それで言い逃れが出来ないレベルなんだよ。お前がやらかしたことは」

 「魔王とかにも言ったけど、俺は元々何もやってない。お前らからけしかけたんだ」

 「俺はそんなこと知らん」


 ごもっとも。

 お前に言ったってしょうがないよな。

 本当なら、魔王か何か重役に言うべきだよな。

 悪魔を悪魔と言う種族でひとくくりにしちゃあかんよな。


 「言いたいことがあるなら、本人に言えばいい。多分、もうすぐ会えるんだろ?」

 「ってあのスーツ女は言ってた」

 「スーツ女なんて本人の前で思ったり、口で言ったら殺されるぞ。ラースの実質ナンバー2なんだからな」

 「だって名前なんか知らないし」

 「ルフェシヲラ様だ。覚えとけよ」


 言いながら配膳係りの悪魔は去っていく。

 お喋りは終了らしい。

 さて、食うか。


 片腕しか使えないので、かなり不便だ。

 失って初めて感謝するものってあるよな。

 腕がくっついていることが当たり前、なんて思ってた俺がバカだった。

 五体満足って素晴らしい。


 さておき。

 こんな所に閉じ込められていると、食事は大切なイベントと化してくる。

 楽しみがそれぐらいしかないからだ。

 俺は待ちに待った食事に手を付ける。


 「うむ、まずい」


 俺の舌が肥えているとは思わないものの、この食事は下のレベルである。

 まるで、腐ったフルーツを食べさせられてるみたいだ。

 肉なのに腐ったフルーツの味がするんだぞ。

 どういうことやねん。

 これがここの食事の水準だとしたら、ここのコックはクビにしとくべきだと思う。

 心底そう思うね。




 ---




 〜三日目〜


 ベットに横になりながら、ずっと待っている。

 魔王に会える、その時を。


 いついつに会えるとか予告してくれれば、俺もこんなに気持ちをもてあましたりはしなかったのに。

 配膳係りに聞いても、そこは教えてくれなかった。

 というか知らないらしい。

 まあ、大方俺が脱走の計画を練らせないための、一つの予防策みたいなものだろうから、どっちみち教えてはくれなさそうだが。




 ---




 〜四日目〜


 「暇やねん」


 俺は関西弁で呟く。

 別に関西弁を使用していることに意味はない。

 どうせ何を言ったところで、誰も来やしない。

 俺がここから逃げられっこないと分かっているからだ。

 悔しいが、実際そのとおりだ。

 俺はこの檻から逃げられない。


 苦痛である。

 何もないってだけで。

 なんかこう、精神的に来るものがある。

 燻りなんてものではない。

 酷くストレスだ。

 ホントにもう勘弁してくれ。




 ---




 〜五日目〜


 初日以降、ここに来る悪魔が配膳係りしか来ない。

 しかも、当番制というわけでもなく、毎日同じ奴が来る。

 おかげで名前も覚えてしまった。


 彼の名前はロンポットというらしい。

 体格の良い悪魔達の中でも、さらに抜きん出て体のサイズがでかい。

 現世で言う、お相撲さん。

 太ってはいるが、その脂肪の下にはとんでもない筋肉が隠されていそうな感じ。


 俺の予想通り、彼はパワーファイターであるという。

 それなりに仕事で実績を残したらしいから、下っ端という感じではなさそうだ。

 だが、下っ端でもないのに配膳係りをさせられているのはどういうことなんだか。

 と言うかそもそも配膳係って下っ端のすることなのか?

 何か、俺のイメージでは配膳は同じ囚人か下っ端がやるようなイメージがある。

 偏見かも分からんが。


 今頃ララはどうしてるだろうか。

 ちゃんと生きているのか?

 彼女は俺と違って、外傷が酷いんじゃなく、能力の使いすぎが原因で衰弱していた。

 ダゴラスさんは能力の使いすぎで衰弱した時、どれだけの時間で意識が回復したのだろうか?

 俺が森から生還した時は、三日間ぐらいで目が覚めた。

 それ以前にダゴラスさんは目覚めていたから、ララも三日以内には目が覚める気がする。

 いや、ダゴラスさんは特別なんだっけ?

 よく分からん。


 配膳係りもララについては知らないの一点張りだし、何一つ情報が入ってこない。

 それ以前に、この空中要塞がどこに向かっているのかも分からない。

 魔王は一体俺をどうしたいんだか。

 さっさと封印か殺すかすればいいものの。


 考える時間は大量にあっても考えが纏まらない。

 辛抱強く待つしかない。

 こうして今日も一日が過ぎていく。




 ---




 〜六日目〜


 やることがない。

 かと言って、脱出も出来ない。

 現世の囚人もこんな気持ちだったのか?

 だんだん自分の中に閉じこもる俺がいた。


 いかんいかん!

 鬱はやばい。


 希望があるかは分からない。

 だが、この状況は絶望的ではない。

 どこかに起死回生のチャンスがあるはずだ。


 その時まで耐えるのだ。



 ---




 〜七日目〜


 今日で丁度一週間だ。

 だからといって、何がどうなるわけでもない。

 だが、何か起こるような気がする。

 なんたってキリがいいからな。

 そんなことをツラツラと思っていると。


 「人間」


 突然檻越しから呼びかけられた。

 声をかけた方向を見る。

 あのクソスーツ女が鍵束を持って立っていた。

 その顔は不機嫌そうだ。


 「チッ」

 「舌打ちとは相当ご機嫌斜めのようで」


 不自由な思いをさせられている俺が舌打ちしたいっつの。


 「そうですね」


 何か面白いことを言うわけもなく、淡々と答えるルフェシヲラ。

 合理性だが面白くない。

 やはり俺はこいつが嫌いだ。


 「魔王様への謁見です。来なさい」


 言われた瞬間、俺の弛んでいた脳が覚醒したかのように目覚めた気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る