第58話 王の駒
暗闇の部屋の中。
魔王は、少し先にあった椅子に腰掛ける。
「では、始めようか」
「何を……」
次の瞬間。
部屋を包み込んでいた暗闇が一気に晴れ、その全容を露にした。
モニターのスイッチが入って、画面が光るような感じだ。
暗い部屋に急に光が射したものだから眩しく感じた。
俺はその光景に目を奪われる。
ガラス張りの部屋だった。
奥側半分全てがガラス張り。
光射すガラスの先。
そこは、大空だった。
「本当に飛んでるのか」
要塞が飛ぶなんてどこのゴリアテだよと半信半疑だったのだが……
いや、ゴリアテって戦艦だったっけか?
「信じられない、みたいな顔だな」
「建物自体を動かすなんて、聞いたこともない」
「まあ、中々地獄でも見られるものではない。ましてやこの規模のゴーレムなどはな」
あかね色に染まる雲の上。
真下のガラスを見ると、一面に雲海が広がっているのが見える。
雲に乗れるかなと子どものようなことを考えてしまうくらいボリューミーさに溢れる雲の海。
地獄に来た時はこのくらいの高さから落下したものだが、ゆっくり眺めているとだいぶ印象が変わるもんだな。
感動は状況とセットってことだろう。
赤い海にカエルのポーズで落ちたことはなかったことにしたい。
「……来たな」
ガラスの向こう。
雲海の遥か彼方から、何かが接近してくる。
「鳥?」
そう、鳥だった。
カラスにそっくりで、特徴的な特徴は見受けられない。
黒い鳥が、かなり遠くの方からここまで近付こうとしていた。
「黒鳥。そろそろ始まるぞ」
見た感じ、魔物のような威圧感は感じない。
あれは原生種だ。
人間の俺でも狩れそうな、魔物と比較してか弱い生物。
「野生の黒鳥は普通この高度まで上昇しない。では何故この高度まで飛んでいるかと言うと、この黒鳥は召喚王の駒だからだ」
じゃあ魔王にとっての敵なのか、あの鳥。
ちょっとおかしな表現だが、何とも頼りない敵だ。
「ん?」
よく見ると、カラスのような鳥の小さな足に何かが掴まれているのが分かった。
それは妙にキラキラ光を放っていて、どこかで見たことがあるような物だった。
それが何なのかを思い出そうとしていると、カラスは翼をはためかせてさらに上空へ。
上から見ると、そのキラキラ光る物がなんなのか、よく分かった。
「魔石……」
「召喚用のな」
「召喚?」
「転移で魔物を呼び出す行為を、召喚と言うのだ」
ご丁寧にも、魔王は俺に説明してくれた。
鳥が小さな足に持っていた召喚用の魔石を離す。
それは風に巻かれて、別々の方向へ飛んでいく。
複数握られていたのだ。
一つは真下へ。
一つは右へ。
一つは左へ。
計三つ。
それぞれがバラバラに、なのに均等に離れて落ちていく。。
その時、景色が一変する。
赤い光だ。
転移の光。
小さな魔石が、その何倍も何倍も大きい光を放って落ちてくる。
打ち上げ花火をもっと強く、持続性のある物にしたらこんな光り方になるか。
黄昏が紅蓮に染まる。
邪悪な景色である。
空中にいるはずなのに、ゴゴゴと地響きのような音が外から聞こえた。
多分、魔石からだろう。
そうとしか考えられない。
「衝撃に備えろよ」
赤い光が一気に強くなって、それと同時に要塞全体が揺れた。
強い衝撃波だ。
同時に威圧感を感じる。
殺気が放つピリピリ感を、もっと濃くしたような。
体勢を何とか整えて、前を見る。
眩いばかりに発光した魔石。
赤い光がある形に収束していく。
形を成さない光の筈なのに。
物質が形成されていく。
その様は幻想的だ。
古代の人間なら、神様が降り立ったとか言いそうだ
光はその輝きを徐々に失い、ある生物に変貌を遂げた。
巨大な翼。
翼に比例して全身もでかい。
ジャンボジェット程か。
尻尾が生えており、全身のフォルムは巨大な蛇を思わせる。
召喚された生物は凶暴な意思を秘めたその瞳をこちらに向けてきた。
回りくどい表現はよして、一言で言おう。
人々の幻想の産物の代表。
そう、龍だ。
黒いドラゴンが三頭、魔石から召喚された。
「……まじ?」
まさか本当に存在していたとは……
あまりに有名な架空の生物である。
いよいよファンタジーだな。
今頃要塞内の悪魔達は大慌てじゃなかろうか?
「今頃要塞内の悪魔達は大慌てだろうな」
コイツ、頭がおかしいんじゃないのか?
他人事である。
余裕なのか?
見栄で言っているわけではなさそうだが。
「ガアアァァ!!!!!」
凄まじい雄たけびで、再び空気を揺らすドラゴン。
まさに怪物だった。
これはビビるね。
人如きではどうにもできない天災。
それを具現したかのような。
生物の強弱は基本ウェイトで分かる。
体重が重い方が基本強い。
では、こいつは?
考えるまでもない。
「どうするんだよ……」
「どうもしない」
「は……?」
どうもしなかったら殺されるんじゃないのか?
わけが分からん。
ああ、俺も巻き添えを食らいそうだし、何とかしてほしい。
「俺ごと要塞が撃沈なんて結果は嫌だぞ……」
「安心しろ」
全然安心出来ない。
何もしないくせに安心しろとはなんやねん。
ぜひその自信の根拠を聞かせて欲しいものだ。
「スウウウゥゥゥゥ……」
俺がどこかへ逃げようかと考えていると、空気を吸うかのような音がガラスの向こうから聞こえてきた。
ドラゴンを見てみると、三頭の内の一頭が、何かを肺に溜め込んでいた。
胸部がどんどん膨れていく。
初見だが、何をしようとしているのかすぐに分かった。
「ブレスだ……」
ドラゴンで、何かを溜め込むなんて言ったらブレスしかない。
ドラゴンのブレスは超強力なのが定番だ。
焼死待ったなし。
容赦もなし。
是非もなし。
ドラゴンは俺達に遠慮することなく、口から黒炎を放射状に吐き出してきた。
え、死ぬんじゃね?
野生の殺意に体が動かない。
動いたところでどうしようもないが。
何もできやしない。
縮こまることしかできない。
人は、天災に無力だ。
ガラスごしの攻撃でも、全然守られた気がしない。
こんなのすぐに破られる。
殺される。
そんなことは魔王も同じなのに、それでも椅子に座ってる。
足を組んで、偉そうに。
だが、すぐにその態度の理由が分かった。
ドラゴンの攻撃が要塞に当たる瞬間。
炎の目の前に、ルフェシヲラが飛び込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます